時計史に輝く1969年の自動巻きクロノグラフ開発競争(後編)

FEATUREWatchTime
2020.07.22

時計史に輝く1969年の自動巻きクロノグラフ開発競争、そのストーリーに迫る。ホイヤー・レオニダス、ブライトリング、ハミルトン-ビューレン、デュボア・デプラは自動巻きクロノグラフ開発のために企業連合「プロジェクト99」を組んだ。しかし彼らに先駆けて世界で最初にそのプロトタイプを発表したのはゼニスだった。日本からはセイコーの存在感も高まっていた。前編に続き、後編をお届けする。

●「時計史に輝く1969年の自動巻きクロノグラフ開発競争(前編)」から見る
https://www.webchronos.net/features/49999/

Originally published on watchtime.com

マイクロローターを備えたクロノマティック

 ゼニスが作り上げた一体型自動巻きクロノグラフの構造とは対照的に、企業連合「プロジェクト99」はムーブメントにモジュールを採用した。キャリバー11「クロノマティック」は、ビューレン製のマイクロローター自動巻きに、スイングピニオンの水平クラッチを採用したデュボア・デプラ製のモジュールを重ね合わせたのだ。ムーブメント全面を積算輪列に割けるため、通常文字盤側にある12時間積算計機構は、ムーブメント側に置かれている。この構造がもたらしたものは、リュウズ位置のケース9時側への移動だ。これはスローガンである「巻き上げ不要のクロノグラフ」を強調した。また組み立てやパーツ交換が容易となる利点のサンドイッチ構造を採用。この計画はホイヤーと同様にブライトリングでも最高機密として取り扱われた。このキャリバー11の開発にかかわるすべては、秘密裏の会合で暗号を用いて行われたと言われてる。マルセル・ロベールやウィリー・ブライトリングといった一握りの信頼のおける人物のみが、秘密裏に進んでいた機密事項に通じていたのである。

モナコ

キャリバー11を搭載するホイヤー「モナコ」は、スクエアケースに初めて防水性を持たせたものでもあった。


垂直クラッチとマジックレバーのキャリバー6139

 セイコーの作るものはどうだっただろうか。キャリバー6139、この完成度は発表から3年後にNASA宇宙飛行士ウィリアム・ポーグが宇宙でイエロー文字盤モデルを着用したことで世界的に示されることにもなる。このムーブメントは一体型自動巻きクロノグラフ構造で、ボールベアリングを使ったセンターローター、現在でも採用されているマジックレバーと、当時はまだ画期的だった垂直クラッチなどを備えた。デイト表示とデイ表示にはクイックチェンジ機能も有していた。


高まる緊張

 1969年1月10日に話しを戻そう。「並外れた開発が、競合が激しくなってきている世界の主要市場において、スイス時計産業を輝かせる」と書かれたゼニスのプレスリリースが発表されたその日である。ジャック・ホイヤーは朝食会を開き、関係者を集めて今後の計画を話した。そして予定通り、1969年3月3日にジュネーブとニューヨークで同時にプレスカンファレンスを行うことで合意した。そしてジャック・ホイヤー、ウィリー・ブライトリング、ハミルトン-ビューレンのハンス・コッヒャー同席のもと、「クロノマティック」は世界のプレスに向けて華々しく公開されたのである。

 当時のプレスの高評価から察するに、キャリバー11の発表が、先んじて発表を行ったエル・プリメロの2カ月後であったということは、意に介されなかったようだ。スイス時計協会の代表ジェラルド・F・バウアーがジュネーブの現地時間午後5時に、イベントの開始を宣言。技術の粋が詰まった傑作をバウアーは称賛し、「このパフォーマンスの高い時計をスイス時計業界の為に発表にこぎつけた」チーム精神に言及した。ホイヤーはゼニスのエル・プリメロについての質問に対する回答を用意したが、驚くことにジャーナリストからはその質問はまったく出なかったのである。同時にマンハッタンで行われたプレスカンファレンスは現地時間午前11時に始まった。そこにはスイス時計産業のアメリカ事務所の代表やニューヨークのスイス領事の顔も見られた。スイスの時計宝飾新聞の海外版は一面と16ページの抜き刷りをもって掲載。雑誌の見出しには、「スイスの3社が水面下で開発を進め、それまでになかった時計、自動巻きクロノグラフウォッチを発表」とあった。ウィリー・ブライトリングは、自社そして業界全体にとって革新が重要であると強調し、「我々は今、非常に重要な出来事の証人となっています。それは喜びの源でもあります」と語っている。

キャリバー11

企業連合の各社は、自身のベストセラーモデルにクロノマティックを搭載した。写真はホイヤーのキャリバー11。


実装したキャリバー11

「プロジェクト99」の各メンバーは、クロノマティックを搭載するのに、自社のベストセラーモデルを選んだ。ブライトリングは「ナビタイマー」と「クロノマット」に搭載。ホイヤーは「カレラ」「オータヴィア」、そして新しい「モナコ」に搭載。モナコは世界初の防水性を持ったスクエアケースでも注目を浴びるものとなった。ハミルトンはというと、パンダ文字盤の「クロノマチック A」を選んだ。いずれも9時位置のリュウズが特徴だ。

