カルティエ/サントス Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2018.05.31

リストウォッチの誕生
アールデコに先駆けたカルティエ初の男性用腕時計

サントスのプロトタイプが完成したのは1904年のこと。
しばしばアールデコと見なされるそのデザインは、実はその流行より20年以上も先駆けたものだった。
ではカルティエは、なぜかくも先進的なデザインを採用できたのだろうか。
開発者であるルイ・カルティエにスポットを当てて、サントスの登場と、カルティエの腕時計産業への進出をひもといていきたい。

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第25回/クロノス日本版 2015年1月号初出]

サントス リストウォッチ[1916]
こちらは1916年のモデル。完全に手作りだったため、この時代のカルティエ製腕時計には、さまざまなバリエーションやサイズ違いが存在する。手巻き(ジャガー製Cal.126)。18石。1万8000振動/時。Pt×18KWGケース(縦34.4×横24.7mm)。カルティエ パリ製。
Nick Welsh, Cartier Collection ⓒCartier

サントス リストウォッチ[1915]
11915年のサントス。製作は一時期カルティエに所属していたエドモンド・ジャガーである。1907年にカルティエはジャガーとコラボレーションを組み、優れた時計を数多くリリースした。手巻き。18KYG×PGケース(縦34.9×横24.7mm)。カルティエ パリ製。
Nick Welsh, Cartier Collection ⓒCartier


 サントス リストウォッチの生みの親であるルイ・カルティエは、かつてこう語ったといわれる。

 「私たちは大衆の気分に応じた商品在庫を積み増すよう、ビジネスを行わなければならない。そのためには実用的な機能を持ち、しかしカルティエスタイルで装飾された製品を作らねばならない」

 ハイジュエラーの創業家に生まれたルイ・カルティエは、らしからぬことに市井の人々の嗜好にも関心を抱いていた。そんな彼が、やがて「実用的な機能を持ち、しかしカルティエスタイルで装飾された品々」の開発に取り組んだのは当然だろう。1900年代以降のカルティエは、シガレットケース、18K製のヨーヨー、歯ブラシ、ポーカーセットといった〝実用品〟を製作。カルティエはやがて王侯貴族だけでなく、フォード家、ヴァンダービルド家、ロックフェラー家、モルガン家といった企業家からも支持されるようになるが、その一因は間違いなく、大衆の気分を積極的に取り込もうとする、ルイ・カルティエの柔軟さにあった。

 ではなぜ彼は、ハイジュエリーの作り手らしからぬ視野を持てたのだろうか。その理由は、はっきりとは分からない。しかしハンス・ナーデルホッファーの大著『カルティエ』を読めば、時計という〝実用品〟の影響が少なからずあったことは想像できる。ナーデルホッファーは同著にこう記している。

 「この取引の枠(時計の販売量)はカルティエがリュー・ド・ラ・ペに移転して、前年(1898年)から父親を手伝い始めたルイが時計に強い関心を示すようになると、一挙に増大するのであった。彼の時計部門に関する目標は以下の3点である。懐中時計の他に置時計の売買に着手する。カルティエに時計の工房を設立する。彼が、将来性が最もあると見込んだ、時計の可能性を追求する」