少量生産時計はここを見ろ!ポイント別マイクロメゾン指南書(後編)

FEATURE本誌記事
2022.08.14

安定した品質と高い作家性という、量産メーカーと独立時計師の特徴を高水準で両立するのが、マイクロメゾンだ。そんなマイクロメゾンが手掛ける時計の需要が、近年急速に高まりを見せている。これまで一通りの腕時計を経験した好事家の行き着く先というイメージだった同ジャンルが、なぜこれだけの支持を得るようになったのか? その理由を探る。

エンデバー・トゥールビヨン コンセプト

吉江正倫、三田村優:写真
Photographs by Masanori Yoshie, Yu Mitamura
野島翼、広田雅将(本誌)、細田雄人(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年9月号掲載記事]


テーマ3「ケース」

最も分かりやすく個性を出せるため、マイクロメゾンが力を入れる外装。ここでは「デザイン」「リュウズ周り」「ケースの磨き」を掘り下げよう。

 かつてマイクロメゾンと量産メーカーを分けるポイントは、外装のデザインにあった。他にはない意匠で差別化を図るという手法は、ショーメ傘下のブレゲや、創業まもないジェラルド・ジェンタ、そしてヨルグ・イゼックなどが好んだものだ。年産本数が少なかった時代のリシャール・ミルも、こういった事例に含めることができるだろう。

 自社製ムーブメントの普及とダイアルレスというトレンドは、ユニークなデザインという打ち出しを、ムーブメントを含めた高度なものに変えていった。しかし、デザインそのものを強調するというアプローチは、今もってマイクロメゾンの大きな強みだ。ボヴェ 1822の「リサイタル26」は、サファイアクリスタル製のケースをスロープ状に仕立てたもの。12時位置にリュウズを設けたり、懐中時計やクロック、腕時計として使えるコンバーチブルケースを採用してきたりしたボヴェ 1822は、3時位置にリュウズがある複雑時計に、かつてないケースをもたらした。好みははっきり分かれるが、これが許されるのがマイクロメゾンである。

 対して機能性に特化したのが、ペキニエの「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」だ。すべての表示をバランスよく配置したデザインは、12時位置の日付と曜日表示を拡大した結果である。4時位置の秒針はかなりトリッキーだが。

 意外なのは、ローマン・ゴティエの「コンティニュアム」だ。ムーブメントを含めて時計をデザインしてきた同社は、本作で一転して、文字盤でムーブメントを覆うようになった。これはベーシックな3針の手巻きモデルだが、そう見えないようディテールを細かく調整している。チタン製の外装に見事な鏡面仕上げを施したほか、ベゼルに6つのファセットを加えている。加えて、インデックスの長さを変えたり、リュウズを2時位置に移したりすることで、ムーブメントに頼らずとも明確な個性を得た。もちろんムーブメントの仕上げも、ローマン・ゴティエらしく良質だ。モダンなスポーツウォッチ然とした意匠だが、ムーブメントの造形は受けが直線状だった、往年のジュウ渓谷製ムーブメントに範を取っている。

 なお、新旧のマイクロメゾンで大きく異なるのが、ケースの完成度だ。かつて、少量生産のマイクロメゾンは、優れた仕上げの代償として、量産メーカーほどの気密性の高いケースは得られなかった。逆に、気密性の高いケースを持てた場合、質は必ずしも良くなかったのである。

 しかし、最新の工作機械が少量多品種を得意とするサプライヤーにも普及した結果、今のマイクロメゾンは、良質で、しかも気密性の高いケースを持てるようになったのである。それを象徴するのが、リュウズ周りだ。シャネルの資本参加を得たローマン・ゴティエ(つまりシャネル傘下のケースメーカー、G&Fシャトランをあてにできる)は別格として、他のマイクロメゾンもリュウズ周りのガタは抑えられた。その結果、針合わせがスムーズになったほか、理論上の気密性も高まった。もっとも、大規模なラボを持つ量産メーカーと、マイクロメゾンは同じではない。その点、留意すべきだろう。

 工作機械の進化は、いわずもがな、ケースの磨きも改善した。鍛造ではなく切削が普及した結果、表面がフラットになったのである。凝った造形と、歪みの少ないケースの組み合わせは、かつてのマイクロメゾンは手にできなかったものだ。(広田雅将:本誌)