クロノマチック

ハミルトンのキャリバー11搭載機「クロノマチック A」。現行の「イントラマティック オートクロノ」はこの後継機にあたる。


沈黙は金なり

 企業連合ブランドは、革新の成果を1969年のバーゼル見本市(現バーゼルワールド)で披露した。ここでジャック・ホイヤーは予期せぬ者からの賛辞を受け取った。ホイヤーのブースを訪れた服部正次、当時のセイコーの社長であった。ジャック・ホイヤーは「純粋にうれしく感じました。しかしそこで服部氏は同じフェアでセイコーが6139を紹介していることに言及しませんでした」と語っている。ホイヤーはのちにセイコーの「賢い商品戦略」に対して賛辞を述べている。新しい時計が国際的に発売される前に、メーカーは通常、国内市場で最初にテストして、残っている問題を解決する。ウサギとカメの寓話のように、セイコーのゆっくりとした歩みは最終的に報われることとなった。ジャック・ホイヤーによると、数年後セイコーはアメリカ市場での売上げでホイヤーを凌いだ。しかしホイヤーは1969年の決算期を、記録を塗り替える結果を残して終了している。キャリバー11、クロノマティックのおかげで、販売の数字を34%伸ばすことができたのだ。このキャリバーはその後1970年まで生産が続き、のちにキャリバー12となった。ホイヤーはムーブメントを1985年まで生産、オータヴィアがキャリバー11を搭載した最後のモデルとなった。ブライトリングはこのムーブメントを1968年末から1978年にかけて使用した。

61ファイブスポーツ

1969年5月にセイコーが発表した、世界で最初期の量産型自動巻きクロノグラフ「ファイブスポーツ スピードタイマー」。61系自動巻きをベースに、垂直クラッチを合わせてクロノグラフ化したものである。


現在

 エル・プリメロは1969年発表の3つの自動巻きクロノグラフの中で唯一、クォーツ危機の際のわずかな休止時期を除き当時から現在まで継続して製造されている。高振動のムーブメントはその他の新しい開発のベースとなり、時にLVMHグループ傘下となって以降、さまざまな派生機を生んだ。トゥールビヨンを搭載し、パワーリザーブ表示を加えて文字盤側の一部をスケルトナイズ仕様としたキャリバー4021。キャリバー4031ではミニッツリピーター、アラーム機構、タイムゾーンの組み合わせが実現された。「ゼニス エル・プリメロ ストラトス ストライキング 10th フライバック クロノグラフ」は2012年10月14日、スカイダイバーのフェリックス・バウムガートナーが宇宙服に身を包んで高度3万9000mから飛び降りた際に、その手首で時を刻み続けた。バウムガートナーと彼の時計は、加速度、高度、気圧、温度変化に対し無傷で、離陸時と着陸時でも変わらずに動き続けたのである。

 ファーストモデル発表から半世紀以上が経つ今も、エル・プリメロは最高レベルの精度を誇るクロノグラフである。2017年、ゼニスは新たな記録を「デファイ エル・プリメロ21」で打ち立てた。時間計測を従来の1/10秒でなく、1/100秒単位で行えるというものである。この機構を実現させたのはストップウォッチ機構が毎時36万振動のクロノグラフ専用輪列を設けたキャリバー エル・プリメロ9004だ。

デファイ エル・プリメロ 21

1/100秒の時間計測を可能とした「デファイ エル・プリメロ 21」。自動巻き(Cal.エル・プリメロ9004)。53石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ti(直径44mm)。10気圧防水。132万円(税別)。

 キャリバー11「クロノマティック」は製造を終了したが、その開発にかかわったブランドは現在も誇りを失っていない。タグ・ホイヤーのプロダクトディレクターであるギイ・ボヴェは「タグ・ホイヤーは多くの高精度クロノグラフを過去160年にわたって発表し続けている。しかしクロノマティックほど、その痕跡を明らかに残したものはない」と語っている。2019年、キャリバー11を搭載したモナコは、その50周年を祝い記念モデルを続々と発表した。

モナコ

2015年に復刻されたモナコ。「ホイヤー モナコ キャリバー11 クロノグラフ Ref.CAW211P」。自動巻き(Cal.11)。59石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦39×横39mm)。100m防水。66万円(税別)。

 セイコーウオッチ代表取締役会長兼CEOの服部真二は、「自動巻きクロノグラフ・ムーブメントはサクセスストーリーの一部である。この時に培った技術は約30年後にスプリングドライブを開発するへ至り、グランドセイコーへ脈々と受け継がれている」と語る。

SBGC231

グランドセイコー「SBGC231」。スプリングドライブ。30石。パワーリザーブ約72時間。ブライトチタン(直径44.5mm)。20気圧防水。140万円(税別)。限定500本。


勝者

 さて、では一体誰が事実上、1969年最初の自動巻きクロノグラフ開発を行ったのかという難問に戻ろう。表彰台のどの位置にどのブランドが立っているのか、現在の優位性からは、はっきりと答えることができない。確かなのは、それぞれのブランドは自身の成功を手にしたということだ。最も早い1月にプロトタイプを発表したのはゼニスのエル・プリメロである。ホイヤー、ブライトリング、ハミルトンはその2カ月後まで開発の成果を発表しなかったが、バーゼル見本市において実機を紹介した。彼らよりもいち早く量産体制を整えて5月に販売へ移ったのはセイコーだ。
 筆者はエル・プリメロを挙げる。ゲルト・リュディガー・ラングは、「エル・プリメロには技術力だけでなく、詩的な美しさがある」と語った。

2019年8月WatchTime初出。