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ブランパン/フィフティファゾムス Part.2(1/4)

スキューバダイビングの黎明と共にあった
〝潜水時計〟の先覚者

1953年にリリースされたフィフティ ファゾムスは、CEOのジャン-ジャック・フィスターとフランス海軍に所属するふたりのダイバーが作り上げたものだった。
深海でも実際に使える時計という彼らの要求は、このモデルに、極めて高度なスペックを与えることとなった。

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第44回/クロノス日本版 2018年3月号初出]

 1950年にブランパンのCEOとなったジャン-ジャック・フィスターは、時計メーカーの経営者である以前に、経験を積んだダイバーであった。53年に完成したフィフティ ファゾムスとは、まず、彼の経験を反映したものだった。

 当時ロレックスの社長を務めていたルネ・P・ジャンヌレも同様にダイバーであり、彼は53年にプロトタイプが完成し、54年にお披露目なった「サブマリーナー」に多くのアドバイスを加えた。ただジャンヌレと違い、フィスターは海に未来があることを確信する、一種のビジョナリストだった。事実、彼は『Our future is underwater(私たちの未来は深海にあり)』(55年)という著作を記すほど、海に魅せられていたのである。


 彼の気分は、フィフティ ファゾムスというユニークな名前によく表れている。フィスターはフィフティ ファゾムスという風変わりな名前を、シェイクスピアのロマンス劇『テンペスト』から転用した。劇中、空気の妖精であるエアリエルは、ファーディナンド王子にこう呼びかける。「full fathom five thy father lies」(五尋の海底に汝の父はありき)。彼はこの台詞から、ファゾムスの部分を採り、当時のダイバーが潜れる最大深度と合わせて命名したという。奇しくも、フィフティ ファゾムス、つまり91.5mは、新しいダイバーズウォッチの防水性能にほぼ同じだった。

 ただフィスターの深海に対する情熱も、ヴィルレのケースメーカー、パウリ・フレールの社長だったジャン・パウリと、それ以上に、フランス海軍の卓越したダイバーだった、ロベール〝ボブ〟マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉を欠いて、実を結ぶことはなかっただろう。50年、マルビエとリフォはフランス海軍にエリートダイバーの部隊を設立し、ダイビング機器の選定に取りかかった。しかし提供されたLIPの潜水時計は、彼らを失望させるだけだった。30個のプロトタイプをテストしたマルビエは、すべての時計を返却する際、「溺死」と言い放った。

(左)フィフティ ファゾムスの特許資料。フィスターは、ロック付きの回転ベゼル、二重にシーリングされたリュウズ、そしてふたつに分割された裏蓋で特許を得た。なおこれはアメリカの特許。スイスでは、1957年の7月31日に特許を取得している。(右)ブランパンは当時、新興国の日本でも、フィフティ ファゾムスのケース構造に関する特許を得た。
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