美を求めて進化するケース革命(後編)

FEATURE本誌記事
2019.08.29

近年、外装パーツの品質向上が著しい。ハイエンドからミドルレンジ、エントリーモデルに到るまで、各社の外装クォリティは確実に底上げされている。自社の時計を差別化し、さらなる付加価値を与える手段としてムーブメントだけでなく、ひと目見て分かりやすい外装が着目されはじめているのだ。その中にあって、ひときわ個性を放つ外装に注目すると、"美しさ"というキーワードが浮かび上がってくる。いかにして、ケースをはじめとする外装パーツに"美"を創造する確信がもたらされたのか? 各社各様の手法と製造現場にその秘密を探る。

奥山栄一 Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

RALPH LAUREN×ガンメタル

ラルフ ローレンを解くキーワードのひとつが「ヴィンテージ感」である。使い込んだニュアンスを新品で実現するその手腕は、クロージングの世界ではつとに知られている。その発想を時計に応用したのが、新作のサファリ RL67。採用したのはPVDでも流行のDLCでもなく、古典的なガンメタル処理という手法である。使い古したようなニュアンスと高い耐久性をラルフ ローレンはいかにして実現したのだろうか。

サファリ RL67 クロノグラフ

サファリ RL67 クロノグラフ
素晴らしい完成度を備えた新作。ガンメタル処理を施したケースにアンティーク加工のストラップを持つ。マット仕上げの文字盤とインデックスの色乗りも申し分ない。“wonderful buy”。自動巻き(Cal.RL 750)。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径38.7mm)。5気圧防水。69万900円。

ガンメタル処理がもたらしたかつてないヴィンテージ感

 2012年の新作で、最も感銘を受けたモデルのひとつがラルフ ローレンの「スポーティングコレクション サファリ RL67 クロノグラフ」であった。ガンメタル処理のステンレススティールケースにアンティーク加工を施したストラップの組み合わせは、かつてなかったのが不思議なぐらい魅力的な風合いを湛えている。

 ステンレススティールケースにあえてガンメタル処理を施す。ラルフ・ローレン氏は、その着想を自身のコレクションから得たという。時計のコレクターである彼は、ミリタリーウォッチも多く所有している。その中にはケースにPVD加工が施された1980年代の時計も含まれる。今はさておき、当時のPVD加工は質が良くない。そのため、現存する個体の多くはPVDが剥がれている。多くのコレクターは決してそれを好まないが、ローレン氏はその使い込んだ風合いを気に入ったらしい。

 気に入ったものはプロダクト化するのが、ラルフ・ローレン氏である。「使い込んだブラックケースの風合いを今に再現したい」。彼の依頼を受けたラルフ ローレンの関係者は、さまざまな手法を模索した。まずはPVD加工。その質は改善されたが、今もってはげやすい。ローレン氏とは異なり、大多数の消費者ははげたPVDを決して喜ばないだろう。ではどうやって、使い込んだ風合いとユーザーを満足させるだけの耐久性を両立させればいいのか。ラルフ ローレンがたどり着いたのは、チタンやカーボンの皮膜を被せるPVD加工ではなく、ケースの素材自体を染色するガンメタル処理という手法であった。

 ガンメタル処理とは、金属の表面に処理剤を塗り、化学反応を起こして金属の性質を変えるものである。その狙いは大きくふたつある。ひとつは表面を酸化させて耐食性を上げること、もうひとつは表面に被膜を設けて、素材の硬度を上げることである。鋼に耐久性を持たせる手法としては、最もポピュラーなもののひとつがガンメタル処理である。とりわけ銃の世界では当たり前の手法と言っても過言ではない。しかし、この手法はステンレススティールには意味がない。クロムを含有するステンレススティールは、その表面を常に酸化皮膜が覆っているためだ。だが、ラルフ ローレンは、あえてガンメタル処理を採用した。処理を行うのは、スイスにあるカスタムガンの専業メーカーだという。

 ガンメタル処理で最も重要なのは、染液を素材に定着させることである。普通のスティールはさておき、素材の表面を酸化皮膜が覆っているステンレススティールの場合、ガンメタル処理は極めて難しくなる。あらかじめブラスト加工を行い、そしておそらくは表面を窒化処理する理由は、すべてステンレススティールに生じる酸化皮膜を除くための下準備と考えていいだろう。ただし、それだけでケースは完成しない。アンティーク風の表情をつけるため、最後にブラシとダイヤモンドペーストで表面を磨き、ニュアンスを与えていく。

 すでに使い込まれたような風合いを持つサファリ RL67。しかし、ガンメタルの強固な被膜のおかげで、使い込んでも、それ以上決して劣化しない。表面を硬くするためではなく、独特の風合いを与え、かつ耐久性を持たせるためのガンメタル処理。そのニュアンスと優れた使い勝手は、ラルフ ローレンのファンでなくとも、一見の価値がある。

ガンメタル処理のステンレススティールケースにアンティーク加工を施す

以下は、ラルフ ローレンが公開したガンメタル処理のプロセス。ただし、詳細は社外秘である。施工するのは本物のガンメーカー。

準備。ステンレススティール製のケースとその部品を採寸する。

サンドブラスト加工。酸化皮膜を落とし、かつ表面をマット仕上げにするため、サンドブラストとマイクロブラスト加工を交互に施す。

ガンメタル仕上げ。ケースと部品を加熱した染液に漬ける。

熱処理。染色したケースと部品をさらに加熱し、ステンレススティールの表面を黒色に変化させていく。

使い込んだ風合いを出すのが、ポリッシュおよびサテン仕上げ。特殊なブラシとダイヤモンドペーストでケースの表面にヴィンテージ風のニュアンスを与えていく。

最後にケースを組み立てて完成。

Contact info: ラルフ ローレン 表参道 Tel.03-6438-5800