H.モーザーの美意識を表現する永久カレンダー

2017.03.08

「モーザー・パーペチュアル1」という永久カレンダーを積んだ名作がある。作り手はH.モーザー。長い休眠状態から復活した同社が2005年に発表した新作の中でもひときわ輝いていたコンプリケーションモデルだ。独立系時計師のアンドレアス・ストレーラーが中心となって設計された自社キャリバーは当時、大いに話題を呼んだ。ゴールド製のガンギ車とアンクルを備えるユニット式の脱進機、緻密な仕上げが施された地板とブリッジ、大きくて真っ赤な穴石とそれを囲むゴールドのシャトンなど、審美的にも機能的にも目を見張る独創性が満載だったのだから、愛好家の熱狂は当然だった。わけても、モーザー・パーペチュアル1は、同社の新生ファーストコレクション唯一の複雑機構搭載モデルで、なおかつ旧来の永久カレンダー時計とはまるで趣を異にしていた。

プロファイルをえぐったような造形のケースは、新生H.モーザーがデビューした2005年当時から変わらないが、プロポーション自体はより立体化している。

 このモデルの文字盤を見て、即座に永久カレンダーだと見分けがつく愛好家は皆無だった。なにしろ、文字盤にはカレンダーを表示するサブダイアルが一切見当たらない。3時位置の大型デイト表示と9時位置のパワ−リザーブインジケーターが目につく程度。しかし、時分針の袴の部分からは、ごく慎ましやかに短いアローハンドが顔を覗かせている。この針がインデックスに合わせて一周することによって、12カ月(月)を表示するのだ。ケースバックに目を転じると、なんとムーブメントにリープイヤー(閏年)・インジケーターが埋め込まれているではないか! 虚飾を排し、ピュアに徹することで、まるで従来の複雑時計からのパラダイムシフトを図っているかのような痛快な造作に、欧米のジャーナリストは大きな評価を与えた。2006年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリにおける複雑時計部門賞はその最たる例といえるだろう。


 時は流れて2017年。モーザー・パーペチュアル1は「エンデバー・パーペチュアル・カレンダー・ピュリティー」という新しい名前が与えられ、限定モデルとして再生を果たした。2012年に現在のMELBホールディングスに経営が変わり、彼らはH.モーザーのブランドアイデンティティを損なうことなく、いやむしろ、より強調するようなイメージ戦略の変更を図っている。よりわかりやすいモデル名への変更、ブランドロゴの下に〝Very Rare〟というボディキャッチを採用するなどはその一例だ。製品はよりピュアネスを強調するかのようにブランドロゴなどの情報を一切排除したフュメ・ダイアルを数多く採用するなど、既成の枠組みにとらわれない自由奔放な創作活動が続けている。つまり、フュメ・ダイアル、ケース、ムーブメントの造形を見れば、ブランド名は入らずとも、これが間違いなくH.モーザーの作品であることが分かるほどのオリジナリティを追求する意志の強さを示しているのだ。