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ETAを克服するウォッチメーカー&サプライヤー(2/3) 2016年11月号(No.67)

「ETA2020年問題」決着への道筋

2002年7月にスウォッチ グループが発した、ETA製エボーシュの供給停止・削減のアナウンス。
本誌でも再三取り上げてきたように、この宣言は時計業界に大きな混乱をもたらした。
結果、スイス連邦競売政策委員会(COMCO)の裁定を経て、
エボーシュの供給停止は10年、そして20年1月1日に延期された。
ではその背景では何が起こっていたのか?
2002年から現在にいたる「ETA2020年問題」の経過を改めて俯瞰したい。

 1990年代半ば、スイス製の機械式時計の約9割はETA製のエボーシュを載せていた。これは価格が安く、信頼性に優れたエボーシュであり、加えて脱進機の進化により、容易にクロノメーター級の精度が得られるようになった。

 たしかに当時もETA以外の選択肢は存在した。しかしフレデリック・ピゲや、ヌーヴェル・レマニアは高価であり、高精度なジャガー・ルクルトは針飛びを起こしやすく、発表間もないジラール・ペルゴは仕上げこそ一級品だったが、巻き上げ機構に不具合を抱えていた(なお後者ふたつの問題はすでに改善されている)。価格や精度はもちろん、信頼性を加味すると、エタブリスール各社は、なおのことETAに依存せざるを得なかったのである。もっとも、ETAを使えるという安心感が、やがてスイス時計産業全体に、慢心を育んだとも言えるだろう。

 LMHグループ総帥(当時)のギュンター・ブリュームラインは、オーストリアのジャーナリスト、アレクサンダー・リンツに「ムーブメントの価格が、外装より高くなることはあり得ない」と語った。スウォッチ グループを率いるハイエック・シニアが、他メーカーへの姿勢を改めたのはこの発言以降であり、厳密に言うと、そのブリュームラインがリシュモン グループ時計部門の責任者に就任した2000年以降ではなかったか。

 かくしてハイエック・シニアは、グループ外に対するエボーシュの供給停止を発表。各メーカーに対して自社製ムーブメントの開発、露骨に言えばETAに依存したビジネスモデルの見直しを強いた。

 こうした経緯を考えれば、ETA側の、各メーカーに対する圧力のかけ方が異なるのも分かる。例えばETAの使用を公表していたジンやショパール、そしてシャネルなどは好遇され、対してベースの出自を隠そうとする時計メーカーは、積極的な供給停止・削減の対象となった。ちなみに補足すると、大規模なリテーラーが経営する時計メーカー、例えばカール F.ブヘラやドイツのヴェンペは、削減の対象にはならなかったようだ。ヨーロッパのあるリテール関係者は「供給を削減すると、店頭からスウォッチ グループの製品を減らすと圧力をかけた」と推測する。当事者たちが黙しているため確認できないが、ヨーロッパ市場を左右する2社を怒らせたくないという判断は、おそらく働いただろう。事実カール F.ブヘラもヴェンペも、今なおETAから良いグレード、つまりトップグレード以上のエボーシュを供給されている。

 以降の紆余曲折は、左の年表が示すとおりだ。スイス連邦競売政策委員会(COMCO)の裁定を経て、ETAは2020年1月1日まで、各社に対してエボーシュの供給が義務づけられた。なお当初10年までだった供給期限が、20年まで延びたのは、自社製ムーブメントを開発するための〝猶予期間〟である。

 しかしハイエック・シニアの企図は、セリタのミゲール・ガルシアによって、軌道修正を余儀なくされた。エボーシュ供給が削減されると、〝組み立て屋〟であるセリタはビジネスが立ちゆかなくなる。経営陣のひとりだったミゲール・ガルシアはマネージメント・バイ・アウトを実行し、ETAの代替機を作ろうと考えたのである。

 同社が最初に発表したエボーシュが、ETA2824‐2の代替機、SW200だった。独立系メーカーのモーリス・ラクロアはすぐに飛びついたが、同社はプアな品質に悩まされた。他社も同様である。やがてセリタは、質を改善しない限り倒産すると言われるまでになった。

 続いてソプロードも、自動巻きのA10(現M100)で代替機ビジネスに本格参入した。同社がムーブメントのベースに選んだのはセイコーの4L。これはETA2892A2の代替機たるべく設計されたムーブメントだった。設計をローカライズしてスイス国内で製造が開始されると、すぐさまフランク ミュラー ウォッチランドが採用を決定している。

 ちなみにセリタとソプロードが中国製という噂は大きな誤解である。しかしそう思われても仕方がないほど、当初、両社の代替機は問題を抱えていた。とりわけ自動巻きの要であるリバーサー(切り換え伝え車) はすぐに固着し、代替機は巻き上がらないという評価をもたらした。

 その間隙を縫って市場に躍り出たのが、新しい自社製ムーブメントである。リシュモン グループは、各社の自動巻きムーブメントから、生産性は高いが問題を起こしやすいリバーサーを追放し、セイコーのマジックレバーに酷似した「マジッククリック」を与えた。その成果には驚くべきものがあり、現在まで、自動巻きに関する不具合はほぼ発生していない。タグ・ホイヤーはセイコーの設計を一部流用して自社製ムーブメントを開発。これもリバーサーではなくマジックレバーを備えた。各社は代替機メーカーの轍を踏むまいと、固く決心していたのである。

