心斎橋の老舗「やぶ内時計舗」の藪内正己氏に聞く/時計の賢人、その原点と「上がり時計」

FEATURE時計の賢人その原点と上がり時計
2019.12.27
安堂ミキオ:イラスト

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。今回話を聞いたのは、大阪・心斎橋の老舗「やぶ内時計舗」の5代目店主、藪内正己氏だ。藪内氏が挙げた原点時計はセイコーのクォーツウォッチ、「上がり時計」はクレドール「GBAQ976」である。その言葉を聞いてみよう。

今回取材した時計の賢人

藪内正己

藪内 正己 氏
株式会社心進舎 代表取締役社長

大阪市出身。やぶ内時計舗の5代目店主。大学進学に伴い大阪を離れ、東京のIT企業に勤めたのち帰阪。2000年にやぶ内時計舗を展開する株式会社心進舎へ入社、2010年より現職。なお、やぶ内時計舗の創業は明治5年にさかのぼる。奈良で絹の製糸業を行っていた初代が、大阪に来ていた外国の貿易船で絹糸と舶来時計を交換し、時計販売業に転身したことがその始まり。
●やぶ内時計舗 公式ウェブサイト https://www.yabuuchi.co.jp/


原点時計はセイコーのクォーツウォッチ

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 先代の頃まで、やぶ内時計舗は現在地から少し離れた心斎橋筋沿いにありました。当時は時計店と住居が同じ建物にあって、そこに祖父母と両親と私たち子供の3世代で暮らしていました。店も住まいも玄関は同じでしたし、時計販売が家族全員の生活の一部でしたね。私も子供の頃から、お客さんに「いらっしゃいませ」と声をかけることが当たり前の習慣でした。売り場には、当時子供の間で人気があったアルバ製のゲーム機能付きミッキーマウスデジタル腕時計も並んでいて、来客のない時にこっそりと遊んでは大人に叱られていた記憶もあります(笑)。
 そんな小学生の頃、祖父に突然「時計買うたる、店から好きなの選び」と言われました。それで選んだのがこのセイコークォーツです。シンプルなデザインで、ゲームウォッチとはだいぶテイストが異なりますよね。大人びた雰囲気に憧れて、少し背伸びして選んだ記憶があります。

セイコークォーツ

藪内正己氏が今も大切に保管している原点時計は、祖父に買ってもらったセイコークォーツ。梨地文字盤に中3針表示の仕様。


「上がり」時計は、クレドール「GBAQ976」

Q.いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 祖父が私に突然なぜ時計を買ってくれたのか、結局、最期まで理由を聞くことはありませんでした。ですが、今もセイコークォーツを見るたびに祖父のことを思い出します。そして今になって、もしかしたら祖父が購入した最後の時計がこれだったかもしれないと気付きました。私も祖父と同じようにしたいですね。子供や孫が大人になっても使えるような時計を私の「上がり時計」として選び、彼らに贈りたいと思います。また、もし私もお揃いで持てたら幸せなことだと思います。お揃いという観点で現行品から選ぶならば、薄くて使いやすく品のあるクレドール「GBAQ976」がいいですね。

クレドール

藪内正己氏が、次代に贈る「上がり時計」として選んだのはクレドール「GBAQ976」。手巻き(Cal.6870)。22石。パワーリザーブ約37時間。18Kイエローゴールドケース(直径34.1mm、厚さ5.6mm)。シースルーバック仕様。


あとがき

藪内氏から聞く「やぶ内時計舗」の歴史は、文明開化の波の中で、関西の時計産業がどう発展してきたのかを垣間見るような興味深い話だった。先述した通り、初代は他業界から転身しており、その際には大阪でいち早く時計産業を興した他店の仲間に支えられたのだという。当時から数えて5代目となる藪内氏が今でも「彼らのおかげで……」と述べた姿が印象深く、人と人とのつながりの上で歴史が紡がれてきたことをしみじみと感じる取材となった。

高井智世