クレドール/マイクロアーティスト工房編 Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.01.16

星武志、三田村優:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

セイコーエプソンの一角に置かれた複雑時計工房が、マイクロアーティスト工房である。2000年の創設以来、この工房は日本の時計作りの水準を大きく引き上げてきた。 1990年代末に機械式時計を作るノウハウを失っていたセイコーエプソンは、わずか数年で、独立時計師に比肩する傑作をリリースするようになる。


SPRING DRIVE “EICHI”

手仕上げのレベルを上げた究極のシンプリシティ

ノード スプリング ドライブ 叡智 GBLR999
マイクロアーティスト工房の実力を知らしめたのが、2008年発表の本作である。優れた仕上げに加えて、ゼンマイのほどける力で香箱を巻き上げるトルクリターンシステムを採用する。手巻き(Cal.7R08)。44石。パワーリザーブ約60時間。Pt(直径35mm)。日常生活防水。参考商品。

 ソヌリを完成させたマイクロアーティスト工房は、フィリップ・デュフォーなどから学んだ仕上げを投じた、究極のシンプル時計を作ろうと考えた。完成したのが2008年の「クレドール ノード スプリングドライブ 叡智」である。ムーブメントのベースに選ばれたのは、茂木が開発に携わった7R。そこに、余剰トルクでゼンマイを巻き上げるトルクリターンシステムを追加して、パワーリザーブを約60時間に延長したほか、受けも洋銀に変更され、手仕上げが施された。

 廣瀬曰く「ケースに合ったムーブメントサイズにするため、あえてムーブメント外周の耐磁リングを省いた代わりに文字盤枠に耐磁性を持たせ、手を入れられるところはすべて磨いた」とのこと。受けの素材に使う洋銀は、あえてメッキ無し。面取りも、ヤスリで形状を出した後、紙ヤスリでエッジを丸め、ヤスリでバニッシングを付けて目を潰し、木材に付けたダイヤモンドペーストで磨いた後、再びバニッシングをかけ、最後にジャンシャンとダイヤモンドペーストで磨くという凝りようだ。

 またこのモデルを特別なものにするため、マイクロアーティスト工房の姿勢は、このモデルに2度組みを採用した。しかも、普通の2度組みと異なり、注油して1度組み立て、10日間動かした後、分解掃除して、再び組み上げたのである。廣瀬曰く「こうすることによって、初期摩耗を出し切れる」とのこと。加えて、昔の機械式時計のような巻き感を与えるべく、コハゼなども変更された。確かにその巻き感は、昔の懐中時計を思わせる。

 もっとも、この極めて凝ったモデルは、ノリタケが文字盤製造を中止したことにより、わずか数年で生産中止となってしまった。対してセイコーは、14年にその後継機を発表した。それが、より洗練された仕上げを持つ「叡智Ⅱ」である。

(左)叡智を含むマイクロアーティスト工房製の時計は、単結晶ルビーを採用する。これは、スイスのベルジョンが製作したもの。ミグラスではないが、油溜まりを大きく取った高級品である。普通、穴石は裏側から入れるが、穴石の外周の仕上げを変形させないよう、表から圧入する。(右)叡智には、ノリタケ製の磁器製文字盤が採用された。エナメルと異なり、裏に金属の基材を持たない磁器は文字盤に向かないとされる。しかし、厚さを0.7mmに増し、外周のリングで固定することで、金属文字盤に遜色のない耐久性を得た。なお、インデックスやロゴはすべて手書きである。

直径35mmの小ぶりなケース。あえてこのサイズに留めた理由は「マーベルに対するリスペクトのため」(茂木)。リュウズの先端には磁器製のプレートが埋め込まれる。

(左)搭載するCal.7R08。基本設計は量産品の7Rに同じだが、パワーリザーブを延ばすべくトルクリターンシステムが加わった。また、歯車の仕上げなどもまったく異なる。ムーブメントの素材はメッキを施さない洋銀だ。(右)叡智を特徴付けるのが、スイスの高級時計に見られる、面取りの「入り角」と「出角」である。もっとも、作業手順が決まっていなかったこともあって、エッジの仕上げには若干の個体差がある。