グランドセイコーが切り拓くニューフロンティア

2016.06.03

マイクロアーティスト工房が磨き上げたGSの「新価」

現行グランドセイコーの美点といえば、類を見ない耐久性と実用性だろう。
フラッグシップの開発に際して、セイコーエプソンのマイクロアーティスト工房は、その美点をいっそう強調した。
加えて、量産機では採用が難しい古典的な手仕上げも、ふんだんに盛り込まれた。
実用性と審美性を高度に両立させたCal.9R01。日本を代表する時計にふさわしい心臓部である。

「Cal.9R01」9R スプリングドライブ 8DAYS専用機がCal.9R01。一部のコンポーネンツを9Rと共用するが、他はほぼ新規設計。直径32mmのサイズに、3つの香箱を収めている。穴石は高級機にふさわしく、発色の鮮やかな単結晶ルビーだ。分厚い受けと地板がもたらす高い耐久性に加えて、約8日間という長いパワーリザーブと、単独で時針を調整できる機能などを備える。

 マイクロアーティスト工房といえば、ソヌリやリピーターを手掛けるセイコーエプソンの複雑時計製造部門だ。その工房が、グランドセイコーを作ったらどうなるのか。その答えが「9R スプリングドライブ 8DAYS」である。可能にしたのは、マイクロアーティスト工房の進化にほかならない。かつて同工房が手掛けていたのは、仕上げと組み立てのみ。しかし、ソヌリ以降は設計も同工房で行うというから、ちょっとした小メーカーだ。

 GSとは何かを検討したマイクロアーティスト工房は、耐久性をいっそう高めた新型ムーブメント、キャリバー9R01を完成させた。採用されたのは極端に厚い地板と受け。厚さはそれぞれ、1・3㎜、1・1㎜と懐中時計並みである。加えて、1枚で成形することでねじれ剛性を高めた。平滑さを出すため、受けの保持はピラー式。受けの周囲に「リブ」を加えてさらに剛性を高めたというから、過剰ともいえる配慮だ。

 実用性もさらに向上した。パワーリザーブは最低でも8日以上。香箱自体は既存の9Rと共用するが、香箱を3つに増やした。かつ連結用の中間車を省き、香箱をルビーで支えた結果、それぞれの香箱の駆動ロスは10%ずつ減少したという。「運針は8日間で強制的に停止させます。巻き上げ残量が0日になっても精度が出るので、パワーリザーブ表示の目盛りは0まで入れました」(星野氏)。

 あえて自動巻きを省いたのも、GSとしては珍しい試みである。GSを含むセイコーの自動巻きは、ショックを受けた際のことを考えて、ローターと裏蓋のマージンを大きく取っている。今回は時計の重心を下げるため、あえて手巻きが採用された。ムーブメントと裏蓋のクリアランスは、わずか100分の30㎜。「装着感を改善するため、時計の重心は限りなく下げたかった」(星野氏)という。

(左)Cal.9R01の日の裏側。受けの厚みは1.1mmで、通常の9Rの約3倍もある。このように日の裏輪列をカバーして剛性を持たせるのが、典型的な超高級時計の手法だ。複数見える穴石は、香箱と輪列を支えるためのもの。ただの3針としては56石は多いが、結果として駆動輪列は類を見ないスムーズさで回るようになった。(中)香箱は9Rと共用するが、トルクロスを減らすべく直径0.8mmのルビーが香箱を保持する。(右)受けを取り付ける前のCal.9R01。受けを支えるためのピラーが、ムーブメント外周に設けられている。

 また、巻き味を考慮して、リュウズ径は7㎜という大型サイズが選ばれた。そしてリュウズとの水平線上にパワーリザーブ表示を置いたのは、リュウズとの連動をダイレクトに見せるためだ。さらに、スプリングドライブの大トルクを生かして、15・5㎜というスプリングドライブ最長の分針が与えられた。もっとも筒カナへの負担を減らすため、筒カナの硬度をわずかに落とす必要があったという。焼き入れまでコントロールできる、セイコーエプソンならではの芸当である。

 とはいうものの、実用性一辺倒ではないのが、マイクロアーティスト工房らしい点だ。ムーブメントには、塩尻・高ボッチ高原から望む富士山と諏訪湖、そして諏訪の街明りが表現されている。

 フィリップ・デュフォー氏直伝の仕上げもいっそう改善された。一例が、面取りの深さである。「叡智Ⅰ」までの幅は0・3㎜。受け上面の節目仕上げで0・05㎜削れるため、正味0・25㎜しかなかった。しかし「叡智Ⅱ」以降、その幅は0・4㎜に増えた。これなら0・05㎜削れても、0・35㎜残る。幅が増えると面を整えるのは難しくなるが、以前よりはるかに面は平滑になった。日本産のゲンチアナルチア、スイスでいうところのジャンシャンにダイヤモンドペーストを載せ、手作業で磨いていく。

 GSの価値観を深化させたスプリングドライブ 8DAYS。確かに価格は途方もなく高価だ。しかし、実用性と高級感を高度に両立させたこのモデルは、日本にしか作り得ない高級時計のひとつの完成形だろう。

(左)受けと地板の一部には、筋目模様が施されている。受けをヤスリに当て、表面を10ミクロンだけ削るには熟練が必要だ。(右)ゲンチアナルチアにダイヤモンドパウダーを付け、面を磨く作業。最初は3ミクロン、1ミクロン、そして0.5ミクロンと細かくしていく。

(左)ネジを青焼きする作業。バフで磨き、ラップフィルムで研磨した後、ランプで加熱する。あえてネジ頭にすり割りを入れないのは、耐久性を高めるため。(右)ペルラージュの工程。回転するゴム砥石を軽く当てるのは、スイスメーカーに同じ。しかし丁寧に切り粉を除くことで、極めて均一な仕上がりが得られる。

コンパクトなムーブメントで、8日間以上という長いパワーリザーブを実現できた理由が、中間車を一切省いたトリプルバレル。それぞれの角穴車だけで連結される設計は、おそらくCal.9R01のみだろう。省スペースなほか、トルクロスもひとつの香箱につき約10%ずつ減らせる。半面、香箱をつなぐ角穴車への負荷は増えるが、部品を硬くできるセイコーエプソンでは問題でさえない。
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