IWC/アクアタイマー Part.3

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.10.22
広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第53回/クロノス日本版 2019年9月号初出]

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https://www.webchronos.net/iconic/34942/

深度計搭載という壮大なる実験場

ディープシリーズとベゼルデザインの変遷

 アクアタイマーを取り上げるならば、水深計を加えたディープシリーズにも触れる必要があるだろう。このモデルで注目されるのはユニークな機械式の水深計だ。しかしそれを可能にしたのは、やはり回転ベゼルの進化である。ベゼルの構造と共に、ディープシリーズの進化を追ってみたい。

(左)GST ディープ・ワン Ref.IW352701[1999]
機械式のブルドン管水深計を備えたモデル。水深計が正しく表示できる45mまで計測可能だった。野心的だが、その設計は非常に複雑である。自動巻き(Cal.891/4)。36石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ti(直径42mm)。100m防水。
(中央)アクアタイマー・ディープ・ツー Ref.IW354701[2009]
水深計を一新。50mまで計測可能になったほか、耐衝撃性と整備性が改善された。回転ベゼルはインナーから標準的なアウター式に。自動巻き(Cal.30110)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径46.5mm)。120m防水。
(右)アクアタイマー・ディープ・スリー Ref.IW355701[2014]
ディープ・ツーの水深計を、新しいアウター/インナー回転ベゼルに合わせた現行モデル。ケース素材の変更により、装着感も改善された。自動巻き(Cal.30120)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径46mm)。100m防水。178万円。

 VOD、正しくはディール・アビオニクス出身のギュンター・ブリュームラインがCEOに就任して以降、IWCは大きく変わった。1982年の「オーシャン2000」、85年の「ダ・ヴィンチ パーペチュアルカレンダー」、92年の「ドッペルクロノグラフ」といったモデルは、若い時計好きたちを魅了するようになったのである。そんな彼は、自らの手掛ける時計に対して「同価格ならより充実した機能を」という明確な哲学を持っていた。水深計付きのダイバーズウォッチ、「ディープシリーズ」も、やはりブリュームラインの考えを色濃く反映している。

 1999年に発表された初代の「GST ディープ・ワン」は、ブルドン管式の水深計(マノメーター)を持つユニークなダイバーズウォッチだった。圧力を受けると収縮するブルドン管をムーブメントの周りに置き、管の先端にレバーを付けて水深を表示する。ブルドン管が正確に動く水深を考慮して、45メートルまで計測可能だった。

 設計担当は、IWCでドッペルクロノグラフを開発したリヒャルト・ハブリング。しかし、彼は途中でIWCを退社し、最終的に設計をまとめ上げたのは、彼の上司にあたるクルト・クラウスだった。クラウスはどうにか完成させたものの、ブルドン管は気に入らなかったようだ。「ムーブメントを分解するために、水深計を分解しなければならなかったし、ブルドン管は衝撃にも弱かった。計器を作るのと時計を作るのとは違うよ」。

 GST ディープ・ワンの失敗にもかかわらず、IWCはダイバーズウォッチに水深計を加えるアイデアを忘れていなかった。2009年の「アクアタイマー・ディープ・ツー」は、ムーブメントの外周ではなく文字盤側に水深計のモジュールを重ねたダイバーズウォッチである。前作のディープ・ワンは、ブルドン管を動かすため、4時位置のリュウズ状の部品からケース内に水を入れる必要があった。ディープ・ツーの設計に携わったステファン・イーネンはこう説明した。

 「ディープ・ツーの水深計はケース外のドライエリアにあるため、ケース内に水が入ることもない。またブルドン管を使っていないため頑強だ」。新しい水深計の構造はかなりシンプルである。文字盤側の9時半位置に置かれたリュウズ状の圧力コンバーターは、太いコイルバネで支えられた幕を内蔵する。水圧がかかると幕がケースの内部方向に押し込まれ、その軸に連結されたレバーを動かす。レバーは水深計表示に連結しており、かかった圧力分、表示が移動する。圧力を反映する点ではディープ・ワンに同じだが、機構はシンプルになったほか、水深計が文字盤側に置かれるため、時計の整備性も向上した。

