オークションレポート/なぜデイトナは17億円超で落札されたのか?

FEATUREオークション
2019.12.19

ストーリーと明確な出所がなければ、ポール・ニューマンの「デイトナ」は12万USドルだった

 この時計は、過去30年間の「デイトナ」収集というジャンルにおいて、間違いなく熱狂的な流行に火を付けた。この時計はニューマンがギフトとして娘に贈り、それを彼女がかつてのボーイフレンドに贈り、彼女に再び戻された物である。出所は例を見ないほど確かだ。

裏蓋の “DRIVE CAREFULLY ME”(注意深く運転して)の刻印は、ポール・ニューマンの妻であるジョアン・ウッドワードによるもの。

厳密に言えば、時計自体はレアではない。さまざまなリファレンスナンバーを持つ“ポール・ニューマン”文字盤の「デイトナ」は何千と存在する。ポール・ニューマンにまつわるこのストーリーと明らかな出所がなければ、オークション開催時のデイトナの価値は12万USドルであっただろう。

しかし「デイトナ」コレクションにおける価値と、またさらに、広い意味での一般的なヴィンテージ・ロレックスのコレクションにおける価値を考えれば、この「デイトナ」が巨額を叩き出すであろうことを疑う人はほぼいなかった。

自身がレーサー役を務めた主演映画を機に、プライベートでもレーシング・ドライブを趣味としたポール・ニューマン。
image by Ron Galella via Getty Images

 このロットの入札進行は、ドラマチック以外の何ものでもなかった。オークショナーであるオーレル・バックが入札を100万USドルから始めるや否や、電話の向こうでバイヤーのひとりが1000万USドルと大声で叫び、他の入札者を怖し気づかせて遠ざけた。このショックから回復した後、残った少数の入札者の間で競売はすぐに再開された。最終的に、このロットを競り落としたのは他の電話のバイヤーであり、その人物は1550万USドルという金額で入札した。バイヤーのプレミアム込みだと1780万USドルという金額だった。

これはパテック フィリップのRef.1518(1100万USドル)や、オークションでこれまで最も価値あるロレックスとされていた「“バオ・ダイ”Ref.6062」(500万USドル)を超え、オークションに出品された腕時計の中で最も高価なものとなった。なお、オークションで売られた最も高価な時計は、いまだにパテック フィリップの「ヘンリー・グレーヴス スーパーコンプリケーション」(2400万ドル)であり、1933年に銀行家に納品されたポケットウォッチだった。

ポップアートの収集に近くなった、「デイトナ」のコレクション

 このオークションの意味合いと予期せぬ結果が、ロレックスの収集とヴィンテージウォッチの収集の分野に何をもたらすのか、現時点ではまだ分からない。しかし簡単に言うと、この「デイトナ」がもたらした結果と評判は、ロレックスを、世界で最も有名な時計として位置付けることになるだろう。

このオークションまでの数年間に、かつての「デイトナ」を収集することは、ある意味ほとんどポップアートを収集するような感覚になっていた。今や多くのバイヤーは象徴的で粋という理由で、この時計を欲しがるようになった。時計に関するブログやインスタグラムに広く流布した「“ポール・ニューマン”デイトナ」の数えきれない画像は、このトレンドを強固にするはずだ。短期的には、ヴィンテージの「デイトナ」の価格は、このオークションがもたらした高揚感と勢いのため、多分高価格にとどまるだろう。しかし、長期的には需要と供給が価格を決めるだろう。

論理的に言うと、時計の好ましい価格とは、結局のところ、美的感覚、品質(コンディション)と希少性が決める。最終的には希少性があればあるほど、また1930年代、1940年代の初期のクロノグラフのようなより高品質なモデル、あるいはムーンフェイズ機構を搭載したRef.6062やRef.8171のような象徴的な複雑時計の名品、そしてロレックスが生産した中で最も複雑なモデルである「ジャン−クロード・キリー“ダトコンパックス”」など、品質と希少さを両立したモデルであるほど、間違いなくより高価になると私は予測する。

フィリップスとオークションを共催するオーレル・バックスは、17億超という落札金額に対して「この記録は、このロレックスの歴史的重要性と継続的な遺産である証だ」と述べた。