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ブルガリ/オクト Part.2(1/2)

アイコンを生み出すデザイン理論 -1-
ファセットの強調と鋭角なエッジ

2004年に発表された“ジェラルド・ジェンタ銘のオクト”は、複雑系のムーブメントを独創的なケースに収めた、いわば“ニッチな時計”であった。このモデルをブルガリの新しい基幹コレクションに仕立て直すために必要だったのは、才能のあるデザイナーだった。白羽の矢が立ったのは、元カーデザイナーという出自を持つファブリツィオ・ボナマッサだった。

吉江正倫、奥山栄一:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第39回/クロノス日本版 2017年5月号初出]

ブルガリのデザイン部門を率いる、ファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ。2007年からブルガリに加わった彼は、以降同社ウォッチのプロダクトデザインを刷新した。

 2007年に始まったブルガリ銘でのオクトプロジェクト。リデザインを担当したのは、ナポリ出身のファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニだった。フィアットでカーデザイナーを務めていた彼は、05年に独立して自身のデザインスタジオを設立。それをブルガリが吸収する形で、彼はブルガリに参画した。

 ブルガリが外部からデザイナーを招聘した理由は3つある。ひとつは彼が生粋の工業デザイナーであった点。制約があるからデザインは面白いと述べる彼は、車以上に時計のデザインに向いていた。そしてふたつ目が、デザイン事務所を率いていた点。ラインナップの拡充を目指すブルガリにとって、彼のマネジメントの才能は得がたいものだった。そして3つ目は、彼がイタリアで育ち、ローマでデザインスタジオを持っていたこと。つまりブルガリは、彼が再びイタリアン・デザイン、さらにいえばローマ的なデザインをもたらすことを期待したのである。

 先述したとおり、オクトの基本的なケースデザインは04年にさかのぼる。その造形はジェンタのモチーフを用いつつ、極力その要素を排していた。当時ジェラルド・ジェンタのCEOだったジェラルド・ローデンは、理由を次のように説明した。「私たちは過去のデザインを使わず、今日のトレンドに適応させることに決めた。そしてそれはジェンタの方法論だった。つまり常に創造し、芸術の絶え間ない進化として過去を忘れるということだ」。

 ローデンの狙いはビジネスとしては成功したが、基幹コレクションと呼ぶにはまだ一歩足りなかった。対してオクトのリデザインを委ねられたボナマッサは、デザインの構成要素は一切変えず、しかしそこに力と美、そして普遍性を加えたのである。分かりやすく言うと、スポーツウォッチ的な要素の追加である。本人は明示しないが、主な変更点はラグ、エッジ、そしてダイアルに集約される。


 04年モデルのラグは、斜面が途中で切れ、端末が垂直に裁ち落とされていた。これは1990年代から2000年代初頭のドレスウォッチやコンプリケーションが好んだデザインの処理方法である。対してボナマッサは、ラグの斜面を端末まで伸ばすことで、時計に力強さを加え、また腰高感を抑えた。次にエッジの処理について。ジェンタ銘のオクトは全切削仕上げの多面体ケースを持っていたが、当時の技術では、切削上がりのまま完成品にすることは不可能だった。最後の仕上げには手作業が欠かせなかったが、これほどの多面体に筋目仕上げを与えるのは不可能だった。結果、04年のオクトはケースが鏡面仕上げとなった。確かにラグジュアリーウォッチらしかったが、切削がもたらす緊張感は減じてしまった。しかしブルガリは、11年発表の「オクト・マセラティ」でケースに切り立ったエッジを与えることに成功し、12年のモデルではさらに進化させた。ボナマッサは、彼の好みに非常に近いと述べたうえで、ブルガリのデザインコードをこう定義する。「ブルガリのデザインに共通するのは、ピュアな形状と幾何学的な要素、そして装飾を持たないことだ」。彼はオクトのデザインを守りつつも、そこにモダンさと、ラグジュアリースポーツウォッチの要素を接ぎ木してみせたのである。

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