 ただし、自社製ムーブメントの開発は高くつく。最低でも200万〜300万スイスフランが必要と聞けば、多くのメーカーが及び腰になるのは当然だ。加えて新規に設計を起こすならば、付帯する設備や研究施設も揃える必要がある。結果、一部のメーカーは、自社製ムーブメントを開発するのではなく、代替機メーカーへのコミットを強め、代替機の質を上げることで対処しようと考えた。具体的には、資本と技術的な支援である。結果、セリタとソプロードのムーブメントは急速に質が向上し、少なくとも5年前とは、まったくの別物となっている。正直なところ、モーリス・ラクロアのCEO、ステファン・ワザーが賞賛するほど優秀とは思えないが、必要十分なレベルに達したのは間違いない。極めて厳しい品質基準で知られるIWCがセリタを、ジンがソプロードを使うようになったことからも、それは想像できよう。

 では、問題の引き金を引いた当事者はどうなったのか。今から約20年前、ETA2892A2の卸値は約80スイスフランに過ぎなかった。しかし現在は、約150スイスフランである(しかし納入先とロット、仕上げや流通経路によって価格は大きく変わる)。同時期に約50スイスフランだったETA2824
‐2の価格も、今や約130スイスフランを下らない。減価償却の済んだ工作機械で古いエボーシュを作り、しかも価格はうなぎ登りに上げられたのだから、ビジネスモデルとしては大成功の部類だろう。一時期、〝ETAはスウォッチ グループ内の優等生〟と言われていた所以である。

 しかし状況は大きく変わった。自社製ムーブメントの普及と、代替機の品質改善のスピードは、スウォッチ グループ関係者の予想をはるかに超えていたのだ。加えて景気の減退は、世界中の時計市場に〝エボーシュのだぶつき〟と価格の下落を引き起こしつつある。

 本誌では過去3回にわたって総力レポートしてきたETA問題。現場はどのような影響を受け、そして未来はどう変わっていくのか。現況をスイスに追った。


「ETA2010年問題」および「ETA2020年問題」 関連年表


[2002年7月]


スウォッチ グループ(以下SG)が2003年1月からすべてのエボーシュ(未完成ムーブメントおよびそのパーツ)の供給を減らし、2006年には完全に供給を停止すると発表。時計メーカーおよびムーブメント供給会社(セリタなど)からの抗議により、スイス連邦競売政策委員会(以下COMCO)との交渉で、2010年まで期限を延長。これが、いわゆる「ETA2010年問題」である。


[2008年11月]


SGは機械式ムーブメント完成体の8〜12%の販売価格増と3%のディスカウントの廃止を決定。すなわち、最大で15%の価格増となる。


[2009年9月]


上記の販売価格と支払い条件変更が、支配的な地位の濫用にあたるのか、特にSGブランドとその他の会社で差別があるとの苦情から、それが事実なのかを明白にするため、2008年11月に開始された事前調査に続き、COMCOによる本格的な調査が始まる。過去17年でスイス時計の販売平均価格は333%に上昇したが、同期間において、例えばETA7750は70%アップ。これは20〜30スイスフランに相等し、エンドユーザーの段階ではおよそ200スイスフラン増となる。


[2009年12月]


SGの故ニコラス・G・ハイエック前会長がムーブメント完成体とキーパーツの供給停止を発表。その理由は「絶えず正当な理由なしに、私たちを権威機関へ独占企業だと告発するような時計製造会社に、SGの投資が利益をもたらさないのは適法である。競合会社は自身の製造手段・設備を開発投資せず、SGでスーパーマーケットのようにムーブメントを購入し、それにより彼らは広告に多額の投資をすることが可能になっている」から。ただし、一部の忠実で信頼できる以前からの顧客には供給を続けることも発表。


[2011年6月]


COMCOが、上記の発表が独占禁止法(カルテル法)に抵触するか調査を開始。暫定措置として、2012年は2010年の購入量の85%のムーブメント、95%のキーパーツを、SGが供給することになる。時計ブランドからの不服申し立てにより、連邦行政裁判所は調査中に競合に損害を与えないため、この措置を2013年末まで延長した。


[2012年6月]


「ムーブメント完成体については2014〜15年は2010年供給量の70%分、2016〜17年は50%分、その後は30%分を供給し、キーパーツは供給を2年ごとに10〜20%量を減少させる」というCOMCOとSGの合意プランが時計会社数社に提案される。なお、ムーブメントを購入し、それに変更を加えて販売しているムーブメント供給会社には、2014年に50%を減らし、2015年に75%減らす案が考えられていたが、多くの時計会社がこれに反対する。


[2013年10月]


COMCOがSGとの協議内容を承認する。その内容は次の通り。「機械式ムーブメントについて、2009〜11年の販売量の平均に対し、2014〜15年は75%、2016〜17年は65%、2018〜19年は55%を供給。よって、2020年以降は供給義務がなくなる」。なお、従業員250人以下の中小企業に限り、ETAからの供給を受けなくては困難な状況に陥る場合は、状況によってETAは供給しなければならないとする、SGとの交渉の余地が残された。SGがこの交渉に応じない場合は、COMCOが介入することができる。


[2014年1月]


SGはCOMCOの指令により、以前のようにキーパーツを制約なしに供給しなくてはならなくなった。ただし、将来的に供給停止になる可能性は危惧される。COMCOは、キーパーツはまだ他社による代替品の開発・製造が十分に進んでおらず、SGの支配的な地位が明らかであることから、SGが販売量減少計画を立てるのは時期尚早と判断した。


[2014年7月]


2008年の販売価格上昇と販売条件の変更後、時計メーカーやサプライヤーからの苦情によって、2009年春に始まったCOMCOの調査は、2019年までの販売量の減少とその価格および条件においてCOMCOとSGが合意することにより終了した。

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