Point1「ユニークなデザイン」

 左右非対称なケースや特徴的なリュウズ位置など、見ていて楽しくなるような外装を持つ3モデルのディテールに着目していきたい。

ボヴェ 1822「リサイタル 26 ブレインストーム チャプター ツー」

少量生産と高品質で知られるボヴェ 1822は、2017年以降、デザインも強調するようになった。象徴するのは「リサイタル 26 ブレインストーム チャプター ツー」だ。階段状のライティングスロープ型ケースは、複雑機構の視認性を高めるだけでなく、同社のシグネチャーである「V」をかたどったもの。ムーブメントのレイアウトも、同様にV字形だ。CEOのパスカル・ラフィ曰く「サファイアクリスタルケースにしたのは、すべての仕上げを見てほしいため」。

ペキニエ「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」

ペキニエ「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」
4時位置にスモールセコンド、8時位置にパワーリザーブ表示を配し、瞬時に切り替わるフラット3ディスク・デイデイトカレンダーと高精度ムーンフェイズを搭載する、多機能なモデル。カレンダーは、夜間の操作禁止時間帯がない。シングルバレルながら、約88時間のパワーリザーブを備えるのも特徴だ。自動巻き(Cal.EPM01)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約88時間。SS(直径41mm、厚さ11.4mm)。5気圧防水。135万3000円(税込み)。問/カリブルヴァンテアン Tel.03-6206-2333

ペキニエ「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」

「パリ ロワイヤル」最大の特徴がラグをねじ留め式とすることで、特徴的な仕上げを施すことに成功したケースサイドだ。文字盤はすべての表示を分散させることで視認性を高め、さらにユニークなデザインを得ている。もっとも、この配置は12時位置の曜日と日付表示を可能な限り大きくするため。理由あるデザインは、いかにもフランス製の時計だ。

ローマン・ゴティエ「コンティニュアム」

ローマン・ゴティエのいわばベーシックラインが、2021年発表の「コンティニュアム」だ。一見シンプルな3針時計に見えるが、チタン製のベゼルには6つの面取りを加えて、立体感を強調している。またコンティニュアム(連続性)をイメージさせるため、インデックスの長さや太さが変えられた。写真が示す通り、外装の仕上げは極めて優れている。

Point2「リュウズ周り」

 昔と今、少量生産メーカーで最も進化したのがケースの気密性だ。ここでは「遊び」と「チューブ」をテーマに、現在のマイクロメゾンを評価していく。

 過去と現在のマイクロメゾンの大きな違いがケースだ。とりわけ、リュウズ周りの仕上がりは別物である。以前は、リュウズ周りにガタがあるのは当たり前だったが、加工技術の進化に伴い、マイクロメゾンでさえも、量産メーカー並みに遊びを減らせるようになった。少ない遊びは、上質さを感じさせるだけでなく、ケースの気密性を高める重要な要素だ。

ローマン・ゴティエ「コンティニュアム チタン エディションワン」

ローマン・ゴティエ「コンティニュアム チタン エディションワン」。かなり太いリュウズのチューブに注目。また、リュウズの外周にラバーを巻くことで、手巻きをしやすくしている。

モリッツ・グロスマン「37 アラビック」

モリッツ・グロスマン「37 アラビック」は、リュウズのチューブを露出させないケースに特徴がある。量産メーカーでは採用の難しいディテールだ。リュウズ周りを頑強に作るだけあって、リュウズ周りのガタはよく抑えられている。

ペキニエ「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」

ペキニエ「パリ ロワイヤル キャトル・フォンクション」もシンプルだが、リュウズ周りはよくできている。チューブは細く見えるが、無駄な遊びはほとんどない。

Point3「ケースの磨き」

 工作機械の進化によって目に見えて質が高まったのが、ケースの磨きだ。ここでは立体的な造形とともに、その水準の高さを感じよう。

 マイクロメゾンの時計が普及した一因は、明らかに良くなった外装にある。切削が普及することで、ケースの気密性が上がったほか、磨きも良くなった。また、今までにない立体的な造形も、最新の工作機械の恩恵を受けたものだ。

ツァイトヴィンケル「181°」

ドイツ風のシリンダーケースを持つのが、ツァイトヴィンケルの「181°」だ。ただしケースやラグの側面をえぐることで平板さを感じさせない。普通こういった仕上げをする場合、角はどうしても立ってしまうが、刺激を与えない程度に抑えられている。

アーミン・シュトローム「オービット」

エッジの立ったリュウズ周りが特徴のアーミン・シュトローム「オービット」。写真が示す通り、やはりエッジは丁寧に落とされている。かつてのマイクロメゾンには見られなかった配慮が、同社をメジャーにした一因だ。

ヴティライネン「Vingt-8」

自社で優れたケースを製造するのが、ヴティライネンだ。ティアドロップ型のラグは、当然後付け。影の歪みを見れば、磨きの高い水準は明らかだ。