機械式時計のクロノグラフ、カム式とコラムホイール式の真実

FEATURE良質な時計の選び方
2020.08.24
Cal.321をベースとしたオメガのCal.861が1968年に登場。クロノグラフ操作の制御がコラムホイール式からカム式に変更されたほか、振動数も1万8000振動/時から2万1600振動/時となった。しかし重要なのは、このムーブメントが、カム式としては初めてブレーキレバーを設けた点にある。写真は後継機種のCal.1861で、オメガ「スピードマスター プロフェッショナル」が搭載する。
広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

カム式だからといって、悪いとは限らない

 腕時計好きにとって魅力的な話題のひとつが、機械式クロノグラフのメカニズムだ。そこでよく話題に上るのが、カム式は“ダメ”でコラムホイール式は“良い”ということ。カム式は感触が固くてコラムホイール式は柔らかいとも聞くが、本当にそれは正しいのだろうか? 今回は、カム式とコラムホイール式の真実を述べたい。

 カム式とコラムホイール式。ちょっとした機械式時計好きならば、一度は耳にする言葉だろう。いずれも、機械式クロノグラフを制御するスイッチの方式である。プッシュボタンを押すと、これらのスイッチを介して、スタート、ストップ、そして場合によってはリセットをつかさどる。

 簡単に言うと、左右に首を振って、トグルスイッチのような動きをするのがカム式。対して、回転して、あたかもロータリースイッチのような役割を果たすのが、コラムホイール式である。現在、自社でクロノグラフムーブメントを作る腕時計メーカーのほとんどすべてがコラムホイールを採用し、そのメリットを声高にうたっている。いわく「コラムホイールは高級です」。しかし、機能的に見るとその説明は正しくない。かつてカム式のクロノグラフは、確かにコラムホイール式に比べて機能的に劣っていた。しかし1960年代後半以降、機能に関して言うと、両者の優劣はなくなったのである。

カム式

メリット:生産性が高い
デメリット:かつてはブレーキレバーを加えるのが難しかった

 カム式が劣る理由として、多くの人が固い感触を挙げる。しかしそれは間違いである。感触を決めるもっとも大きな要素はカムやコラムホイールを規制するバネの固さであり、これはコラムホイール式であれカム式であれ変わらない。ではなぜ、カム式は劣っていると言われたのか。その最大の理由は、かつてのカム式がブレーキレバーを持っていなかったためである。

 クロノグラフの機能は、スタート、ストップ、そしてリセットの3つである。回転する輪列にクラッチをつなげばスタートし、切り離せばストップ、動いた針を元の位置に戻せばリセットだ。前述した通り、カムは左右に首を振るトグルスイッチのような役目を果たす。そのため、クラッチをつなげる動作と切り離す動作はできる。しかし腕時計のクロノグラフには不可欠な、ブレーキという機能はかつてなかった。

 かつての懐中時計クロノグラフには、ブレーキという機能は必要なかった。しかしクロノグラフが小さくなり、腕に載るようになると、止まった歯車を固定するブレーキ機能が不可欠となった。ブレーキがないと、ショックを受けた場合、針が勝手に動いてしまうからだ。しかしオンオフしかできないカム式がブレーキを持つことは非常に難しかった。

 解決したのは、1968年に発表されたオメガのCal.861である。設計者のアルバート・ピゲは、カムの間にもうひとつ突起を設けて、無理矢理ブレーキを利かせたのである。そのブレーキの仕組みは乱暴だったが、これによってカム式は、コラムホイール式同様のブレーキレバーを持てるようになった。そして以降リリースされたカム式のクロノグラフムーブメントはスタート、ストップ(+ブレーキレバー)、リセットという機能を持つようになったのである。結果、機能面だけで見ると、カム式とコラム式の優劣は完全になくなったと言える。

 ちなみにカム式の最大のメリットは、複雑なコラムホイールを持たずに済む点にある。かつてこの部品は、プレスではなく削り出しで作るほかなかった。今ほど切削技術が発達していなかった90年代以前は、コラムホイールを削り出すことは、大変なコストだったのである。対してカムの場合は、板を打ち抜けば完成である。そのため製造コストを大きく抑えることができた。

ETA7750
ETA7750。初出1973年。ブレーキ機能を備えた、カム式の自動巻きクロノグラフである。部品の製造にプレスを多用することで、自動巻きクロノグラフながら、低コストで製造できるようになった。