【83点】IWC/インヂュニア・クロノグラフ“ルドルフ・カラツィオラ”

FEATUREスペックテスト
2020.01.29
キャリバー80111

 ピュリスム的なデザインと8万A/mの耐磁性を備えた3針時計、インヂュニアが市場に登場したのは1955年のことである。インヂュニアの耐磁性は、電化製品が急激に普及した当時、時間を厳守しなければならない技術者や研究者にとって有益な機能であった。1976年、インヂュニアはデザインを一新して生まれ変わる。デザインを手掛けたのは、オーデマ ピゲのロイヤル オークやパテック フィリップのノーチラスで知られる天才時計デザイナー、ジェラルド・ジェンタである。「インヂュニアSL」と名付けられたそのモデルは、ベゼルに特徴的な5つの穴を備え、ブレスレットとケースが一体型となっていた。磁束の影響から内部機構を守るのは軟鉄製インナーケースである。2005年に発表された新世代のインヂュニア・シリーズでは、耐磁設計になっていないモデルもあったが、ジェラルド・ジェンタによる特徴的なデザインは受け継がれた。IWCはこれまで、セカンドタイムゾーンやクロノグラフ、永久カレンダー、そして、トゥールビヨンなど、さまざまな機能を搭載したインヂュニアのモデルを数多く作ってきた。

 2008年、ヴィンテージコレクションとして、IWCの歴史を彩る伝説の時計がいくつか復活する。ドーフィン針とアプライドバーインデックスを備えた第1世代インヂュニアへのオマージュとして発表された3針時計もそのひとつである。このモデルはシースルーバックを備えており、ここから自社開発キャリバー80111を鑑賞することができた。そのために耐磁性が犠牲にされたのは言うまでもない。だが、コレクションの中核を成すのはやはり、ベゼルに5つの穴を持つビッグサイズのモデルだった。

新しいインヂュニア

 今回のインヂュニア・シリーズでは、ポリッシュ仕上げのなめらかなベゼルを備えたモデルが再び登場する。インヂュニアSLと同じく、素材はステンレススティール、チタニウム、18Kレッドゴールドで展開され、いずれも限定生産である。クロノグラフ搭載モデルが追加されたことは、インヂュニア・シリーズにふさわしいと言えるだろう。手本となる1950年代のモデルがないことから、デザインにおいてはやや難しい課題があった。新しいインヂュニアは、タキメーター目盛りを配し、傾斜を持たせたチャプターリング、幅の広いベゼル、そして、サンバースト仕上げのグレー文字盤により、タイムレスかつエレガントな印象を与える。一方で、2桁と3桁の数字を分割するように引かれた目盛りの線や、1の位の数字の先頭に置かれたゼロなどは、インヂュニアならではのテクニカルな印象を強めるのに貢献している。1桁の日付にも頭にゼロが付いており、スポーティーな性格は、アワーカウンターとミニッツカウンターの目盛りの終盤と、クロノグラフ秒針の先端、また、スモールセコンドの針の赤い色によってより一層強調されている。

 レトロな外観を演出するのは、オフホワイトの蓄光塗料と、自動車のシートを想起させるステッチ入りのレザーストラップである。自動車を思わせるデザインは1901年生まれのレーシングドライバー、ルドルフ・​カラツィオラに由来したモデル・ネームにふさわしい。カラツィオラは、運転免許をまだ取得していない15歳の時すでに、両親が所有するメルセデスの「ナイト」を運転することが許されていた。1926年、メルセデス・チームのレーサーとして数多くのグランプリやスポーツカーレースで優勝し、トップドライバーの一員となる。

“74th グッドウッド・メンバーズ・ミーティング”(18Kレッドゴールド製、74本限定生産、199万円)。


1955年のモデルから借用したデザイン

 テストウォッチをさらに観察すると、バーインデックスの外側に蓄光塗料を塗布したポイントが配されていることや、12時位置にポイントがふたつあるなど、第1世代インヂュニアのデザインが借用されていることに気づく。先端の尖ったバーインデックスも、最初の頃のインヂュニアに時折見られた特徴である。上から装着したベゼルや、ポリッシュ仕上げの表面とサテン仕上げの側面を持つケースも、リファレンスナンバー666の初代モデルを想起させる。

 今回テストした〝ルドルフ・​カラツィオラ〟は、ステンレススティールのモデルである。全体的に美しい時計だが、デザインにおいては100ーセント、レトロなトレンドが意識されているわけではない。レトロウォッチにしてはケースが厚く、ベゼルの傾斜もきつい。42㎜のケース径も今の時代にかなったものだ。

インヂュニア・​クロノグラフ“W125”(チタニウム製、750本限定生産、78万5000円)。

エンジン

 〝ルドルフ・​カラツィオラ〟のふたつ目の特徴は、新たに設計されたクロノグラフムーブメント、キャリバー69370である。このクロノグラフムーブメントは今回初めて搭載される。IWCはなぜ、2個目となる自動巻きクロノグラフムーブメントを開発したのだろうか。その答えは驚くべきものである。自社開発ムーブメントを搭載したクロノグラフをより安価に提供するためである。これまで、IWCがキャリバー79000シリーズと呼ぶETA7750ベースのムーブメントを搭載するクロノグラフが約5500ユーロであるのに対し、自社開発クロノグラフキャリバー89000シリーズを搭載したモデルは最低でも1万400ユーロと、ほぼ倍の価格であった。今回のテストウォッチは7850ユーロと、これらのちょうど中間に位置する価格設定で、ブライトリング、オメガ、ゼニスなどの自社開発クロノグラフ搭載モデルの価格帯とほぼ一致する。新型ムーブメントは旧型よりも厚く、ETA7750と同サイズに設計されている。これで、IWCは将来、大きな問題に直面することなく、ETA7750を新型キャリバーに変更できるというわけだ。

 では、新旧のムーブメントで異なる点は何か。まずは、旧型のパワーリザーブが約68時間なのに対し、新型では約46時間になった点である。また、計測時間を時刻のように直感的に把握できるよう、同軸上に組み合わせられたアワーカウンターとミニッツカウンターや、フライバック機能は廃止された。微調整は、テンワに取り付けられた重さ補正ネジではなく、緩急針によって行われる。共通点としては、両者ともコラムホイール式であること、スイングピニオン方式のクラッチを有し、IWC特有の爪レバー式自動巻き機構が搭載されている点である。

 装飾においても目立った違いはないが、キャリバー89000シリーズの方が内部機構の多くを見ることができ、歯車には模様彫りが施され、刻印された文字や数字はゴールドカラーである一方で、新型キャリバー69000シリーズの場合、旧型同様にスケルトナイズされたローター、同心円状の模様彫りのブリッジ、ポリッシュ仕上げのネジ頭などを見ることができるものの、装飾されていない部分も多く見られる。

 IWCの時計でしばしば批判の対象となるコストパフォーマンスについてはどうだろう。この点、今回テストしたインヂュニア・​クロノグラフ〝ルドルフ・​カラツィオラ〟は、自社開発の新型ムーブメントを搭載しているにもかかわらず、これまでよりもずっと好印象である。750本限定生産ということもあり、価値ある1本となることは間違いない。