ブレゲ マリーンの万有引力

2017.06.02

スイス出身の時計師で、パリに工房を構え、ブレゲを創業したアブラアン-ルイ・ブレゲ(1747~1823年)。トゥールビヨンなど、今も使われている機構の多くを発明もしくは改良し「時計の進化を2世紀早めた」天才と称賛される。フランス経度委員会や科学アカデミーの会員になり、マリンクロノメーターでも優れた業績を残した。

アブラアン-ルイ・ブレゲがフランス海軍省にマリンクロノメーターを納品したのは称号を得てから5年後の1820年から。当時の書類が残っている(1820年9月18日付)。ブレゲはフランス海軍に対して以後、22個を納入したという。


1822年1月14日に海軍に納品されたマリンクロノメーターNo.3196。ツインバレル、スプリング・デタント脱進機を搭載し、時分表示と秒表示を独立して配置。ダイアルに“Breguet et fils”(ブレゲと息子)、No.3196、“Horloger de la Marine Royale”(王国海軍時計師)の署名が見られる。ブレゲ・ミュージアム所蔵。

 通常をはるかに凌ぐ超高精度で、信頼性や安定性に優れる時計といえば、少なくとも18世紀や19世紀を通じてその代表に位置付けられるのは、航海で利用するマリンクロノメーターだ。船舶の位置を割り出す経度計算に不可欠な道具だったこのマリンクロノメーターを製作できる高度な技術をもった者こそが、時計師の頂点に立つ存在であった。

 ブレゲの創業者アブラアン-ルイ・ブレゲがマリンクロノメーターに着手したのは1780年代といわれるが、本格的に製作を始めるのは、フランスの王政復古で国王に即位したルイ18世が1815年に発した勅令により「フランス海軍省御用達時計師」という名誉ある公式の称号を授与されてからだ。この年から彼が没するまでの8年間で78個を製作し、うち22個を海軍に納品したという記録が残っている。その後もマリンクロノメーターの製作は、息子や孫の代まで続けられた。20世紀に入ってからもフランス海軍との関係は続き、各種精密機器をはじめ、海軍航空部隊のパイロットのために腕時計クロノグラフ「タイプXX(トゥエンティ)」を製作したことは有名だ。

 そして、「フランス海軍省御用達時計師」の称号を得てから175年後の1990年、現代のブレゲは、海軍にまつわる歴史背景をたたえ、その偉大な遺産からヒントを得て「マリーン」と名付けた新シリーズを発表する。防水で堅固な作りを特徴とするスポーティーな初代モデルは、かつての懐中時計を範としたクラシカルな意匠のシリーズとはひと味異なる魅力を放ち、やがて現代の活動的なライフスタイルにマッチしたラグジュアリーウォッチへと大きく発展していく。