オリエント70年の物語 〝今〟を創る人々(中編)

FEATURE本誌記事
2020.02.17
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)


CEO INTERVIEW

2020年、1950年の誕生から70周年を迎えたオリエント。同ブランドの展望を、かつて子会社だったオリエント時計を2017年に統合したセイコーエプソン(以下エプソン)の代表取締役社長、碓井稔氏に聞いた。

碓井稔

セイコーエプソン代表取締役社長 碓井 稔
1955年、長野県生まれ。東京大学工学部卒業後、大手自動車関連メーカー勤務を経て信州精器(現セイコーエプソン)に入社。技術者として電卓用プリンターの改良などを手掛けた後、「マイクロピエゾ」方式のインクジェットプリンターなどを開発。研究開発本部長、常務取締役などを経て、2008年より現職。

そもそも同社は、なぜオリエント時計を統合したのか?

「もともとエプソンは、オリエント時計にクォーツムーブメントを供給していたのです。当時、オリエント時計の秋田工場(現・秋田エプソン)にはプリンターヘッドを製造してもらっていました。オリエント時計の物作りを高く評価していましたからね。傘下に収める以前から、両社の関係はあったのです」

 オリエント時計の国内販売を支えていたDCブランドビジネスが次々と終わり、海外では新興市場の不況や他社との競合が激化するようになるとオリエント時計の経営は傾いていった。09年、オリエント時計はエプソンの100%子会社となり、17年には完全に統合された。
「オリエント時計がなくなると、時計作りの技術が失われる。それは惜しいと思いました。では、私たちがサポートしようと考えたのです」。碓井氏はオリエント時計の持つ強みを明確に見ていた。
「オリエント時計は経営が大変な中でも底抜けに明るかったんです。会社としてのハングリー精神と自立精神があった。それとオリエントはグローバルブランドなんです。ロシアやブラジルといった新興市場で非常に強い。また、一貫して機械式時計を作り続けてきたことも強みだと思いました」

 エプソン傘下に収まったオリエントは以降、むしろそれまで持っていた個性をさらに強めた。既存の46系キャリバーを大幅に刷新して性能を改善し、その上で機械式時計であることと、ユニークなデザインを前面に打ち出すようになった。加えてエプソンは、マニュファクチュール(自社一貫生産)を強化するため、旧オリエント時計秋田工場であった秋田エプソンに20億円もの投資を行ったのである。
「製造ラインを集約し、その自動化を進めることで、製造力をアップさせていきます。物作りの能力を高め、お客様により良い商品をお届けし、長期にわたってファンになってもらえるブランドを一層目指します」

 エプソンでは一貫してプリンター畑を歩んできた碓井氏。しかし、彼はエプソンの源流がウォッチビジネスであることを忘れてはいない。
「エプソンは、時計の技術を転用してプリンターの製造を始めました。では、プリンターの技術を使えば、時計も〝再発明〞できるでしょう。そして私たちは時計の在り方を変えるだけのベースを持っています」

つまり、どういうことか?

「時計の技術も素晴らしいですが、プリンターの技術は今やより精密になりました。MEMSがその好例ですね。そういった技術をオリエントの機械式時計に投じることができれば、今までにないプロダクトができると思いませんか?」