パテック フィリップ/ノーチラス

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.05.03

ノーチラス、2006年までの歩み

発表から40年近くが経ったノーチラス。しかし2006年に至るまで、そのバリエーションは決して多くないことに気づかされる。その理由は、2ピースケースによる、独特の防水システムにあった。ノーチラスに大きな個性を与えながらも、その可能性を制限し続けた2ピースケース。2006年までの「旧ジェネレーション」に、その進化と限界を見ていくことにしよう。

ジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアム。ここの2階には、1000点を超えるパテック フィリップが展示されている。当然所蔵品にはノーチラスのオリジナルモデル(Ref.3700)も含まれている。オリジナルを知るには非常に優れたサンプルだろう。左奥に見えるのは、「弟分」のアクアノートの前身Ref.5060。

 1960年代後半のパテック フィリップは、薄型の自動巻きムーブメントを持っていなかった。27-460系は時計史に残る名機だったが、既存の手巻き(23-300)に大きなラチェット式の自動巻きを重ねていたため、厚みがあった。もちろんパテックも、手をこまねいていたわけではない。1968年発表のキャリバー350はペリフェラルローターを載せた、極薄自動巻きであった。しかしその設計は、あまりにも野心的にすぎた。発表当初の350はスイッチングロッカー式の両方向巻き上げだったが、一貫して低い巻き上げ効率に悩まされた。後にパテックは350を片方向巻き上げに改良したが(キャリバー1-350)、巻き上げ不足はついに解消されなかった。やむなく同社は、定評のあるジャガー・ルクルト製の920をエボーシュに採用した。すなわち28-255C(Cはカレンダー付き)である。

 28-255Cは極薄ながら巻き上げ効率と精度に優れていたが、コストは高く付きすぎたし、スポーツウォッチ向けとしては、いささか脆弱だった。実際、2万個製造されたとされる28-255系は、ほとんどがドレスウォッチに搭載されたのである。また直径28㎜の28-255系で薄い防水時計を作ろうとするなら、ベゼルに幅広のパッキンを噛ませるほかなく(薄型のケースに、ねじ込み式のケースバックは与えられない)、果たしてノーチラスのサイズは42㎜に膨らんでしまった。この弱点は、同じ920を載せた、ロイヤル オークにまったく同じであった。

 やがてロイヤル オークは大きな自動巻きではなく、小さなクォーツムーブメントによる小型化に活路を見いだした。この方向性は、80年代以降のノーチラスもほぼ同じと言えよう。しかし80年代以降も、機械式ムーブメントの充実に努めた点、パテックはそのコンペティターと方向性をやや異にしていた。

Ref.4700/1A 

Ref.4700/1A (1980)
ノーチラスに好セールスをもたらした女性版。当時最新のクォーツ、E19(E15系)を搭載している。「新しいタイプの機械式時計」(フィリップ・スターン)を目指して登場したノーチラスだったが、セールスを支えたのはクォーツムーブメントだった。SS(径25.8mm)。
Ref.3800/1A

Ref.3800/1A (1981)
3年後に加わった小径版。搭載するCal.330 SCは、28-255Cにサイズがほぼ同じ。しかしカレンダーディスクを内側に寄せることで、直径を37.5mmに留めた。意匠のバランスなどは、3700にまったく同じだ。2006年まで製造。自動巻き。SS。120m防水。

 この時代のパテックは薄型ムーブメントに数多くの名機を輩出したが、決定打となったのは、センターセコンド自動巻きのキャリバー330 SC(≒335 SC)であった。これは2番車をオフセットして薄型化するという、かなり野心的な設計を持っていた。長年、2番車をセンターに置かないムーブメントは、針飛びが起こりやすいとされてきた。そのためパテック フィリップは、2番車をセンターに置く設計に固執した。350が、ペリフェラルローターを採用した一因だろう。そういった設計思想を一変させても薄型化を狙った点、330 SCは革命的なムーブメントだったが、幸いなことに、性能は期待を上回るほど安定していた。330 SCはすぐさまノーチラスに転用され、ラインナップの拡充に寄与したのである。これが2005年まで製造された、「レ・クラシック」ことRef.3800である。ちなみに330 SCと28-255Cの直径はほぼ同じだが、前者を載せたRef.3800の直径は37.5㎜に留まった。理由は、330 SCのカレンダーディスクが、ムーブメントの内側に寄っていたためである。そのためRef.3800は、オリジナルの意匠そのままに、時計のサイズを4.5㎜も縮めることに成功している。ノーチラスが今に長らえた一因。ジェンタ・デザインの普遍性はもちろんだが、330 SCを祖に持つ、センターセコンド自動巻きの優秀さも忘れてはならないだろう。

