密着IWC24時 クォリティを生み出す人間力に迫る

FEATURE本誌記事
2019.12.16
クリスチャン・インドルコーファー

クリスチャン・インドルコーファー[ムーブメントパーツ製造責任者]
IWC内で最も機械化されているのは、ムーブメントパーツの製造部門だろう。責任者はクリスチャン・インドルコーファー。IWCには1995年に入社。以降一貫して、製造畑を歩んできた。驚くべきは、加工精度に対する厳密さ。地板の加工では、両面に270もの作業を行う。ツールの交換は54回、そして加工誤差はわずか±2ミクロンである。これほどの加工精度を保てる理由は、冷却にも独自のノウハウがあるから。また、25台のCNC旋盤を持つにもかかわらず、決して無理な稼働をさせていない。20年以上にわたるインドルコーファーの経験が、今やノイハウゼン製の部品に、際立った高精度を与えることとなった。「しかし新しいムーブメントの部品を作るのは難しいよ。というのも、できること、できないことが分からないからだ」。超最新のCNC旋盤とマシニングセンターがなければ、もはや精密なムーブメント部品を作るのは難しい、と語るインドルコーファーだが、しかし最後に大事なのは手作業なのだと強調する。

 2000年発表のキャリバー5000で再びマニュファクチュールとなったIWC。しかし同社は、1980年代から部品の内製化に取り組んでいた。きっかけはチタン製のケースである。サプライヤーに加工を断られたことをきっかけに、IWCはチタンケースの内製化に取り組み、やがてゴールドやSSケースも社内で加工するようになった。04年の時点で、ケースの内製率は約50%であった。しかし現在、内製率はほぼ100%。ケースメーカーを買収して、内製率を高める会社は多いが、IWCのように、ゼロからケース製造に取り組んだ会社は、スイスでも希だろう。もっともIWCの場合は、そうせざるを得なかったのだ。ドイツとの国境沿いにあるシャフハウゼンは、どのケースサプライヤーからも遠かったからである。結局、IWCはケース製造のため工作機械を購入し、従業員の教育体制を整える以外に術がなかった。

 ケースを加工するのは、1階のフロアである。入り口付近に置かれているのは、3台のエングレーブ専用機。うち2台はCNC旋盤、1台はレーザー加工機である。これらは裏蓋に製造番号や刻印を施すためだけでなく、特別注文に対応するためらしい。さらに奥に進むと、11台のターニング旋盤が置かれている。8台は生産用、3台はプロトタイプの製作用だ。ターニングで粗加工されたケースは、切削で仕上げされ、手作業で磨かれる。

 その作業を行っているのは3階。取材時には、熟練工がプラチナ製のケースを磨いていた。「プラチナは硬いので、下準備に時間をかける必要がある。作業時間は2時間、しかし経験があるから、難しいとは思わない」。しかしケースの磨きに11年の経験がある彼女は、苦もなくプラチナを磨いていた。やはり彼女も、見習いから職業訓練を受けて、熟練工になったひとりだ。製造責任者のクレメンス・ギスラーはこう説明する。

「ケースの製造で一番難しいのは、ケースの磨きだね。3年の見習い期間が必要だ。その教育は社内で行う。理由は、外部にケースを磨ける職人がいないからだ」

 仮にケースの造形をもっとシンプルにすれば、一部の量産メーカーが行っているように、磨きの工程を完全に機械化できるだろう。しかしギスラー曰く、毎年25%が新製品で、形も年々複雑になっているとのこと。機械化が進むケース工場だが、IWCでは、やはり最後を仕上げるのは人間なのである。

 ノイハウゼン工房の2階はムーブメント部品の製造部門。25台のCNC旋盤と2台の放電加工機を持つ、極めてモダンな工房だ。また08年と10年に、自動的に穴石を入れる機械を導入した。製造責任者はクリスチャン・インドルコーファー。40名を統率する彼は、スイスの精密加工業界ではかなりの権威者で、事実ツールメーカーのロームは彼のチームを表彰したほど。精密加工に関する講演を行うほどの彼は、いわばノイハウゼンにおける機械化の立役者、といえるだろう。しかしそんなインドルコーファーも「大事なのはあくまで手作業だ」と語る。

 現時点のIWCは、部品製造をノイハウゼン、アッセンブリーをシャフハウゼンで行っている。しかし150周年を迎える来年、ノイハウゼンの設備は郊外のメリスハウゼンに移されるという。建設中の新工房で私たちを待っていたのは、COOのアンドレアス・ヴォルだ。

Movement Parts Department [Neuhausen]
ケース製造部門の奥には、ムーブメントの部品を製造する部門がある。1980年代以降、IWCはケース加工で部品製造のノウハウを蓄積。その技術を転用して、2000年以降、ムーブメントの部品を自製するようになった。地板の約8割は自製であり、今やカナなども製造するというから、内製率はかなり高い。なお製造工程は高度に機械化されているが、決して省略化はされていない。一例がペルラージュ。間隔こそ広めだが、自動機械によるのではなく、職人がひとつひとつ模様を施していく。またノイハウゼンの工房には、ムーブメントに施すメッキのプロセスも完備している。現在この部門では、約40名のスタッフが、Cal.69000系、82000系、52000系、89000系、59000系などの部品を製造する。