black_frogさんのブログ

(一般に公開)

高級機械式時計考➀ ~総論~2022年03月08日14:09
高級機械式時計と言えばスイスです。そのスイス時計業界は、1980年代絶滅の危機に瀕していました。原因はクォーツ式時計の開発と普及です。クォーツ式時計が普及すると、時計技術にノウハウがない企業であっても時計の製造が可能となり、人々は安価で正確なクォーツ式時計ばかりを求めるようになりました。機械式時計はどんなに精度を高めても、日差±2秒というのが限界ですが、クォーツ式時計は遥かに安価に生産できるうえ、月差±5秒という驚異的な精度を誇ります。こうした高精度かつ安価なクォーツ時計の台頭は俗に「クォーツショック」と呼ばれ、スイス時計業界は非常に苦しい状況に置かれることになりました。たとえば世界最古の時計ブランド、ブランパンは事業を一時休止、IWCは倒産寸前に。エルプリメロで一世を風靡したゼニスも機械式時計部門を売却。ドイツ時計の至高 ランゲ&ゾーネも休眠に陥ってしまいました。

しかし、スイスのウォッチマイスターも黙っていません。90年代から2000年代にかけて、様々なグループが再編統廃合を行い、機械式時計を新たなブランド価値として高めることに成功します。これに一役買ったのがスイスETA社です。多くのメーカーがETA社製ムーブメントを採用することで、開発・生産の効率化を図りました。このETA社製のムーブメントをそのまま使った時計を「エタポン(ETAをポンと載せるだけ、などと言った揶揄)」などと呼ぶこともありますが、多くのメーカーで採用、アレンジして自社製品仕様に仕上げています。さらに高級スイス時計の復権に拍車をかけたのがいわゆる「中国バブル」と呼ばれる世界規模の経済的パラダイムシフトで、周回遅れで中国人がロレックスをはじめとする高級ラグジュアリー時計を買い漁ったことで、世界的に一気に需要が高まりました。もともとほぼハンドメイドに近い生産体制を取る多くのスイス時計工房は、年産量に限りがあります。いわゆるマニュファクチュールと呼ばれる完全自社生産製品の需要は高まる一方です。

もう一つ、精度で劣る機械式時計ですが、クォーツ時計には望むべくもない「資産価値」という付加価値があります。ロレックス、パテックフィリップ、オーデマ・ピゲあたりの時計は需要が高まり続け、人気のモデルはもはや正規店では入手不能になりつつあります。特に日本で人気の高いステンレススティール(SS)製のラグジャリー・スポーツと呼ばれるジャンルは青天井の様相を呈しています。ほんの10年ほど前までは、並行店で定価+α、下手すると定価割れで買えるモデルも少なからずありましたが、現在では定価の数倍を支払わないと手に入らない状況になっています。また「ロレックスマラソン」という言葉があるように、欲しいモデルを求めて、複数の正規店を行脚するファンも居ますが、それでもSSデイトナなどの人気モデルはよほど強運の持ち主でもない限り、正規で買うのはほぼ不可能な状況です。手に入らないから欲しい、欲しい人が居るから並行価格が吊り上がるという構図で、これは世界的にどの国でも同じ傾向です。つまり、持っているだけでどんどん資産価値が上がる可能性があるのが今の高級機械式時計です。正に「身に着ける資産」と言っても過言では無いでしょう。

高級機械式時計に対し、個人的にもっとも魅力を感じる部分はやはり「日常的に所有欲を満たす」という部分です。高級機械式時計は、基本的にお風呂と寝る時以外は常時身に着けるモノです。仕事の合間、デートの合間に左腕に目をやれば、スイスの時計マイスターが魂を込めて作った至高の工業製品を堪能することが出来ます。裏スケルトンモデルであれば、さらに精緻なムーブメントの動きを観察したり、コート・ド・ジュネーブと呼ばれる美しい模様を目にする事が出来ます。左腕にスイス時計の歴史と伝統の重みを感じ、遠い彼の地のマイスター・スピリットに触れることが出来ます。時間が分かれば良い、という御仁はスマートウォッチで十分だと思いますが、高級機械式時計には他では得難いプラスアルファの価値観、世界観があると強く思います。そう、高級機械式時計は普段頑張っている自分への最大級のご褒美なのです。
  • 高級機械式時計

コメントを書く

本文
写真1
写真2
写真3
Chronos定期購読のお申し込み