ミドリフグさんのブログ

(一般に公開)

デッキウォッチの魅力 その22026年03月10日02:47
皆様ごきげんよう。

前回に引き続き、イギリス海軍のデッキウォッチ第二弾となります(笑)
ブランドは言うまでもなくZenithとなります。
早速本題に参りましょう(笑)


<英国水路部とは>
前回にも出てきました英国水路部(防衛省水路部)という組織。こちらは1795年に設立された英国海軍の組織で、海図や航海情報の作成を担う機関です。大英帝国の拡大とともに世界中で測量を行い、19世紀には数千枚に及ぶ海図を制作し、航海の安全に大きく貢献しました。
航海では船の正確な位置を知ることが不可欠であり、そのためには天体観測と正確な時間が必要になります。こうした背景から、航海において「時間」は極めて重要な意味を持っていました。


<グリニッジ天文台と英国海軍>
こうした航海の安全を支えたのが、正確な時間を刻むクロノメーターです。
1818年、グリニッジ王立天文台は海軍本部の管理下に置かれ、海軍で使用されるクロノメーターの試験や管理、整備などを担うようになりました。
ただし、これらの時計の運用は天文台だけで完結していたわけではありません。1928年の『Admiralty Manual of Navigation』によれば、王立海軍ではクロノメーターを管理するための配給拠点が世界各地の港に設けられており、グリニッジで試験された時計はこれらの拠点を通じて艦船へ支給され、定期的な点検や整備のために回収されていました。下記がその拠点リストであります(※は緊急用)。当時の英国がいかに大帝国だったかが伺えますね。

 ・ジブラルタル
 ・マルタ
 ・香港
 ・グリニッジ王立天文台
 ・喜望峰
 ・コルカタ
 ・ボンベイ
 ・バミューダ
 ・プリマス(※)
 ・ポーツマス(※)
 ・シアネス(※)


<HS刻印とその体系>
この個体を通してご紹介したい英国海軍デッキウォッチにまつわる事項として、「HS刻印」があげられます。写真2をご覧頂きたいのですが、本個体のケース裏蓋には「H.S.↑3」という刻印が刻まれています。この刻印は何を意味しているのでしょうか。
前回の記事にて、英国所有の物資にはブロードアローが刻印されていることについてご説明させていただきました。第一次世界大戦中、英国所有の物資の中でも、「海軍管轄の物資」であることを識別する表示として、ブロードアローに加え、「H.S.」 の文字が用いられるようになりました。このHSは「水路測量(Hydrographic Survey)」に由来するもので、当時グリニッジ王立天文台を拠点としていた海軍水路部長の管轄下にある海軍の業務を示すものでした。
H.S.の後ろには数字が続き、この番号で時計の種類を分類していました。以下が番号と分類になります。このHS刻印は英国海軍の航海計器に広く用いられました。

 ・H.S.1  クロノメーター(デテント式脱進機)
 ・H.S.2  クロノメーター・ウォッチ
 ・H.S.3  デッキウォッチ
 ・H.S.4  艦隊航空隊(Fleet Air Arm)計器盤マウント型時計
 ・H.S.5  測量艇用懐中時計
 ・H.S.6  ジンバル式クロノメーター・ウォッチ
 ・H.S.7  恒星時タイマー
 ・H.S.8  パイロット用腕時計
 ・H.S.9  艦隊航空隊用腕時計(クロノグラフ)
 ・H.S.10 潜水作業監督官(Diving supervisor)用腕時計 
 ・H.S.11 一般任務用腕時計

つまり本個体の刻印は「H.S.↑3」であることから、「英国海軍に所属していたデッキウォッチ」であることがわかります。そのまんまですね(笑)。上でご説明いたしました管理体系のもと、グリニッジ王立天文台で試験された後、英国海軍水路部によって運用されてきました。

