時計づくりの観点から見るディテール

 何度かフランスに出掛けて、フランス車に乗る機会があった。その都度、感心させれっ放しだった。動力性能以上に、乗って快適だった点にである。その話を、あるフランス人にしたところ、フランスという国の自動車文化はそもそもアメリカや日本とは違うのだ、と言われた。

 夏になると、フランス人は長い休みを取り、バカンスに出かける。長距離を乗るし、渋滞もひどい。街に降りたら狭い石畳の道を抜け、どうにかこうにか、路上駐車のできるスペースを見つけて車を停める。せっかくのバカンスなのに、「もし車の出来が悪かったら、子供や妻の機嫌が悪くなる」。

 つまるところ、フランス車にとって重要なのは、乗っている人の機嫌を悪くさせない、ということらしい。では、何をもってフランス車らしいとするのか。その真髄、あるいは最上の例を、新しいDS 7 クロスバックに見ていきたい。

DS 7 クロスバック イメージ
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DSの思想がよく現れたシート。後部座席は高級セダン並みにくつろげるが、ドライバーズシートは、サイドサポートもしっかりしている。長距離を乗っても疲れにくい一因は、シートに使われるウレタンの味付けによる。高密度ウレタンが支える座面と背面は、フランス車らしくソフトな感触。しかし、デザインダイレクターのティエリー・メトローズ氏曰く「シートのウレタンを2層にした」とのこと。かつての高級車は、座面にココナッツやウレタンなどを載せ、その下にゴムのシートを張り、座り心地をコントロールしていた。対して今のDSは、ウレタンの硬さを変える手法で、それを再現してみせた。なお、このオペラ(内装オプション名)のシートには換気機能が付いている。毎時40㎥換気するというから自動車用としては優秀だ。シートの座面・背面に施されたパターンは、シャネル「J12」のブレスレットに触発されたもの。

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ダッシュボード中央に鎮座ましますクロック。フランス発祥のB.R.M社とのコラボレーションによるものだ。下のSTOP/STARTボタンを押すと、くるっとせり上がって現れる。文字盤全体が和紙のような仕上がりを持っており、ライトを付けるとわずかに光る。過剰に光らせないのは、ドライバーの気を散らさないため。また、時計はナビゲーションシステムのGPSと連動しており、事実上誤差はゼロだ。ただ、針に夜光塗料は加えるべきだろう。

 シトロエンから独立したDSブランドは、現在フランス随一の高級車、という扱いを受ける。そのため、デザインにはフランス的な要素が盛り込まれる。例えばシート。そのブロックパターンは、シャネル「J12」のブレスレットに触発されたもの。座面は一枚革だが、ステッチを入れて、つなぎ合わせたように見せる"キャピトネ"という手法が採用されている。理由は、「複数の革をつなぐよりも、1枚革のほうが座った感触が良くなるため」(メトローズ氏)。表革は肉厚のナッパレザー。しかし、ラッカーを弱く効かせてあるのが、ソフトな感触をよく残している。シャネルにせよエルメスにせよ、フランスはレザーのラッカー仕上げが非常にうまいが、この車も例外ではない。B.R.Mの時計も、やはりフランスっぽい要素のひとつ。モーター駆動のため針を動かすトルクは小さいが、肉抜きして面積を極大化した結果、視認性に優れる。リムジンとしても使われる同車らしく、この時計は後席からも時間がよく読める。なお、文字盤に"Chronographs"とあるが、これはB.R.Mがクロノグラフメーカーであるという意味。実際にクロノグラフ機能は付いていない。

細部に宿る仕上げという観点

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リアから見た造形。実用性を考慮して、全体のデザインはボクシーになっている。しかしデザイナーのメトローズ氏曰く「その分、リアに見せどころを設けた」とのこと。そのひとつが、LEDのテールランプ。小面積でより目立たせるため、樹脂の上にクロームメッキを施し、レーザー(!)でひとつひとつ切り出す新手法が採用された。なお、テールランプを囲む銀色の部品は当たり前ながら樹脂製。大きさといい形状といい成型はかなり難しそうだが、写真が示すとおり、面の歪みは極めて小さいし、ボディラインとの連続性も持たせてある。顔を映して鏡のように見えるのは、そもそもの加工が優れていればこそ。樹脂部品を扱わせても、フランス車はうまい。

 DS 7 クロスバック は、多くのプジョーやシトロエンと共通の、EMP2というプラットフォームを持っている。この軽量で堅牢な土台の上に、DSは高級車らしい構成と仕上げを盛り込んだ。ダッシュボードやドアパネルの張り出しを抑えたのは、おそらく閉塞感を嫌ったため。代わりにDSは、ディテールで高級感を添える。同車一番の見せ所は、リアからサイドに向けてのデザイン。購入層を考えて、フロントのデザインは抑えているが、リアには抑揚を効かせてある。テールランプ周囲の、樹脂部品の仕上がりに注目。ボディラインと一体化させたような面構成を持つ。また、ドアノブやフロントグリルに見られるギヨシェパターンを、テールランプにも採用する。

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DS 7 クロスバックの隠れモチーフが「ギヨシェ仕上げ」である。フランスの時計師、アブラアン-ルイ・ブレゲが多用したこの仕上げを、DS 7 クロスバックは至るところに用いている。これはドアノブを写した1カット。素材は樹脂で、仕上げはペイントだが、写真の示す通り、緻密な見た目を持つ。DSらしいのは、立たせすぎない程度にエッジを残してあるため、強い光源下でも乱反射しない点。デザインを優先した車にありがちな、乗って疲れるという要素を徹底して排除している。なお、ドアノブ周囲に見えるのは、縫い目だけを丸状に出したパールステッチ。メトローズ氏曰く「このステッチは、フランスのレザーメーカーと4年かけて共同開発したもの。詳細は企業秘密」とのこと。これも、ありきたりの平面や仕上げを嫌うDSらしいディテールだ。

