奥深きダイヤモンドウォッチの世界(後編)

FEATURE本誌記事
2019.10.03

“BAGUETTE DIAMONDS”

インデックスやベゼルにしばしば採用され、時計業界におけるダイヤモンドの“王者”ともいえる“バゲットカットダイヤモンド”。ファセットをガードルと平行にして削った日本語で“棒”を意味するダイヤモンドは、ラウンドブリリアントカットダイヤモンドとは異なり、ひと粒当たりのカラット数も大きく、宝石内のファイアは控えめではあるが、白く澄んだ美しさを特徴とする、非常に重厚な輝きが魅力的な宝石である。

Ref.5961

パテック フィリップ「年次カレンダー搭載クロノグラフ Ref.5961」
近年のパテック フィリップを象徴する年次カレンダー搭載クロノグラフ。ベゼルの36個のバゲットカットダイヤモンドに加えてインデックスにも8個、バックルにも22個のダイヤモンドが配されている。3つの表示窓が見せるコンテンポラリーな表情とバゲットカットダイヤモンドが織り成す重厚な輝きが見事に合致したモデル。自動巻き(CH 28-520 IRMQA 24H)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRG(直径40.5mm)。3気圧防水。ダイヤモンド(合計4.45ct)。1458万円。

 ステップカットの派生形であるバゲットカットダイヤモンドは、ラウンドブリリアントよりは落ち着いた輝きを特徴とする、比較的男性用腕時計に適した宝石ではないだろうか。バゲットカットダイヤモンドのセッティングはテーブルとパビリオンを規則的かつライン状に完璧に配置する石定めが肝であり、職人の技術と感性が問われるものだ。

 バゲットカットダイヤモンドのセッティングは、基本的に2本の金属の壁の間にダイヤモンドを留めていくレールセッティング(別名チャネルセッティング)や挟んだ地金を上から金づちで叩くハンマーセッティング、時にダイヤモンドの下に隠した金属でダイヤモンドを留めるインビジブルセッティングが用いられる。石と石の間に地金を用いないバゲットダイヤモンドでは石を留める脇のフランジとなる地金部分のテーブル面側をあらかじめ低くするように面取りをしておき、それを徐々に倒して石を留めていく。ラウンドダイヤモンドのセッティングよりは手間も時間もかかる緻密な作業だ。ダイヤモンドを囲むことでしっかりと保護するという強度の高さも、まさに時計に適している一面であろう。また、石を留める地金の脇部分にポリッシングをかけることでバゲットカットダイヤモンドはより強い輝きを放つようになる。

 かつ、パテック フィリップにおいてはダイヤモンドの統一感を重視するため、すべてクラリティIFレベルのクラスのみを配している。こうした高品質への配慮は最終的に完成度の高いタイムピースを仕上げるためであることはもちろん、結果的に、確実な修理を可能にするためという。その製作過程にも実にハイエンドな意気込みを感じさせる1本だ。


“SNOW SETTING”

宝飾の美を左右する決定打というものは、実にミリ単位の差に及ぶ。それを時計というクリエイションで感じさせてくれるのが、極小のダイヤモンドをセッティングする職人技ではないだろうか。緻密な技を要するマイクロパヴェセッティングの派生形“スノーセッティング”が、時計のケースや文字盤という大きなキャンバスの上に、何とも軽やかに瞬く。

トラディショナル・スモールモデル

ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・スモールモデル」
クラシカルライン「トラディショナル」のスノーセッティングモデル。ケースの側面とベゼルには196個のダイヤモンドがグレインセッティングで、文字盤には394個のダイヤモンドがスノーセッティングで施されている。ダークブルーで彩られたアリゲーターストラップが雪景色のようなダイヤモンドの美しさを際立たせる。手巻き(Cal.1400)。20 石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KWG(直径33mm)。3気圧防水。ダイヤモンド(合計3.40ct)。510万円。

 時計ならではのセッティングとは何か、と問われた時に、思い浮かぶもののひとつが〝スノーセッティング〞だ。これは極小の石を留めるマイクロパヴェセッティングをジュエリーとは異なる時計の文字盤やケースという広範囲のスペースに、まるで雪景色のように施したものである。ジュエリーにおけるマイクロパヴェセッティングの技術は数十年前に登場し、ここ10年来、特に活気を帯びてきたが、その起因となったのが先の項でも述べた、光の反射の強い小さなダイヤモンドをも手掛けられるようになったカッティング技術の向上とCADの進化である。「石畳」を意味するパヴェセッティングとの違いは、パヴェセッティングがほぼ同サイズのダイヤモンドを隙間なく小さな爪で留めていく画一的なセッティングであるのに対し、スノーセッティングは大小異なるダイヤモンドで文字盤を覆い尽くしていく。かつ使用される石は小さなものでは数百分の1単位のカラット数、1㎜以下の極小サイズとなるため、実に手間のかかる職人技が要求されるのだ。

HW ミッドナイト・ダイヤモンド ドロップ 39mm

ハリー・ウィンストン「HW ミッドナイト・ダイヤモンド ドロップ 39mm」
雪が降り積もるニューヨークの夜をミッドナイトブルーの文字盤上に描いたタイムピース。ムーンフェイズ表示と組み合わせることで、精緻なスノーセッティングが、月明かりに照らされながらはらはらと舞う雪にも見える。小さなラウンドブリリアントカットダイヤモンドはちらちらと瞬くような光の効果を生む。雪景色の幻想的な世界にふさわしいダイヤモンド遣いだ。クォーツ(Cal.HW5201)。18KWG(直径39mm)。3気圧防水。ダイヤモンド(合計約1.51ct)。350万円。

 極小の爪で、時には共有爪を用いてふたつ以上の石を留めていくスノーセッティングは、ダイヤモンドが小さいこともあり非常に平滑な仕上がりを可能にする。広範囲な文字盤のセッティングでは、配置を完璧に計算する職人の技量にこそ作品の完成度が委ねられる。これこそが非常に細かな作業に加えて、スノーセッティングに熟練の職人技が必要とされる理由でもあり、モデルによっては1500時間ほどの手間がかけられることとなる。まるで絵画のように美しいその陰には、ダイヤモンドのカッティングの歴史と熟練の職人技が息づく。