パテック フィリップ/カラトラバ Part.2

2018.03.29

 永遠の原型機、96スタイルの変遷

カラトラバの初作にあたるのが、1932年に発表されたRef.96である。
このモデルが採用したデザイン要素。
つまり、ラグとミドルケースを一体化させたケースと、視認性の高いインデックスと針の組み合わせは、後に時計業界のスタンダードとなる。では、カラトラバのオリジンは、どのような変遷を遂げていったのだろうか。

カラトラバ
Ref.2545

Ref.96の造形を受け継ぎながらも、防水ケース化したモデル。直径が30mmから32mmに拡大されたほか、ベゼルとミドルケースを一体化したツーピースケースに改められた。手巻き(Cal.12-400)。18石。1万8000振動/時。18KYG(直径32mm)。1954年発表。参考商品。個人蔵。
広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第20回/クロノス日本版 2014年3月号初出]

 カラトラバ・スタイルの原型となったRef.96と、その防水ケース版であるRef.2545。多くの文献と、パテック フィリップの公式な見解に従うならば、そのデザインはバウハウスの影響を受けたものであるそうだ。しかし筆者は、こういった見方に少し距離を置きたい。

 1932年、文字盤メーカーの社主であったスターン家が、経営難のパテック フィリップを買収した。社主のスターン兄弟は1933年にジャン・フィスターをディレクターに指名。タバン出身の彼は、パテック フィリップの自社製ムーブメント製造と主力商品の腕時計化を推し進め、58年にリタイアするまで同社に大きな成功をもたらした。

 フィスターの着任は33年。そしてRef.96のリリースは32年である。面白いことに、パテック フィリップの腕時計化を強力に推し進めたジャン・フィスターは、カラトラバには一切関わっていなかったわけだ。加えて開発期間は正味1年もなかったというから、名機96は経営移管時の混乱から生まれた時計のひとつだったと考えられる。

 ただし、Ref.96には優れたルーツとなるモデルが存在していた。ラグとミドルケースを一体化させたケースは、異説もあるが28〜29年には存在していたし、ドフィーヌ型ハンドとバーインデックスの組み合わせも、20年代後半の懐中時計に多く見られたものだ。あくまで推測だが、初の本格的な腕時計を作るにあたって、パテック フィリップは自社のアーカイブから必要な要素を引っ張り出してきて、手堅くまとめたのだろう。

 もっとも、多くの傑作がそうであるように、即興から生まれたRef.96は、それ故に腕時計としての機能性をデザインとして過不足なく盛り込むことに成功したのである。

(左上)カラトラバを特徴付ける湾曲したラグ。ただし、Ref.96とは異なり、バネ棒の穴が抜かれていない。理由はおそらく製法の進化だろう。使い込まれた個体が多い2545の中では例外的に、ラグのシェイプはよく原型を保っている。(右上)狭義のカラトラバに優れた視認性をもたらした立体的なインデックスと針。現在ではポピュラーになったダイヤモンドカットによる仕上げを、パテック フィリップは60年も前に行っていた。なお、この時代のパテック フィリップに固有の、ロゴが盛り上がったように見える文字盤仕上げは、表面にセルロースラッカーを吹き付けたもの。紫外線に弱いため、この個体のクリアほど厚みが残っている例は珍しい。おそらくは、文字盤表面のクリーニングは施されていないだろう。(中)側面の造形。ベゼルと一体化されたミドルケースに注目。Ref.96の造形に極めて近いが、防水性を持たせていることが分かる。(左下)スクリューバックのケース。標準的なカラトラバでは、ケースは基本的にスナップだった。(右下)6時位置からの写真。ケースサイズに比してかなり太目のベルトと、ラグとミドルケースの有機的な接合が見て取れる。しばしばカラトラバが、近代的な腕時計デザインの始祖といわれる理由だ。