ディープ・ツーとディープ・スリーは、ブルドン管ではなく、バネだけで作動する簡潔な水深計を持っている。これはディープ・ツーの水深計。青い針は現時点での水深を示す。対して赤い針は、最大水圧を表示する。最大深度はボタンを押すことでリセット可能。

こちらはディープ・スリーの水深計。基本構造はディープ・ツーに同じだが、水深計の軸など、多くの部品が強固に固定されているのが分かる。ステファン・イーネン曰く「構造は極めて簡潔なため、整備性も良好」とのこと。細かな改良はいかにもIWCらしい。

2014年のアクアタイマーから、アウター/インナー式の回転ベゼルが採用された。これは、ケース内部の構造。アウターベゼルを回すと、噛み合った歯車が回り、それがインナーベゼルを回す。歯車にはクラッチが内蔵されており、反時計回りに回すと連結をカットする。

 新しい水深計を採用できた理由は、2009年の第5世代アクアタイマーが、標準的なアウター式の回転ベゼルに変更されたためである。大きな理由は操作性の改善だが、インナー式と違って文字盤側にスペースを取れるというメリットもあった。第5世代の回転ベゼルは、歴代アクアタイマーの中で最も普通である。しかし、文字盤側にスペースを取れる点では、価値のある機構だった。仮に第4世代と同じ、インナー式の回転ベゼルを採用していたら、ディープ・ツーはまったく新しい水深計を採用できなかっただろう。もっともIWCは、回転ベゼルの設計が、前作より凝っていないことを気にしていたようにも思える。そのためか、第5世代のアクアタイマーは、上面にサファイアを張り込んだ高級な回転ベゼルを備えていた。

 2014年に発表された第6世代のアクアタイマーは、長らくIWCが悩んでいた、回転ベゼルの完成形を備えていた。一見、第5世代と同じアウター式の回転ベゼル。しかし、操作はアウターで行い、文字盤外周に置かれたインナーの回転ベゼルが回る構造を持っている。これならば誤作動は起きにくいし、ごみを噛んで壊れる心配も少ないはずだ。設計に携わったステファン・イーネンはこう説明した。「今までのアウター式回転ベゼルは、他社同様、板バネで動きを規制していた。機構として悪くはないが、使っているうちに板バネが摩耗する。かといってインナーベゼルにすると、IWCらしいユニークさがなくなる」。そこで開発チームは、ベゼルを左に回すとインナーベゼルも左に回り、右に回すとインナーベゼルは回転しないというアウター/インナーベゼルを開発した。

 彼は補足した。「クラッチを内蔵した回転ベゼルの構造はリュウズ回りに似ているし、世界各地の時間を表示するタイムゾーナーにも似ている。アウターベゼルが左方向に回るとかみ合ってインナーベゼルも回る。しかし逆方向だとクラッチがスリップして力を逃がす。歯車には焼き入れを施してあるので、板バネ式のような摩耗は起こらない」。

 ちなみに、アウター/インナーベゼルのアイデアは、実は50年前に存在していた。初代と第2世代のアクアタイマーにケースを提供したエルヴィン・ピケレ社(EPSA)は、アウターのベゼルでインナーベゼルを回転させるという機構を、少なくとも1969年には特許出願している。イーネンがこれを知っていたかは不明だが、IWCを傘下に収めるリシュモン グループは、2014年の時点で、このアウター/インナーベゼルを連結する仕組みに関して特許を出願しており、その引用に、ピケレの特許を含んでいる。50年前のピケレに回帰した、というのは、あり得ない話ではなさそうだ。さておき、ディープシリーズに続いて、アクアタイマーの悩みどころであった回転ベゼルも、もはやクリアになった。では最終項では、現行モデルのアクアタイマーを見ていくことにしよう。