トータルパッケージという評価軸

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これぞフランス車。夏のバケーションで重要なのは、できるだけ太陽光を浴びること。DS 7 クロスバックはリアウィンドウの面積を広く取るだけでなく、オプションとして巨大なサンルーフを設けている。今のSUVにありがちな閉塞感は皆無。高い座面と合わせて、優れた見晴らしと開放感が得られる。また、サンルーフの前には風の巻き込みを抑えるバイザーが付いており、開けた状態でも後席への風の巻き込みは少ない。

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DS 7 クロスバックは、SUVのナリこそしているが、高級セダンとして使えるキャラクターを持っている。歴代シトロエンのフラッグシップモデルがフランス大統領御用達であったゆえんだ。それを示すのが、ドアの作り込み。ドアの下面は、サイドシルを覆うようにデザインされている。そのため、雨の日に乗り込んでも、タキシードやロングドレスの裾を汚すことがない。また、内張りの張り出しを抑えてあるため薄く、最近のSUVにありがちな閉塞感もない。

 DS 7 クロスバック は、ドライバーズカーとしてだけでなく、人を乗せても楽しい車である。窓やサンルーフが大きく、ダッシュボードやドアパネルの張り出しを抑えてあるため、閉塞感がないのだ。なるほど、これならば、渋滞に捕まっても妻や子供の機嫌が悪くなることはないだろう。リアシートは32度までリクライニングできる。フロアトンネルがないため、後部座席の床はフラットだ。また、ドアがサイドシルを覆うような形状をしているため、どんな環境下でも、乗り降りの際に服を汚さない。つまり、雪道を走ったあと、そのまま子供をピアノの演奏会に連れていける。

 そして、DS 7 クロスバックの最大の見どころが、サヴォアフェール、つまり職人技である。ソフトな感触を残しつつも、滑りづらいナッパレザーのシートや、内装のいたるところに用いられたパールステッチ、部分的に採用されたポリッシュラッカー仕上げのドアノブなど、乗員がくつろぐ空間として、上質感が与えられている。こういった質への配慮は、例えばカーペットの厚みからもみてとれる。その厚みは、一般的なモデルに比べると2倍以上。加えて重くすることで、足元への振動を抑えている。またリアトランク内のスペアタイヤが収まる部分は、荷室から2枚のパネルで隔てられており、さらにカバーを開けると、カバーとボディパネルの接触部には、丁寧に制振シートが張られている。これらは騒音への配慮である。 加えて、アヴァンギャルドな仕立てになっているのも、いかにもDSである。しかし、操作感を無視していないのはさすがにフランス車。モニター下部のスイッチは、シフトノブに腕を置くと、自然と操作できるようになっている。

DS 7 クロスバックは後部座席も魅力的だ。あえて平板に整形したため5人掛けが容易なうえ、電動でリクライニングが可能で、通常は23度、最大32度まで倒せる。もちろん、フランス車の常として、座面と背面の感触は実に良い。一見硬そうに思えるが、体圧の逃し方が均等なため、長時間乗っていても疲れない。また揺れた際、サスペンションと違う挙動を示さないため、乗員に不思議な一体感を与える。DSが採用した、2層ウレタンの効果は顕著だ。また、フロアトンネルの張り出しがないため足元の窮屈感もない上、サイドシルとフロアが同じ高さにあるため、乗り降りも容易である。メトローズ氏曰く「乗降性を考えてこのようなフロアの設計にした」とのこと。

 さて結論である。SUVというなりを持ちながらも、実は高級セダンという構成を持つDS 7 クロスバック。随所に盛り込まれたフランス的なデザイン、この価格帯では考えられないサヴォアフェール、加えてアヴァンギャルドな造形はたしかに魅力的だ。しかし、より重要なのは乗り心地や感触、視覚といったすべての要素が、乗員、とりわけドライバー以外の人たちをも満足させるように作り込まれている点にある。もしあなたが、奥さんや子供の機嫌を取りたくなったら、この車に乗せて、遠出に連れて行くことをお勧めする。乗り心地の良さや、明るい室内、細かな作り込みは、きっと彼ら・彼女らを喜ばせるだろうから。それともうひとつ。この車の全幅は1900mm近いが、見切りがよく、回転半径が小さい。ドライブに疲れた際、彼女や妻に運転を代わってもらえるのも、実はDS 7 クロスバックの大きな魅力なのである。

MOVIE

諸 元

[SPECIFICATIONS]

DS 7 クロスバック

前長4590×全幅1895×全高1635mm、ホイールベース2730mm、車両重量1700kg、直列4気筒DOHCディーゼルターボ、総排気量:1997cc、最高出力130kW(177ps)/3750rpm、最大トルク400Nm/2000rpm、トランスミッション8速AT、駆動方式FWD、サスペンション形式前マクファーソンストラット×後マルチリンク、前ベンチレーテッドディスク×後ディスクブレーキ、タイヤサイズ前後235/45R20、562万円(税別)。

DS コール 0120-92-6813

ドライバー目線での「DS 7 クロスバック」試乗インプレッション記事と動画は、GENROQ Webよりお楽しみください。
「DS 7 クロスバック」に見る日常的ラグジュアリーの真価。

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