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黄金律に基づいてデザインされた薄型時計 パルミジャーニ・フルリエ トンダ 1950(2/2) 2016年03月号(No.63)

Cal.PF517
ヴォーシェでの開発ナンバーはCal.VMF5304。基本設計をCal.PF701と共用しつつ、フライングトゥールビヨン化されている。キャリッジ位置を7時に揃えるために外径で2mm、ブリッジの厚みで0.8mmが増したのみ。キャリッジを駆動させるため、主ゼンマイがやや強くされた。

年、超複雑時計のジャンルの中で、その数を増やしつつある〝薄型トゥールビヨン〟。しかしそれは、まだまだ手巻きに限った話である。一方、圧倒的に数が少ない〝薄型自動巻きトゥールビヨン〟の中で、史上最も薄く、かつ軽量のキャリッジを搭載すると謳うモデルが、パルミジャーニ・フルリエの「トンダ 1950 トゥールビヨン」だ。ケース厚は8・65㎜、ムーブメント単体では厚さ3・4㎜、キャリッジの重量はわずか0・255gに過ぎない。しかし、こうしたスペック以上に重要な点は、この複雑系ムーブメントを、シンプリシティの極みである「トンダ 1950」のデザインバランスの中に、美しく溶け込ませたという成果のほうであろう。
 デルタハンドを備えた端正なスタイリングに、ティアドロップ状のプロファイルを持ったロングホーンを配し、凛とした雰囲気を漂わせる「トンダ 1950」。シンプルにして芳醇な色香を放つこの希有なるスタイリングが、緻密なバランス調整の上に成り立っていることは今さら言を俟たない。ここに複雑系のムーブメントを載せるという試みは、それだけで非常に高度なバランスゲームに挑むことになるのだ。
 トンダ 1950 トゥールビヨンが搭載するキャリバーPF517は、その基本設計をトンダ 1950用のマイクロローター式自動巻き、キャリバーPF701に拠っている。系列企業のひとつであるエボーシュメーカー、ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエのムーブメント開発部長、浜口尚大氏によれば、中間車をキャリッジの前側に配して、主ゼンマイをやや強くした以外は、基本的な輪列設計はPF701と同一だ。キャリッジを追加したことで、ムーブメント径で2㎜、ムーブメント厚で0・8㎜増しているが、これでもギリギリのシェイプアップだろう。PF701では元来、ダイアル側から見た7時位置に調速脱進機を配していたため、PF517のキャリッジ配置もごく自然に思えるが、これには少し裏話がある。このモデルではセコンドサークルのゼロ位置をやや回転させ、外観上「7時8分」(創業者のミシェル・パルミジャーニ氏が生まれた時刻)を正位置に設定しているため、キャリッジ配置も〝7時ぴったり〟である必要があったという。「ぴったりでなければもう少しムーブメント径を小さくできたはず」とは浜口氏の言である。
 チタン素材を採用して、重量0・255gを実現したキャリッジは、ダイアル側にブリッジを持たないフライングトゥールビヨンの形態をとる。キャリッジの回転軸となり、かつ自立させるための土台となる部分にボールベアリングを用いるのはもはや定石だが、PF517ではMPS(スイスのボールベアリングメーカー)製のセラミックボールベアリングを採用するだけでなく、ベアリングのケース自体を歯車状に成形し、ガンギ車を介してキャリッジを回転させるための固定4番車を兼ねている。ベアリングと固定4番車を別体とした場合に比べて、約25〜30%の薄型化を成し遂げている。ただし約3年の開発期間のうち、このベアリングの共同開発だけで12〜16カ月を要したという。浜口氏は、セラミックス製の一体パーツを使うメリットとして、キャリッジの軸をオイルレスにできること、キャリッジと固定4番車の中心出しが完璧であること、水平姿勢と垂直姿勢でキャリッジの摩擦係数が同等となることなどを挙げている。

左上:Cal.PF701と同様に、歩度調整用のマスロットを備えたテンプ。キャリッジ部分はチタン製で、重量は0.255g。テンワの側面には片重り調整用の穴が開けられている。
右上:Cal.PF701に対して厚みが増されたブリッジに据え付けられるフライングトゥールビヨン。キャリッジを支えるセラミックベアリングのアウターケースは、固定4番車と一体成形。
左下:組み付けられたキャリッジ。ダイアルとキャリッジの高さを揃えるため、ムーブメントから0.8mmだけキャリッジが飛び出す。ダイアルの厚みに合わせ、この設計は変更可能だ。

