時計愛好家の生活 H.Y.さん「きっかけはロレックスのサブマリーナーですね」

FEATURE本誌記事
2024.02.19

全く時計に興味のなかったH.Y.さんは、たまたま手にしたロレックスの「サブマリーナー」で時計にはまり、以降、自身の目を研ぎ上げていった。コレクションを人に見せたこともない、時計を話す相手も限られる。そんなH.Y.さんの良き相談相手が、奥様だ。時計が会話に加わったと語るふたりの関係性は、ある種、理想の愛好家像かもしれない。

H.Y.さん
実業家。一族が興した会社を20代で継承する。身体を動かすのが趣味だったが、たまたま手にしたロレックス「サブマリーナー」で時計に開眼した。短期間でコレクションを揃えた彼だが、現在、方向性に迷い中とのこと。そんなH.Y.さんの良きアドバイザーは、バイト先の先輩に紹介してもらった今の奥様だ。
奥田高文:写真
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


「時計選びで迷った時は妻に聞くんです。それで失敗したことはないですね」

クラシック スプリットセコンド クロノグラフ 5947

「凝縮感のある時計が好み」と語るH.Y.さん。最近のお気に入りはブレゲの「クラシック スプリットセコンド クロノグラフ 5947」だ。定番ではなく、少しひねった時計が好きと語るHさんならではの選択だ。小径のレマニアが詰まっているところにロマンがある、とのこと。ちなみに背景は、Hさんのお父様が所有するポルシェ356。

 筆者がH.Y.さんに会ったのは、2022年のことである。若いのに、腕にブレゲの「クラシック トゥールビヨン 3357」を巻いているのを見て感銘を受けたのを覚えている。よほどの粋人に違いない、と。

 大学を卒業後、家業に加わったHさんは、それこそ人もうらやむ境遇にある。しかし「もともと時計は一切着けなかった」というぐらい、時計とは無縁だったそうだ。

「20歳の記念に、父親からミルガウスを贈られたんですよ。でも、高級時計は怖くて。大学で着けることもなく、ほとんど眠らせてましたね」

 今や彼は時計を収集するようになったが、それ以外の物欲はないとのこと。趣味は運動というから、コレクターとは真逆に思える。そんなHさんは、なぜ時計にはまったのだろうか?

ヒストリーク・アメリカン 1921、クラシック トゥールビヨン 3357、レベルソ・デュオ

レザーストラップのドレッシーな時計が好みのHさん。左から、ヴァシュロン・コンスタンタン「ヒストリーク・アメリカン 1921」、ブレゲ「クラシック トゥールビヨン 3357」、そしてジャガー・ルクルト「レベルソ・デュオ」。3357はいつでも買えるからいいだろうと思っていたところ、いつか廃番になることを恐れて、慌てて手にした個体。なお、左ふたつはHさんの選択、右は奥様のチョイスとのこと。

「きっかけはロレックスのサブマリーナーですね。たまたま購入して、いろいろ調べるようになったんです。時計って着けるだけで、なぜか幸せになるなと。それでますます興味を持って調べるようになりました」

 面白いのは、取材の隣に奥様がいることだ。普通、時計の取材にパートナーがいることはまずない。しかし、Hさんは奥様とああでもないこうでもないと話している。

「サブマリーナーを買って、これは実用時計としては完璧だけど、そうなるとドレッシーで冠婚葬祭に使える時計にも目が向くようになる」。奥様が合いの手を入れる。「服装に合わせて時計を選んでるよね」。

 ロレックスの後に購入したのはジャガー・ルクルトのレベルソだった。Hさんは、この時計で〝時計の世界〞を広げたという。

しかし、奥様はこう語る。

「結構クラシカルなのは本人が見つけた時計です。でも王道な時計は、私が薦めたものなんですよね。レベルソ、ブレゲのマリーンやパテック フィリップのワールドタイムなどですね。私は見た目重視なのと、こういうタイプは持ってないね、で薦めています。ロジェ・デュブイもそうですね。エクスカリバーはスポーティーな服に合うかなと」

ワールドタイム

奥様と時計を楽しむようになったHさん。その象徴とも言えるのがパテック フィリップのワールドタイムだった。自分のものより高価なものを奥様に選ぶ、というあたりに、Hさんの愛妻家ぶりが見て取れる。曰く「時計を買ってなかったらお金が貯まっていたでしょうね」。

