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【クロノスドイツ版翻訳記事】「戦争と平和」(2/4) 2016年07月号(No.65)

第1次世界大戦の時代に作られた黎明期の腕時計。当時はまだフルハンターのものもあった。

時計を変えた戦場の兵士たちの無言の抵抗

 時は1815年6月。ブリュッセルから南に20㎞ほど離れたところにあった〝ラ・ベル・アリアンス(美しき同盟)〟と呼ばれる農場で、ふたりの冷徹な将帥が緊張を隠しきれずにいる。ひとりはナポレオン・ボナパルト。流刑地から帰還し、隊を率いてフランス帝国軍司令のグルーシー元帥を待ち望んでいる。もうひとりは、英蘭連合軍元帥のウェリントン公爵。宿営地ワーテルローで、プロイセン軍司令官のブリュッヘル元帥にまみえることを願っていた。ふたりの将帥は、それぞれ緊張しつつもしきりにおのおのの懐中時計の蓋を撥ね開けて、文字盤に目を走らせている。儀式めいたこの行為は、恐らく彼ら両者を結び付ける唯一の事柄だったであろう。いつのことだったか不確かではあるが、ナポレオンは、サボネットの懐中時計の外蓋を開けるためにわざわざいじるのにも飽いた様子であったという。時間をすぐに読み取りたいものの、撥ね上げ蓋というガードが付いた時計の利点を考えると、外蓋がないものは諦めるほかなかった。そこで、その蓋にひとつの小さな穴を躊躇することなく開けてしまった人がいた。すると文字盤と針は蓋に邪魔されずに見ることができる。これがハーフハンターケースのサボネット懐中時計の誕生であった。

 時計が武器や各種証明書、方向測定器類などと並び、戦争をスムーズに遂行するために欠かせない道具であったというのは明らかである。例えば、攻撃開始や防御を統率するとき、時計は今もって必要だ。それに関して、19世紀を通して優勢だったのは懐中時計であった。当時の懐中時計は〝正確さ〟の代名詞とも言うべきもので、それに対して腕時計は、実用品というよりもむしろ、お洒落に敏感な女性たちのアクセサリーという存在だったのだ。

 初期の腕時計が歴史的に一歩前進したのは1879年であった。ベルリンで開催された国際見本市で、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世がドイツ海軍の将校たちにジラール・ペルゴ製の任務用の時計を贈ったのだが、その時計はチェーンブレスレット付きの着用仕様だった。それらのムーブメントには、なぜか10リーニュのものと12リーニュのものが存在し、ジラール・ペルゴのミュージアムでも真正品が何度か陳列されている。

1916年のコンパスウォッチの広告。完全装備を売りにしていた。
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