 加えて1980年には、ラウンドのクォーツムーブメント、E19も完成した。これら最新のムーブメントを載せた「小さな」新作は「80年代初頭まで、ノーチラスを求める声はそんなに強くなかった」(フィリップ・スターン)という状況を一変させたのである。

 しかし小型化に成功したノーチラスには、なお制約がつきまとった。それがミドルケースと裏蓋を一体化した2ピースだった。ケースバックを一体化したノーチラスは、メンテナンスの際、リュウズの巻き芯をムーブメント側から外せない。したがって搭載できるムーブメントは、文字盤側から巻き芯を外せるものに限られた。当時のパテック フィリップで挙げると、28-255 C、330 SC(≒335 SC)、ノーチラス用のクォーツムーブメント(E19とE23)、そして手巻きの215しかない。つまりこれ以外のムーブメント、例えばマイクロローターを載せたキャリバー240などは、載せたくとも載せられなかったのである。

 そんなノーチラスの歴史において、興味深いモデルがふたつある。ひとつが、「弟分」アクアノートの前身Ref.5060。もうひとつは1996年のRef.3710/1Aである。96年初出の5060は、ノーチラスの原型を生かしつつも、裏蓋とミドルケースではなく、ベゼルとミドルケースを一体化した2ピースケースの時計であった。このモデルと後継のアクアノートが採用したねじ込み式の裏蓋は、約10年後、ノーチラスRef.3711/1が採用することとなる。なおパテック フィリップが、より「若い」モデルを意図したことは、このモデルが、当時のモダンなモデルに付けられていた、5000番台という品番を備えていたことからも想像できよう。

Ref.5060

Ref.5060 (1996)
「弟分」であるアクアノートの前身。意匠はノーチラスに近いが、ベゼルとミドルケースが一体化されたほか、ケースバックがねじ込み式となった。この構造は、後にノーチラスに転用された。搭載するのは、Cal.330 SC。おそらく、カレンダーディスクの位置を配慮したためだろう。自動巻き。18KRG(径34mm)。120m防水。
Ref.3710/1A

Ref.3710/1A (1998)
イタリア市場の要請により製作された、「ジャンボ」サイズ。ベゼルの幅を広げ、文字盤の開口部を小さくすることで、小径用に設計されたCal.330 SCのカレンダー位置を目立たないようにしている。2006年まで製造。自動巻き(Cal.330 SC IZR)。SS(径42mm)。120m防水。

 もうひとつの興味深い事例が、3710/1Aである。このモデルでは、従来37.5㎜(Ref.3800)だったケースが、42㎜に拡大されている。正確には、拡大ではなく、オリジナルのサイズに復したわけだ。ただし、パテック フィリップの慎重さを示すように、この時計はモダンな5000系の品番を持っておらず、あくまでも37000の復刻という形を取っている。しかしムーブメントのベースが330 SCであったため、残念なことにデイト表示がムーブメントの内側に寄っていた。したがって3700が持つニュアンスは若干損なわれている。見た目を考慮するなら、カレンダーディスクが外周に寄った315 SCこそが相応しいはずだ(330 SCを改良した310 SCと、後継機の315 SCは、カレンダーディスクがムーブメント外周に寄っていた)。しかし330 SCと異なり、315 SCは分割式の巻き芯を備えていなかったのである。

 発表から30年後のRef.5800まで、ほとんどのノーチラスは2ピースケースであった(例外は2005年の3711と3712)。アクアノートはねじ込み裏蓋を持つ2ピース、ノーチラスはベゼルを別部品にした2ピースケースという原則を、パテック フィリップは守り続けたのである。一応、2006年の5800までを、オリジナルの構造を残した、旧ジェネレーションと呼ぶことができよう。しかし同年に発表されたRef.5711/1Aと5712/1A以降、ノーチラスの新作はすべて分割式のケースバックを持つようになり、結果、分割式のリュウズ巻き芯に固執する必要がなくなった。3ピース化されて以降、ノーチラスのバリエーションが増えたのは当然の成り行きと言える。次のページでは、3ピース化されて以降の「新型」ノーチラスを見ていくことにしたい。