碑文谷 坂本 (目黒区)/この世ならぬ美味のクリエイター

LIFEIN THE LIFE
2020.04.17

「一座建立」の心でもてなす

昨秋、住宅街にひっそりと誕生した「碑文谷 坂本」。茶室を彷彿させる空間で、1日昼夜各1組をもてなし、食することの神髄を思い起こさせてくれる。

外川ゆい:取材・文 Text by Yui Togawa
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura

鯛御飯

鯛御飯
宮城県産のつや姫など季節や食材に応じて選ぶ米を、鯛の骨や頭を焼いてとった出汁で上品に炊き上げている。ふっくらと焼いた鯛の身は、蒸らすタイミングで並べている。添えた爽やかな木の芽が、春の訪れを告げるよう。保温性に優れた信楽雲井窯9代目当主の中川一辺陶氏が手掛ける飴釉の土鍋を愛用。赤出汁や季節の香の物と共にいただく。


 碑文谷の静かな住宅街に佇む、少し低めの扉の一軒。屈んで店内に入ると、畳が張られたカウンター席が連なっている。「内装は、お茶室をイメージしました。本来なら、畳に座り、畳に御膳を置くのですが、現代の日常でも受け入れられやすいスタイルに置き換えております」。そう語るのは、店主の坂本直也氏。にじり口を連想させる入り口も、靴を履いたままくぐる程度。しかし、そのわずかな動きでも、どこか非日常の世界へと誘われるような感覚となる。

「一座建立」とは、招いた者(亭主)と招かれた客の心が通い合い、主客に一体感を生ずることで、充実した茶会になることをいう。その想いは、「碑文谷 坂本」の1日昼夜それぞれ1組のみを丁寧にもてなすというスタイルに宿っている。ゲストの食べ進める速度に配慮し、呼吸を合わせるかのように、調理も接客も坂本氏がすべてひとりで行う。

 食事は、炊き立ての一文字飯が載る御膳からはじまり、その季節ならではの御椀や八寸が続く。走りや名残ではなく、今まさに旬を迎えている食材を厳選している。「山菜は、すでに市場には出ていますが、故郷の長野の山で採れるものを使用するので5月になります」。柔らかな物腰ながら、毅然と語る姿には、しっかりと食材と向き合う真摯さが受け取れ、一期一会の心得にも通ずる。

 土鍋御飯の蓋の中にも、しっかりと季節を投影し、秋は茸、冬は河豚と進み、鯛や筍、新ゴボウが春の訪れを伝えてくれる。おこげを作らず、炊き上げられた艶やかな御飯に箸が止まらず、自然とお代わりしてしまう。そこから続く本わらび粉と和三盆で練り上げたわらび餅も楚々たる一皿。カウンター奥の釡が置かれた一角で抹茶を点てると、心を込め、ゲストの元に運ぶ。

坂本直也(Naoya Sakamoto)
1985年、長野県飯綱町生まれ。自身の料理で人が喜ぶ姿に嬉しさを感じ、料理人の道を志す。大学卒業後、都内の日本料理店やホテルなど数軒で修業。明治記念館内の懐石料亭「花がすみ」では、6年にわたり研鑽を積んだ。2019年11月、「碑文谷 坂本」を独立開業。

「料理の最後にお出しするお抹茶は、本物を提供したい」という想いから通い始めた茶道は、今年で11年目。現在も週に一度、4時間ほどの稽古に通っている。「作法はもちろんですが、言葉遣いやおもてなしの心を学んでおります」と穏やかに微笑む。そのような坂本氏の心延えが、店をつくり上げている。

目黒駅から車でおよそ10分の住宅街にひっそりと佇む。昼夜それぞれ1組で最大6名まで。乳児や小さな子供の入店も可能なので、落ち着いた店での外食が難しい家族にとっても嬉しい一軒。


碑文谷 坂本
東京都目黒区碑文谷1-4-20 KANNA 碑文谷 1F
☎ 03-6412-8074 不定休
12:00~最終入店13:00、17:00~最終入店20:00
昼5500円、8800円/
夜8800円、1万5800円(税込み、サービス料なし)