 ケーシングされた状態をダイアル側から見ると、キャリッジ上に配されたブルースティール製のセコンドマーカーが、ダイアルの高さとぴったり揃っていることに気付く。これが非常に美しい外観を醸成している点は疑うべくもない。逆に言えば、キャリッジはダイアルの厚み分だけムーブメントから飛び出していることになるが、この分はスイスの時計規格に定められている通り、ムーブメントの厚さには含まれない。トンダ 1950 トゥールビヨン用のPF517では、ベアリング部分まで含めたキャリッジの厚さは4・2㎜であり、0・8㎜ほどダイアル側に飛び出しているが、これはダイアルの厚みに合わせて、0〜1・6㎜の範囲で設計変更することが可能だ。
 PF701の厚さ2・6㎜に対し、PF517で追加された0・8㎜の厚み分は、ほとんどブリッジを補強するために使われている(逆に言えば、地板の厚さはPF701とほぼ同一だ)。これはフライングトゥールビヨンを支えるベース部分のプレートを強固に固定するためと思われるが、こうした耐久性や信頼性への配慮も入念だ。耐久性や温度変化に対するテストはPF社内でも行われるが、必要に応じてクロノフィアブルなどの第三者機関も併用する。
 一方、ブリッジの厚みが増したことにより、穴石の面取り加工も大きくされており、より審美性を高める効果を生んでいる。穴石の径自体は同一とのことだが、穴石が大きく見えるという視覚効果は、錯覚だと分かっても愛好家ならば嬉しくなってしまうポイントだろう。
 またPF517では、PF701でスイッチングロッカー式を用いていた巻き上げ機構を、MPS製セラミックボールベアリングを用いたリバーサー式に改めている。この変化を辿るには、ヴォーシェでの開発ナンバーを見ると分かりやすい。PF701のベースは、ヴォーシェではVMF5301と呼ばれるが、近年は後継機にあたるVMF5401に切り替わりつつある。そのVMF5401ではスイッチングロッカーを廃し、前述のリバーサーに変更されているのだ。これは携帯時の巻き上げ速度を上げるためで、スイッチングロッカーに対して約30%の速度増となる。PF517(=VMF5304)は、VMF5301とVMF5401の間に開発が進められたため、VMF5401に盛り込まれた改良点も、先行して採り入れられている。

左:Cal.VMF5401での改良点を先取りしたリバーサー式の巻き上げ機構。MPS社製のセラミックボーリングリバーサーを備えたことで、携帯時の巻き上げ速度が約30%増している。
右:Cal.VMF5301まで採用されていたスイッチングロッカー式の巻き上げ機構。高級機らしい繊細な構造を持つが、巻き上げ速度を高める目的で、後継機では順次リバーサー式になる予定。

 トンダ 1950 トゥールビヨンの開発において、薄型化は絶対的な目的だが、そのために基本性能や信頼性が犠牲になることは有り得ない。これはミシェル・パルミジャーニ氏の希有な美意識と同等以上に、パルミジャーニ・フルリエというメゾンに通底する矜持の一方を成している。同社の製品開発ディレクター、フローラン・ニカレスク氏の「私たちは、薄型ムーブメントはそれだけで、すでに〝コンプリケーション〟だと認識している」という言は、リアル・マニュファクチュールとしての見識を示すものだ。経験豊かなメゾンほど、薄型化による信頼性の担保がいかに困難な挑戦かを知悉している。他方、ミシェル・パルミジャーニ氏が至上とする審美性は、〝黄金律〟という言葉に代表されるように、非常に数学的な美しさであり、ゆえに普遍の美ともなり得よう。トンダ 1950 トゥールビヨンというバランスゲームは、審美性と信頼性を高い次元で融合させたのだ。

Cal.PAF701
ヴォーシェでの開発ナンバーはCal.VMF5301。ヴォーシェでは高級スタンダードを意味する“プレステージ”にカテゴライズされるエボーシュだが、仕上げのレベルは相当に高い。現在はCal.VMF5304に盛り込まれた改良箇所に準ずる後継機、Cal.VMF5401も開発されている。
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