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人生を変えた時計(3/3) 2016年3月号

F.P.ジュルヌをきっかけに、独立時計師に興味を持った森さんが、ドイツ・ドレスデンの工房まで訪ねたラング&ハイネのアルベルト。19世紀のザクセン王の名を冠するワンプッシュ・クロノグラフは、2枚のディスクを組み合わせた陶製ダイアルのしっとりとした質感が美しい。搭載するムーブメントCal.IVは、ヒゲゼンマイまで含めてすべて自社製。クロノグラフの秒と分のふたつの積算計の輪列を中央に集約した設計で、悠々とした外観を表している。梨地仕上げの地板やスワンネック付き緩急針、エングレービングを施したテンプ受け、ゴールドシャトンなど、ザクセンスタイルを継承している。

 2008年、森さんは形あるものを自らの手で完結すべく、モノのインターネット=IoT関連製品の開発・企画を行うアノドスを設立。冒頭の写真で森さんが手に持つ飲んだ量が分かるコースター「ドリンクメーター」は、同社による製品のひとつだ。

「ジュルヌの時計は、僕にとっては仕事の素晴らしい〝教材〟です。教材を買いながら、起業する準備を整えていったんです」  

 ジュルヌを入り口とし、優れたモノ作りを知ることができる〝教材〟となる時計と森さんは出会ってきた。例えば、ドイツのドレスデンに工房を構えるラング&ハイネ。

「実際にアトリエに行き、その仕事の素晴らしさに触れ、名古屋の正規販売店TANAKA久屋大通店を通じ、手に入れました」

独立時計師のフェリックス・バウムガルトナー氏とデザイナーのマーティン・フレイ氏による異色の時計、ウルベルクも2本所有する。デザイナーのフレイ氏とは実際に会い「すごくカッコイイ男だった」という。上はアワー表示を担う4枚のディスクが分針を兼ねるUR103。下はディスクの代わりに回転する3つのキューブの側面にプリントされた数字でアワー表示するUR202。3つのキューブは同じく分針を兼ねる。分針の先端は円弧状のインデックス位置に合わせて伸び縮みし、視認性にも優れる。

 

 分針を兼ねる回転する4つの巨大な円盤や3つのキューブでアワー表示するウルベルクも、デザイナーのマーティン・フレイ氏と会ったことで、そのモノ作りへの姿勢に共感を覚えたという。

「ウルベルクを知った当時は、まだ日本に代理店がなく、まず1本を香港の時計店で買い、もう1本はアワーグラス銀座店にお願いして、特別に入荷してもらいました」

 形あるモノ作りを志し、その最初の教材となったジュルヌの時計は、森さんにとって特別な存在。これまで20本以上を収集してきた。そして、森さんの奥さまも「僕以上にジュルヌ氏のファンかもしれない」。

 実は、奥さまも時計好き。ジュルヌの時計に出会う前も「時計を買っていた」という森さんに、時計の面白さを教えたのが、奥さまだったのだ。世界初の自動巻き発電クォーツであるセイコーのAGSが、その始まり。その機構がいかに画期的かを力説され、時計への興味を抱いたのだと言う。そんな奥さまは、「たまごっち」の開発会社で企画デザインを担当した人物。森さんよりも先に、形あるモノ作りをしていた。

「オートマタの実物が見たくて、スイスのル・ロックルの時計博物館に行った際、その展示物の中に、たまごっちがあったんです。〝妻に負けた〟って思いましたね」

右は、時計に興味を持つきっかけとなったセイコーのAGSランドマスター。1992年ごろに奥さまが購入した。左のラルフ ローレンのスティラップ クロノグラフ ラージモデルは、森さんのコレクションではやや異質だが、縁あって購入したという。「形が気に入ったので、よりケースのフォルムが際立つダイヤモンドモデルにしました」。パイソン・レザーのストラップはオーダー品。森さんの要望に、ラルフ ローレンが応えた。

 その対抗心ではないだろうが、森さんによる形あるモノ作り第1号RAL9000(特集扉写真参照)は、コンピューターとネットワークしてロボットのように動くデスクランプで、その可動式アームの関節には遊星歯車や筒状のウォームギアをあえて露わにし、機械的要素を強調した設計になっている。会社のサイト上の動画を見ると、その動きは人間的で、オートマタに似る。

