F.P.ジュルヌ/トゥールビヨン・スヴラン

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.01.22

1999年に発表されたトゥールビヨン・スヴランは、F.P.ジュルヌ初の量産時計というだけでなく、腕時計トゥールビヨンの在り方を変えた傑作だった。このモデルの成功は、時計業界に高精度トゥールビヨンという新しいジャンルを切り拓くこととなる。

トゥールビヨン・スヴラン

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第47回/クロノス日本版 2018年9月号初出]


TOURBILLON SOUVERAIN
1st Generation Model
実質的デビュー作となった定力装置付きトゥールビヨン

トゥールビヨン・スヴラン

トゥールビヨン・スヴラン[第1世代]
1999年にリリースされた第1世代がRef.T。1秒ルモントワールにより、テンプは280度の振り角を維持し続ける。手巻き(Cal.1498)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KRG(直径38mm)。3気圧防水。参考商品。撮影協力:Ay&Ty Style(@aytystyle)。

 1985年に独立したフランソワ-ポール・ジュルヌは、91年に初の腕時計トゥールビヨンを完成させ、94年には3本を製作し、99年のバーゼル・フェアで、その製品版をリリースした。限定数はわずか20本。しかし、人気の高まりに伴い、ジュルヌはこのモデルの量産に踏み切った。同年にリリースされたのが、リファレンスTこと、第1世代のトゥールビヨン・スヴランだった。至高を意味するスヴランと銘打っただけあって、本作は、トゥールビヨンの在り方を大きく変えるものだった。

 91年の第1作同様、この腕時計トゥールビヨンは、トゥールビヨンのキャリッジそばに、板バネで制御される定力装置=ルモントワールを備えていた。この、振り角を安定させるメカニズムは以前にも存在したが、1秒ごとにトルクをリリースするルモントワールはジュルヌが初であり、腕時計への搭載もまた本作が初めてだった。ジュルヌは、本人が言うところの〝そもそも精度が出ないトゥールビヨン〟を改善するためにルモントワールを搭載し、果たして成功を収めたのである。

 事実上、ジュルヌにとってのデビュー作であったが、トゥールビヨン・スヴランは、驚くほど高い完成度を備えていた。薄いケースは装着感に優れ、デザインも他にないユニークなものだった。ジュルヌはこう語る。「多くの時計師はムーブメントから作るが、私は文字盤から作っている。他社はすでに存在するムーブメントに対して文字盤を当てはめるが、私は逆だ。最初に機械があると、時計の表示が変わってしまう。やりたい意図が変わってしまうのは好きではない」。

 独創的な機構とデザインを持ち、加えて装着感にも優れたトゥールビヨン・スヴラン。以降フランソワ-ポール・ジュルヌは、この路線を踏襲し、一躍現代を代表する独立時計師となるのである。

トゥールビヨン・スヴラン

(左)第1世代の特徴が、文字盤からのぞくルモントワール車。板状の部品が1秒ごとに動く。興味深いことに、定力装置の基本的なメカニズムは、ジュルヌが1984年に完成させたトゥールビヨン懐中時計にほぼ同じだ。文字盤はF.P.ジュルヌお得意のブラスト仕上げ。ただし後年のものと違って、色の個体差は大きい。(右)古典的な“Aシェイプ”を持つ、トゥールビヨンのキャリッジ。「デザインは試行錯誤した。ある時はブレゲ風、ある時はダニエルズ風。またある時はマリンクロノメーター風を採用した。少しずつデザインが固まって、自分自身のスタイルが完成したのは1994年のことだ」(ジュルヌ)。なお、1999年の第1作から、F.P.ジュルヌは緩急装置にフリースプラングテンプを使用する。

トゥールビヨン・スヴラン

ケース側面。腕時計として使えるよう、ジュルヌは可能な限りケースを薄く作った。

トゥールビヨン・スヴラン

(左)ケースバック。2004年以降の第2世代と異なり、地板は真鍮にロジウムメッキ仕上げである。長い線状の部品が、ルモントワールをコントロールする板バネ。(右)短く切れたラグ。F.P.ジュルヌの時計が愛好家に歓迎された一因は、薄いケースと短いラグがもたらす、軽快な装着感にあった。最近のモデルほどケースの面は出ていないが、同時代の高級時計並みに出来は良い。