Overview H.Moser & Cie. シャフハウゼンが育んだ進取の気概【第2回】

2017.06.14

“焼成炉に入れた一瞬だけ、溶け出す前の釉薬成分に引火して大きな炎が上がる。高温焼成エナメルを“グラン・フー”と呼ぶ所以だ。

 こうした歴史的背景からか、ラ・ショー・ド・フォンを中心として、近隣に広がるジュラ地方一帯には、現在も腕の良いサプライヤーが多く点在している。H.モーザーと係わりを持つ工房としては、ケース製造を一手にまかなう「ギヨー・ギュンター」や、質の高いエナメルダイアルで知られる「ドンツェ・カドラン」などが挙げられよう。他にも個人作家レベルのギヨシェ職人やエングレーバーが腕を振るっている。

 1866年に創業したギヨー・ギュンターは、3代続いたインディペンデントのファミリーカンパニー。現在工房を取り仕切るのは、かつてブレゲ1社のためにケース製造を行ってきたファーバー・エペレ(20年ほど前にスウォッチ グループに買収された)の元CEO。つまりは“4代目”を継ぐために招聘された人物だ。従業員数は約100名。約15社向けに年産1万5000個〜2万個のケースを生産している。新生当時からH.モーザーは、主にドンツェ・ボーム製のケースを好んで使ってきたが、近年はギヨー・ギュンター製が主力だ。

 R&DからQCまでを一手に手掛けるギヨー・ギュンターは、生産工程からスタンピング加工を廃した近代的な工房のひとつ。旧来のケース製造は、スタンピング(冷間鍛造)されたブランク材から切削で仕上げてゆく方法が主流だったが、近年は切削だけでケースを仕上げる工房も増えており、ギヨー・ギュンターも2016年12月から完全切削に切り替えている。CNCマシニングの技術が進んだことと、スタンピング時に残る残留応力の影響を最小にするためだ。残留応力を完全に除去するためには、焼き戻しを加えたうえで、しばらくブランク材を寝かせておく必要があり、要するに時間がかかるのだ。ただし、プレス用金型を自製する際に使用していた放電スタンプ(型彫り放電加工機)は現在も活躍しており、例えばギヨシェを彫り込む外枠加工などに、金型作成の技術をそのまま用いている。

ややボンベ形状に歪ませた銅の薄板に、ホワイトリモージュの粒子を振りかけた状態。なお、釉薬を溶いた際の水分や油分の乾燥が不十分なまま炉に入れると、表面が破裂してしまう。

焼成炉から取り出されたダイアルは、まだ柔らかなうちに表面をフラットに整える。使用されるのはカーボンの丸棒。要するに炭を押しつけて、平らに均してゆくのだ。なおドンツェ・カドランのダイアルは、印字部分もすべてエナメルの焼き付け。そのため溶剤で擦っても剥がれることはない。