「これが現代のオートマタとして認められ、時計博物館に展示されるのが夢です」

 RAL9000が出来上がった際、ジュルヌ氏にも見せたという。

「その時、彼から〝とても素晴らしい。しかし、これが世界に流通したとして、アフターサービスはどうするつもりだ?〟と、真っ先に尋ねられました。正直、痛いところを突かれたと思いました。これまで誰も作ったことがない機械は、そのアフターサービスまで考えなくてはならないことを、彼は自身の体験から知っていたんですね。時計師として実に優れた才能の持ち主であるのはもちろん、彼は経営者としても素晴らしい人物。時計だけではなく、彼自身もやはり僕にとって、仕事のお手本なんです」

 そんなジュルヌ氏と結び付けてくれた、クロノメーター・スヴランの東京ブティック1周年記念モデルが、森さんにとっての運命の時計……では、ない。

「ここまでの話は、実は前段。僕にとっての運命の時計は、これなんです」

 そう言って取り出したのが、冒頭の写真で腕に着けるサンティグラフ・スポーツであった。1/100秒の近似値計測を可能とするサンティグラフ・スヴランのムーブメントの地板やケース、ブレスレットを硬度と耐食性に優れる軽量な酸化アルミニウムで製作した、F.P.ジュルヌ初のスポーツウォッチ。このアイデアが生まれたのには、森さんが大きく関わっていたのだ。

「そもそもは以前、太っていた時期があって、2009年に一念発起してジョギングを始め、ダイエットに成功したんです。その際、アクティブな時計が欲しくなって、チタン製のトゥールビヨン・スヴランTokyoに合わせてチタン製のブレスレットを特別に作ってもらったんです。そして2011年にジュルヌ氏から〝君のためにジョギング中も邪魔にならない時計を考えた〟と贈られたのが、この時計です」

 つまり、軽量な時計の発想は、森さんのジョギングがきっかけだったのだ。

 裏蓋に本来あるはずの個別番号はなく、代わりに「H. MORI」と刻まれている、まさに森さんのための1本。これに大感激した森さんは、同年5月30日にサンティグラフ・スポーツの第1号機が香港のチャリティ・オークションに出品されることを知ると、これは義務だと落札した。2本目のサンティグラフ・スポーツは、短いブレスレットとカーブが強いバックルに付け替えられ、奥さま用になっている。

「自分のために作られた時計を贈られた名誉に、僕は応えなくてはならない。このスポーツウォッチにふさわしい人間になるべくジョギングを続け、100㎞マラソンにも年に数度チャレンジしています。今年は200㎞マラソン、来年はモロッコで行われるサハラマラソンにも出場予定です」

 コレクションしてきたF.P.ジュルヌの一連の時計が仕事の教材であるならば、贈られたサンティグラフ・スポーツはプライベートでの生き方を左右した人生の道標。

「この時計にふさわしい人間になることが、これからの人生を通じての僕の課題です」

 これぞ運命の時計である。 (髙木教雄)

「妻の影響で時計に少し興味を持ち始めた時期に、時計に詳しい知人の勧めで手に入れた」という、ロジェ・デュブイ初期のシンパシー クロノグラフ。今と同じく28本限定生産された中の1本。正方形の四辺を柔らかにカーブさせたケースは、メゾンの初期を象徴するフォルム。植字のブレゲ数字など、ダイアルのデザインも現行モデルと比べてよりクラシックだ。この時計を見ると、ジュルヌ氏に出会う前から、森さんは時計の趣味が良かったことが分かる。
搭載するCal.RD56は、レマニアの名機であるCal.CH27をベースにチューンナップしたもの。各パーツには、ジュネーブ・シールを取得するための丁寧な仕上げが施されている。緩急針にはスワンネックを備え、コラムホイールにはシャポー(カバー)をかぶせた古典的なスタイルを持つ。毎時1万8000振動を刻むテンプもチラネジ付きとクラシック。そのムーブメントをのぞかせるサファイアクリスタルには、メゾンのイニシャルである「R」を線彫りする。

つづきは雑誌『クロノス日本版』でお楽しみください。

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