マリーン

ブレゲとパテック フィリップに惹かれると語るHさん。右は奥様愛用のマリーン、左はHさんのマリーンだ。金無垢、レザーストラップを好むHさんだが、これは数少ない例外。気づいたら、お金が倍かかるようになった、とHさんは苦笑するが、まんざらではなさそうだ。

 時計趣味にのめり込んだHさんは、スマートフォンで時計の情報を収集するようになった。自ずと、ふたりの会話に時計の話が増えていく。「妻は時計のことを知らなかったんですよ。でも僕がクロノグラフの説明などをすると、知識が付いてくるんですね。それでクイーン・オブ・ネイプルズが見たいと言い出したんです。ブレゲって男性のイメージがあったでしょう。意外に思ったけど見に行きました」。結局、奥様はこの時計を購入し、なぜかHさんもマリーンを手にすることになった。

「ラグスポの影響は受けたけど、自分は革ベルトの時計が好き」と語るHさん。確かにコレクションの大半は、こういった時計ばかりだ。その中で真逆に見えるのが、プラチナ素材のロレックス「デイトナ」だ。どう考えても彼の好みとは異なる。

「時計に興味を持つようになった時、父親と話をしたら、時計を少し持ってるよと言われたんです。そこで自宅をこそこそ探していたら、この時計を見つけました。うわー本物じゃないか、使わないなら貸してと言って自分のモノにしました。ちなみに、ポール・ニューマンもありましたが、これは貸せないと言われましたね(笑)」

ブレゲ トゥールビヨン220周年モデル

ブレゲに熱中するHさんが手にしたのが、トゥールビヨン220周年モデルである。「この時計があることは知っていましたが、縁がないと思っていました。実物があると聞いて入手しました」とのこと。Hさん曰く、時計との出会いは縁。「手に入ればラッキーですし、手に入らなければ縁がないと思って諦めます」。時計にハマって数年しか経っていないHさんだが、このトゥールビヨン220周年モデルを手にする審美眼は非凡だ。

 Hさんは時計を通じて家族のことを語っている。

「時計は手放したくないんですよ。もともと投資的な目的は一切ないので、あんまり売りたくないんですよね。それに思い出が出来ているから、子供のようなものなんです。仮に売るなら、むしろ知っている人に譲りたいです」

 彼にとっての時計の思い出とは、つまりは家族との思い出なのだろう。Hさんは奥様と話を続けている。

「時計選びで迷った時は妻に聞くんですよ。今までそれで失敗したことはなかったし、むしろ良い結果になっていると思いますね。自分も熱にうなされて付き合った時計もあったので、妻の存在がストッパーになっています。今では会話の中に時計が加わりましたね。例えば、ギヨシェって言葉が普段出るようになったんですよ。スマートフォンを落としたら画面にひびが入って、それがギヨシェっぽいねって」

 奥様は語る。「東京に行っても時計のことがもうほぼほぼ8割だよね」。

エンデバー・パーペチュアルカレンダー、永久カレンダー 5140

「3針時計には間延び感を受けてしまう。凝縮感のある時計が好き」と語るHさん。この2本はいかにも彼らしい選択だ。左はH.モーザーの「エンデバー・パーペチュアルカレンダー」、右はパテック フィリップの「永久カレンダー 5140」だ。嗜好の異なるHさん夫妻だが、パテック フィリップは「これいいよね」と一致したという。

 話はさらに広がる。Hさんのお父様は、ヴィンテージカーのコレクターだ。それこそ名だたる名車を数多く所有しており、Hさんも昔、ラリーに連れて行ってもらったという。しかし、趣味の話をすることは全くないという。ただ車を見る限りで言うと、今のHさんのように試行錯誤を経て、シェイプされたというのはよく分かる。

「父親は口下手で、お酒も飲まないんですよ。でも趣味のことで、父親と話をしてもいいかもしれませんね。ちなみに父親は車をバッと買って、バッと手放すんですよ。オヤジ、管理できないのにまた買ったと思っていたら、自分も同じになってしまった(笑)。だから偉そうなことは言えなくなりましたね」

 時計の話をするHさんが語ってきたのは、つまるところ家族との〝絆〞であった。これぞ、時計愛好家の生活ではないか。「今、正直どうするのか迷っている」と語るHさん。しかし、その趣味人生は、さらに豊かになるに違いない。


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