オメガ「レイルマスター」の進化をファーストモデルから追う

FEATUREアイコニックピースの肖像
2021.06.10

2017年のバーゼルワールドで時計愛好家たちを熱狂させた“オメガ 1957 トリロジー”。完璧な復刻ぶりに加えて、良質な外装と実用時計としての際だった性能を思えば当然だろう。その代表作であるレイルマスターにフォーカスして、オメガの原点と現在の成熟を見ていきたい。

レイルマスター

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第43回/クロノス日本版 2018年1月号初出]

RAILMASTER [CK2914]
耐磁性能を有した鉄道時計

レイルマスター[Ref.CK2914-5]
1000ガウスの耐磁性能を持つ耐磁時計。ミリタリーウォッチがベースにあることは、手巻きムーブメントであることが示す。手巻き(Cal.284)。17石。1万8000振動/時。SS(直径38mm)。200フィート(約60m)防水。1957年当時の価格275スイスフラン。参考商品。撮影協力:ケアーズ Tel.03-3635-7684

 1950年代に入って電気機器の普及が進むと、時計の耐磁性能が大きな問題となった。対して、ロレックスは54年に「ミルガウス」を、IWCは「インヂュニア」(55年)をリリースした。オメガも1000ガウスの耐磁性能を持つ「レイルマスター」(57年)でそれに続いた。

 その名称こそレイルマスター、つまり鉄道員向けだったが、そもそもこの時計の原型は、イギリス空軍向けのミリタリーウォッチ(CK2777)だった。イギリス空軍は、機内で発生する磁気の影響を受けない時計の開発をオメガに要請。同社はその完成版(CK2777-1)をカナダ市場で販売した。55年に、オメガはこのモデルの発展系であるCK2777-2を開発し、これがレイルマスターの原型となった。つまりレイルマスターとは、ミリタリーウォッチの民生機だったのである。その証しに、レイルマスターのムーブメントは、ローター外れを起こさない手巻きだった。

 ではなぜ〝レイル〟だったのか。1940年代以降、アメリカやカナダの鉄道会社は、蒸気機関車の代わりに電気式気動車を多く採用した。これらはディーゼル機関で発電し、その電力でモーターを動かすハイブリッドエンジンを載せていた。静かで速い電気式気動車はアメリカ大陸の鉄道輸送を一新したが、乗務員の時計を磁気帯びさせた。オメガが鉄道員を強く意識したのは、リリース当時の広告に明らかだ。広告の背景を飾るのは、当時最新の電気式気動車であるEMD E8型(49〜54年にかけて製造)だった。

 鳴り物入りでリリースされたレイルマスター。しかし手巻きを載せたレイルマスターの性能は、自動巻きを搭載したライバルに及ばなかった。オメガはレイルマスターコレクションの継続を断念。その名は2003年まで封印されることになった。

レイルマスター

(右)彫り込んだインデックスに自発光塗料を流し込んだ、7749タイプの文字盤。ミリタリーウォッチがベースだけあって、文字盤はペイントの黒である。食い付きを良くするため、表面を荒らすのはこの時代のオメガに見られた特徴だ。文字盤の素材は軟鉄で、耐磁性能を高めるために1mmの厚みがある。見返しリングはスティール製。水圧で風防が変形すると、膨張したリングが風防の縁を押さえて、ケースの気密性を保つ。(左)レイルマスターに200フィートの防水性を与えたのが、ナイアードシステムのリュウズである。ただし、この個体のリュウズは交換されている。オリジナルのナイアードシステムには、リュウズにマークが入っている。

レイルマスター

ケースサイド。耐磁時計にもかかわらず比較的薄い理由は、ムーブメントに自動巻きではなく手巻きを採用したためだ。

レイルマスター

(右)ミリタリーウォッチがベースという証しが、プレスで打ち抜きやすい形状のラグだ。なおブレスレットは、セミエクステンションのRef.7077。1957年に発表されたレイルマスター、シーマスター300、そしてスピードマスターは、このRef.7077ブレスレットが付属していた。(左)レイルマスターの刻印とシーホースのロゴ。軟鉄製の耐磁ケースを収めるため、裏蓋は盛り上がっている。


