[Kamine × Time Aeon Foundation ×クロノス日本版]〝伝統を守る〟という想いが交差する瞬間

2016.10.03

“Le Garde Temps, Naissance d’une Montre”(時を計る、時計の誕生)プロジェクトから生まれたハンドメイドウォッチ。印象的なメカニカルデザインは、懐中時計の機構を内側からのぞいているイメージ。12時位置には大きな香箱があるが、これは“ダブルクリック・ワインディングシステム”と呼ばれるもので、ヴァレー・ド・ジュウに古くから伝わる伝統技法。トゥールビヨンの振動数は1万8000振動/時に抑えられており、優雅に動く。ケース素材はホワイトゴールドで、11本のみ製作される。写真の時計はサンプルのため、細部の仕上げは少々物足りないが、製品化される際には1本ごとに異なる装飾技術が駆使される。価格はすべて45万スイスフラン。

丁寧に作り込まれた時計の向こうに
伝統の重みを感じる

ST それではお待ちかねの時計の話に移りましょうか。先ほど、11本の時計を製作するという話をしましたが、実は「ガルド・タン」の時計は他にもあります。1本は会場に展示してあるサンプルで、実際の製品と比べると仕上げが少々甘いそうです。上根さんは1月にご覧になったわけですね。

KT そうですね。最新の工作機械で作った時計とも違う、なんとも温かみのある作品でしたね。しかも、グルーベル フォルセイとフィリップ・デュフォーの名が入っている。時計師にとって名前を入れるということは、魂を刻むことと同じ。この名前が並ぶ時計は、おそらく最初で最後でしょう。

ST 初めて完成した時計は〝スクールウォッチ〟と命名し、今年6月のクリスティーズのオークションに出品しました。その落札価格はなんと約1億5000万円だったそうですね。

SF 驚くべき結果ですが、それだけこのプロジェクトに対する期待が大きいということでもあります。しかも、この落札額は、クリスティーズが手数料を取ることもなく、そのまま財団に寄付され、今後の活動費用に充てられます。これも極めて異例なことですね。

ST 世界中の時計愛好家が注目している貴重な時計ですが、いろいろと気になる点もあります。まずはこの時計はどこまで手作りなのでしょうか?

SF すべて手作業です。しかも、1920年代製の機械を使って、歯車やねじもすべて手作業で作っています。冒頭でも話しましたが、工作機械が進化し簡単に精密なモノを作ることができる時代だからこそ、ひとつひとつのこだわりを大切にした時計に意味がある。それに〝どこで誰が作っているか〟という要素も重要。ユーザーも敏感になっているポイントだと思います。ブーランジェ氏は、フィリップ・デュフォー氏のアトリエでさまざまなノウハウを学びました。さらに、グルーベル フォルセイのアトリエでも、機構だけでなく仕上げの技術を教えました。

ST とても豪華な講師陣ですね。しかし、本来社外秘にすべきノウハウをこうやって明らかにすることに拒否感はなかったのですか?

SF むしろ逆です。そもそも現代の時計師が時計を学ぼうと思ったら、故ジョージ・ダニエルズ著『ウォッチメイキング』を読むしかなかった。しかし我々は、そこに実技を加えることができる。ブーランジェ氏にはこのプロジェクトで得た知識を学校で教えてもらうのはもちろんのこと、本にまとめてもらっても構わないと伝えています。

ST それはこれから時計師を目指す人にとってもうれしいでしょうね。ところで今回、トゥールビヨン機構を選んだ理由を教えてください。

SF トゥールビヨン機構を選んだのは、偉大な時計師アブラアン-ルイ・ブレゲへのオマージュ。そして、さまざまな技巧が詰め込まれているからです。

フィリップ・デュフォー氏
1948年、スイス生まれ。地元ル・サンティエの名門ジャガー・ルクルトに勤務し、アフターサービス部門などを経て、78年に独立。独立時計師協会(AHCI)に所属し、ハンドメイドの時計を発表。中でも92年に発表した「グラン・プチ・ソネリ・ミニッツリピーター」は高い評価を得る。2000年にスモールセコンドウォッチ「シンプリシティ」を発表し、日本を中心に時計愛好家に熱狂的に迎えられる。大の親日家でもある。

トークセッション後にステファン・フォルセイ氏と握手を交わす上根亨氏。創業110周年を迎える高級時計正規販売店カミネの代表取締役社長であり、AJHH(日本正規高級時計協会)の会長も務める。「スイスには崇高な志を持って時計を作っている時計師がたくさんおり、受け継がれるべき技術もあります。しかし、巨大ビジネスの中で埋もれてしまっているのが現状です。だからこそ、時計文化をサポートする活動の手助けができることを光栄に思います」。彼もまた時計文化のパトロンであるのだ。

時計を手にすること
それが文化の継承に大きく結び付く

ST このような素晴らしい時計を、カミネで取り扱うこと。その意義はどこにありますか?

SF 「ガルド・タン」の時計を手に入れるということは、時計の歴史や伝統を守るための一種のパトロネージでもあります。カミネは110年という歴史の中で、伝統を受け継いでいく難しさ、大切さを理解しています。カミネは110年もの間、時計文化をサポートしてくれました。そして、この時計を通して時計の未来をサポートしてくれる。それはとてもうれしいことです。

KT 私も光栄に思います。機械式時計は人の手でしか作れません。その原則はどれだけ時代が進化しても変えるべきではない。その理念を守るために営利を目的にせず行動するという彼らの姿勢に賛同した時計愛好家は少なくなかったようで、11本製作される時計は、ほぼすべてが売約済みだそうです。カミネで販売するモデルも、このプロジェクトの意義に賛同いただいたお客様が即決され、2018年の納品が決定しています。

ST それも素晴らしい栄誉ですね。それにミッシェル・ブーランジェ氏とのプロジェクトは終了したとしても、TIME AEON財団は続いていきますし、新しい時計師とのプロジェクトが始まる可能性もあります。

SF 日本には〝人間国宝〟という制度があって、国が伝統継承をサポートしているそうですね。実は、スイスでは時計が主力産業であるにもかかわらず、技術を守ろうという行政からの働きかけがない。だから我々が責任感を持って行動するしかないのです。

KT いつかは日本の時計師にも注目してほしいですね。日本には菊野昌宏さんという、フィリップ・デュフォーさんも認めた優秀な時計師がいます。彼のような人材が、このプロジェクトに参加できると面白いですよね。

トークセッション会場の脇に設けられた“Le Garde Temps, Naissance d’une Montre”の特設コーナーでは、時計パーツを作るための工作機器や設計スケッチ、プロジェクトの概要が書かれたブックレットを展示。さらに、実際の教育課程や修業の様子を追いかけたドキュメントムービーも上映された。非常に手間のかかるプロジェクトであるが、崇高な理念を知るほどに、時計への興味が増していく。
カミネ トアロード店 営業時間/10:30~19:30(無休) Tel.078-321-0039
〒650-0021 兵庫県神戸市中央区三宮町3-1-22