前回の個体についてはこのHS刻印が刻まれておらず、本来はこの個体同様に刻まれているべきものと思われますが、戦中のゴタゴタによる打刻漏れや修理による交換等、何らかの理由で刻印抜けが生じてしまったようです。ただ、この刻印抜けは珍しいものではないようで、私が参照してきた資料たちにも刻印無しの個体が散見されました。


<この個体について① ~後期ダイヤル~>
前回ご紹介しました前期型の文字盤に対して後期型の文字盤はどうでしょう(写真2)。ぱっと見の印象としてはめちゃくちゃシンプルになりましたね(笑)。ロゴやブロードアローについては大きな変更点はなく、シリアルナンバーは6297です。
前期型は長いインデックスが用いられておりましたが、後期型はその特徴的な長いインデックスは鳴りを潜め、一般的な時計とさほど変わらない程度にまで短く変更されております。しかしながら、太さは以前と変わらず大変見やすいです。数字はより太く印字され、フォントがゴシック体のように変更されました。
また、凝視してやっと気づくレベルの変更ですが、針についても前期型と比べて太く、大きくと、僅かながらですが仕様変更がされております。
私の気付いた範疇での変更点は以上ですが、これだけで見た目の印象はガラッと変わりますね。もはや別物と言っていいです。


<この個体について② ~ケース・ムーブメント~>
ムーブメントは前期型と同様19‑34‑3‑T型で、シリアルナンバーは3286297。推定1939~1940年製(写真3)。偏心ディスクによる「精密調整緩急針」や受け板のブロードアロー刻印も健在です。
余談ですが、本ムーブメントはケース組み込み前に多くの個体がストックされ、数カ月から数年後にケーシングされることもあった関係上、文字盤のシリアルとムーブメントの時系列は必ずしも一致するわけではないようです。私が所有している個体たちについては奇跡的に時系列順ですね。

また、ケースにつきまして、これも上記でご説明いたしましたHS刻印がある以外は前期型と何も変わらないのですが前回の記事で私は「ニッケル製」と書いてしまいましたが、正確には「ステイブライト」という当時の耐食鋼製でした…申し訳ございません…


<この個体について③ ~木箱~>
さて次は木箱にスポットを当ててみましょう(写真1)
この個体は残念ながら前回ご紹介いたしました個体にあった管理用プレートは欠品しております。時計を固定するくぼみの部分の仕上げについても、前回の個体は革であったのに対し、こちらはスエード生地であることから後年の修復によって張り替えられたものと考えられます。

また、蓋裏面の革を固定するためのネジも、マイナスネジではなくプラスネジであることから、これも後年による修復によって交換されたものと考えられます。軍による補修なのか、払い下げられた後に民間によって補修されたのかを知る術はもはやありません(可能性が高いのは後者でしょうか)。

まぁ、海のド真ん中で使うものですし、そのような環境で30年もの年月を「一切修復無しのまま現役で運用し続けていた!!」と断言してくる方が逆に怪しいので、この程度の修復なら些細なことでしょう(笑)。こういった違いを観察し、歴史や来歴を考察(というか妄想、いや、現実逃避というべきか)するのもアンティーク時計の醍醐味ですね。


<この個体について④ ~校正記録~>
こちらは前回ご紹介したものと同様、校正記録用紙は健在で、この個体には「-12. FEB. 1977」と記入されており、1977年2月12日に校正が行われたことがわかります(写真1)。この個体もおよそ30年に渡り、途中クォーツ時計誕生を経てもなお使われ続けてきたことから、いかに軍から信頼されてきたかが伺えますね。


<次回予告>
さて今回は英国海軍のデッキウォッチ後期型についてご紹介させていただきました。

「なるほど文字盤の違いはわかった。では前期型と後期型、どちらが実用面で優れているのか?」
こうお思いの方も多いのではないでしょうか?
次回は両者を並べて比較し、その違いを詳しく見てみたいと思います。

この記事で少しでもデッキウォッチいいなと思った方はぜひまた次も読んでやってください~。
  • zenith

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本文
写真1
写真2
写真3
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