巻き上げ機構 「自動巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.08
フォルティス
ジョン・ハーウッドが1924年に特許を取得した自動巻きは、シーソーのように往復するローターが特徴。右はそのオリジナル設計図(1922年)。左はスイスのフォルティスが1926年に商品化した世界初の自動巻き腕時計のプロトタイプ。腕時計を湿気や埃から守るため、自動巻きに加え、リュウズはなく、針合わせをベゼルで行うのも独特。

 いくら便利だとは言え、複雑で製作が難しい自動巻き懐中時計は、その後発展を見ずに終わった。19世紀半ば以降の懐中時計で主流になったのは、リュウズを使った非常にシンプルで使い勝手の良い手巻きだったのである。

 実用的な腕時計が登場する20世紀初頭でも、巻き上げの主流は「リュウズ手巻き」であった。第一次大戦後の1920年代に腕時計が本格的に普及し始めると、再び自動巻きにスポットが当てられた。腕に装着した時計は、腕の動きでさまざまな姿勢を取りうるから、自動巻きのローターも生きてくる。動きに応じて錘の慣性が自由に変化するので、効率的な巻き上げが可能だと考えたのだ。

 世界初の自動巻き腕時計がどのブランドのいかなるモデルなのかを特定するのは難しいが、少なくとも1920年代に草創期の自動巻きモデルが生産されていることだけは確かである。なかでもよく知られているのは、イギリスの時計師ジョン・ハーウッド(1893-1964)が1922年に考案し、その自動巻き機構を使って1926年にスイスのフォルティスが商品化した腕時計「ハーウッド」である。ハーウッドの方式は、センター・ローターを使いつつも、360度回転するわけではなく、振り子のように往復運動するローターが一方の終点に達したときに巻き上げる仕組みなので、効率にはおのずと限界があった。

 そして自動巻きに重要な革新がもたらされたのは1931年。その立役者はロレックスだ。ロレックスは、360度の全回転を可能にした「パーペチュアルローター」が備わる世界初の自動巻き機構を開発し、これを搭載した「パーペチュアルムーブメント」を同年に発表した。現在のあらゆる自動巻き腕時計のまさに原点がここにある。新開発の自動巻きを奇しくも18世紀のブレゲと同様に「パーペチュアル」と命名したのは偶然なのか、意図してのことなのかは定かではないが、ここでも自動巻きを永久運動にたとえるアナロジーが見てとれるようでなかなか興味深い。

フェルサ
1947年に同社のムーブメント設計者フリードリッヒ・メイヤーによって特許登録された、切り替え車方式の両方向巻き上げ自動巻きCal.690。「バイディネイター」の名で量産された690系や700系は、スイスの著名時計ブランドに使われ、1969年にETAに買収された後も、その設計がETA2824に受け継がれたという伝説が残る。

 前回紹介したように、腕時計の自動巻きに画期的な進歩をもたらした決定打は、ロレックスの「パーペチュアルローター」(1931年)である。センターローターが全回転するロレックス特許のパーペチュアル機構は、現在広く一般的に用いられているスタンダードという観点からすれば、自動巻き機構の“元祖”と呼んでもいいだろう。自動巻きを試行錯誤から実用レベルにまで高め、量産化への道を開いたのは、やはりロレックスの功績といえる。

 ローターによる自動巻きには、一方向巻き上げと両方向巻き上げの2種類がある。ロレックスのパーペチュアルローターは、一方向に回った時にのみゼンマイを巻き上げる仕組みだった(ユニ・ディレクショナル・ワインディング)。その理由は容易に察しがつくだろう。なぜなら、ゼンマイのような渦状の巻物は、常に一定方向の回転力(例えば時計回り)でしか巻き締められないからだ。しかし、全回転ローターの回転方向を問わず、その回転力をすべて無駄なく巻き上げに利用できたら、さぞかし効率も向上するのではないかと考える者がいても不思議ではない。

 そうした考えに基づく、改良の試みとして有名のなのが、スイスのムーブメント製造会社フェルサ(エボーシュSA傘下)の両方向巻き上げである。同社のエンジニアは、全回転ローターが右に回ろうと左に回ろうと、回転力を一方向に整列して巻き上げる自動巻き機構を1942年に開発し、1947年に特許を取得した。バイ・ディレクショナル、ダイナミック、ローターを掛け合わせた造語と思われる「バイディネイター(Bidynator)」という洒落たネーミングも印象的だ。