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F.P.ジュルヌ/トゥールビヨン・スヴラン Part.2(1/4)

〝至上〟の名を冠する腕時計
フランソワ-ポール・ジュルヌは如何にして高精度トゥールビヨンへと辿り着いたのか?

1999年発表の「トゥールビヨン・スヴラン」は、フランソワ-ポール・ジュルヌという気鋭の時計師に、世界的な名声をもたらした。
称賛の理由は、ユニークなデザイン以上に、そしてトゥールビヨンであること以上に、高精度という課題に真っ向から向き合ったためだった。

フランソワ-ポール・ジュルヌが発明した、板バネ式のルモントワール。主ゼンマイのエネルギーを蓄積し、1秒に1回リリースする。基本的な設計は、1991年に完成した、腕時計トゥールビヨンから一切変わっていない。ジュルヌは、この機構を応用して、「ヴァガボンダージュ」を作り上げた。


吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第46回/クロノス日本版 2018年7月号初出]

 なぜ今回、F.P.ジュルヌの「トゥールビヨン・スヴラン」を取り上げようと思ったのか。理由は、このトゥールビヨンの価値が、発表当時はもちろん、今なお、まったく減じていないからである。各社は毎年のように、ユニークなトゥールビヨンをリリースするようになった。それらの多くは魅力的だが、時計史という大きな流れで見ると、トゥールビヨン・スヴランを超える腕時計トゥールビヨンは、いまだに存在していないように思える。

 1970年代以降から90年代半ばまで、野心的な独立時計師や時計メーカーがトゥールビヨンの〝再現〟に取り組み、機械式時計の復興にひと役買った。しかし、冷静に見ると、それらはまだ入念な作りを持つ工芸品でしかなかった。フランソワ-ポール・ジュルヌが82年に完成させた、初のトゥールビヨン懐中時計も同様だった。しかし、このマルセイユ生まれの独立時計師は、いち早くトゥールビヨン本来の目的であった精度に注目した。もしジュルヌが精度に目を向けなければ、トゥールビヨンは相変わらず工芸品に留まり続けたか、精度を追求する動きがあったとしても、もっと遅かったのではないか。

 高精度トゥールビヨンの先駆者となったトゥールビヨン・スヴラン。後にジュルヌはこう語った。「トゥールビヨンはそもそも精度が出ないメカニズムだ。だからトゥールビヨン・スヴランに、定力装置のルモントワールを付けて精度を改善した」。彼の言葉通り、輪列の間に定力装置を持つトゥールビヨン・スヴランは、約40時間にわたって、280度という高い振り角をテンプに与え続ける。今でこそ長時間にわたって、テンプの高い振り角を維持できる高精度なムーブメントは少なくないが、その先駆けのひとつは、間違いなくトゥールビヨン・スヴランだった。

心臓部であるトゥールビヨンキャリッジ。多くのルモントワールと異なり、ガンギ車の上にルモントワールを重ねていない。そのため、薄型化に成功した。「最初から腕時計として使うことを考えていた。ケースを平たくしたのは、それが理由だ」。なお、キャリッジは、19世紀に普及した「Aシェイプ」のデザインを持つ。古典に熟知したジュルヌらしい意匠だ。


 フランソワ-ポール・ジュルヌの設計には、ふたつの際立った特徴がある。ひとつはテンプの高い振り角を長時間維持する点。もうひとつは驚くほど簡潔な設計である。彼が、他の独立時計師や時計メーカーから抜きんでていたふたつの要素は、ジュルヌが91年に発表した初の腕時計トゥールビヨンと、その量産型である「トゥールビヨン・スヴラン」が示す通り、キャリアの最初期から変わっていない。

 90年代の後半、ショパールのダニエル・ボロネージは、香箱の数を増やしてパワーリザーブを延ばすと、振り角が落ちにくいことに気づいた。同時期にルノー・エ・パピの技術者たちも、香箱の回転速度を上げると振り角が落ちにくいことを発見した。今や、どのメーカーもテンプの振り角を上げること以上に(一時期は330度が理想とされた)、落ちにくいことを重視するが、こういった思想は、2000年代以降に普及したものだった。

 しかしそれ以前にも、振り角の維持を重視する設計者は存在した。ひとりはロレックスのエミール・ボラーである。彼は効率の良い自動巻きを使ってゼンマイのテンションを高くすれば、振り角を高く維持できると考えた。その帰結が、1931年の「パーペチュアル」である。同時期の時計メーカーは、自動巻きのメリットとして手巻き不要を掲げたが、ロレックスだけは、振り角の安定にいっそうの価値を見いだしていた。後にロレックスの自動巻きが優れた精度を獲得した理由である。

 フランソワ-ポール・ジュルヌも同様だった。彼は、ダニエル・ボロネージより早くに、テンプの振り角を落とさない意味を理解し、91年の腕時計トゥールビヨンにルモントワールを加えてみせた。なお、それ以前にも定力装置のルモントワールを載せた時計は存在した。しかし、重要だったのはF.P.ジュルヌのルモントワールが、きちんと作動したことだった。つまりジュルヌの定力装置は、工芸的な装飾品ではなかったのである。

叔父の工房内でクロックのレストアに取り組むジュルヌ。マルセイユ時計学校の在学中から、レストアラーとしての名声はフランス中に響きわたっていた。
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