“OMEGA 1957 TRILOGY”
RAILMASTER MASTER CHRONOMETER
最新スペックを封じ込めた限定復刻版

“オメガ 1957 トリロジー” レイルマスター マスター クロノメーター 60周年 リミテッド エディション

“オメガ 1957 トリロジー” レイルマスター マスター クロノメーター 60周年 リミテッド エディション
1957年のCK2914をほぼ忠実に再現したモデル。加えて1万5000ガウス以上の耐磁性能を持つマスター クロノメーターを搭載する。自動巻き(Cal.8806)。35石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径38mm)。60m防水。限定3557本。73万円。

 レイルマスターの名は2003年に復活したものの、残念ながら超耐磁性能は備えていなかった。名実ともにレイルマスターが復活したのは、17年のことだ。オリジナルをベースにした現代版のレイルマスターと、その忠実なレプリカは、1万5000ガウス以上の超耐磁性能を持つマスター クロノメーターに準拠したのである。その耐磁性能は実にオリジナルの15倍であった。加えてオメガは、新しいレイルマスターに極めて優れた外装を与えた。いわゆる〝現代版〟は後述するとして、ここでは優れた復刻版について述べたい。

 スピードマスター、シーマスター300、そしてレイルマスターの発表60年を記念して、オメガはこれら〝トリロジー〟の復刻に取り組んだ。しかし当時の図面が残っていなかったため、オメガはCK2914のケースをスキャンして新たに図面を起こした。通常、復刻版であってもケースサイズはオリジナルと異なる。しかしオメガは、サイズを含め、完全な再現を目指したのである。

 これを可能にしたのが、07年から始まった外装改善の取り組みだった。「デ・ヴィル アワービジョン」でケースや文字盤の質感向上に着手したオメガは、そのノウハウをトリロジーに投入したのである。一例がドーム状のサファイアクリスタルだ。オリジナルと同じ曲面を持つだけでなく、中心には昔懐かしい〝Ω〟マークが刻まれている。また分秒針にも、1957年モデル同様、強いカーブが付けられた。ラッカー仕上げの文字盤も、オリジナルにほぼ同じブラスト仕上げだ。かつてのオメガに比べると、ディテールの充実ぶりは別ものと言ってよい。

 実用時計の水準を超える超耐磁性能に、好ましい外装を合わせた新しいレイルマスター。オメガの進化は、この復刻モデルに見事な完成度をもたらしたのである。

“オメガ 1957 トリロジー” レイルマスター マスター クロノメーター 60周年 リミテッド エディション

(右)オリジナルのほぼ完璧なレプリカである“オメガ1957 トリロジー”レイルマスター。文字盤も7749タイプを忠実に再現したものだ。ただしムーブメント自体に耐磁性能があるため、インナーケースは不要になり、文字盤の素材も耐磁性のある軟鉄から真鍮に変更された。またスーパールミノバの発光量を増やすため、インデックスの彫り込みはオリジナルに比べてわずかに深くされた。注目すべきは、風防の中心に見える小さなΩマーク。オメガの純正風防には付いていたディテールをサファイア風防でも完全に復元した。なお風防がサファイアになったため、見返しリングにテンションをかける機能はない。(左)オリジナルとまったく同じ形状のリュウズ。Ωマークの中心に見えるのが、ナイアードリュウズのシンボルだ。ただしケースとリュウズの加工精度が上がってケースの気密性が高まった結果、ナイアードシステムは省かれた。

“オメガ 1957 トリロジー” レイルマスター マスター クロノメーター 60周年 リミテッド エディション

ケースサイド。薄い自動巻きのCal.8806を採用することで、手巻きを載せたオリジナルと同じ直径と厚みを実現した。

“オメガ 1957 トリロジー” レイルマスター マスター クロノメーター 60周年 リミテッド エディション

(右)オリジナルと同じラグ。しかしケースサイドのサテン仕上げが示す通り、仕上げはまったく別ものだ。ブレスレットも厚みを増している。(左)裏蓋の刻印もCK2914に同じである。