Apple Watch最新作(2023年)、Series 9が示した新時代の評価基準。アップルの長期製品戦略は電子デバイスの常識を覆す

FEATUREウェアラブルデバイスを語る
2023.10.08

2023年秋、第9世代となる「Apple Watch Series 9」が登場した。当コレクションは機能的な進化を果たすのみならず、ウェアラブルデバイスにとって新時代の評価基準を示している。

Apple Watch Series 9

Apple Watch Series 9
リチャージブルリチウムイオンバッテリー。通常使用時の駆動時間約18時間、低電力時約36時間。縦45mmもしくは41mm。50m防水。アルミニウム製ケースモデル:5万9800円(税込み)。 ステンレススティール製モデル:11万7800円(税込み)。
本田雅一:文
Text by Masakazu Honda
[2023年10月6日公開記事]


ウェアラブルデバイスにとって、新時代の評価基準を打ち出すApple Watch Series 9

「Apple Watch」はアップルというブランドにとって、もっとも重要な製品になりつつある。

 iPhoneが生活の一部として浸透し、ある種、“透明な”デバイスとなる一方、Apple Watchはとりわけ若い世代(学生時代はお下がりの端末や高校時代に同じ端末を使い続けるといったことが多いはずだ)にとって、自分自身の予算内で手が届く唯一のアップルデバイスという場合も多い。iPhoneとは異なり、通信契約が不要でペアリングするiPhoneさえあれば、自分の好きなApple Watchを入手し、さまざまな場面でライフスタイルを少しづつ便利にし、iPhoneをはじめとする他アップル製品の体験を高めてくれる。

 Apple Watchは“アップルブランド”を体験し、アップルがどのような製品やサービスを提供しているのかを感じてもらう若年層ユーザーとのファーストコンタクトの場、というとやや言い過ぎだろうか。しかしこの製品シリーズの“売れ方”やアップル自身が施すアップデートの手法は、かつての電子デバイスにおける常識を打ち破り、新しい時代の評価基準を設定しようとしている。


“進化したこと”よりも“変わっていないこと”の方に驚かされたSeries 9

 2023年秋の新製品で9世代目となる「Apple Watch Series 9」が発売された。昨年、新たに追加された「Apple Watch Ultra」も「Apple Watch Ultra 2」に更新されている。

 23年は6月に開催されたイベントで、Apple Watchに搭載するwatchOS 10というOSが、ユーザーインターフェイスのアプローチを大きく変えた過去最大のアップデートになる、と予告されていたこともあり、今年は“大きなモデルチェンジになる”というのが、業界のおおかたの予想だった。

 watchOS 10は機械学習処理によって、ユーザーに知らせるべき情報に優先順位をつけながら、順番に多様な情報を並べつつわかりやすく見せるようになる。Digital Crownをくるっと回すだけで、その日の予定や気候、その時点における活動量などをわかりやすく順番に表示してくれる。

Apple Watch Series 9

鳴り物入りで登場した、Apple Watch Series 9。従来の基本コンセプトはそのままに、“ダブルタップ”機能が搭載され、またディスプレイの明るさも向上している。しかし、外装は従来品を踏襲しており、アイコニックなデザインだ。

 限られた画面サイズとユーザーインターフェイス要素のスマートウォッチでは、こうしたAI的な機能の振る舞いが、使いやすさを大きく左右する。発売した頃には考えられなかったスマートウォッチ単体での機械学習。それが当たり前になった現在は、ユーザーインターフェイスを刷新するにはちょうどいいタイミングだったと言えよう。

 もっともSeries 4以降、すべてのApple Watchで動作する上、基本的な操作のコンセプトに変化はない。過去のApple Watchユーザー含め、自然に受け入れられるはずだ。

 その上で、Series 9とUltra 2ならではの機能として、次のマイナーアップデート(watchOS 10.1)で追加される予定なのが“ダブルタップ”。これは人差し指と親指を二回合わせる仕草をするだけで、Apple Watchを操作するというもの。この操作にも機械学習が効果的に取り入れられている。

Apple Watch Series 9

Apple Watchの利便性を大きく向上させた、Series 9の“ダブルタップ”機能。地味だが、着実に進化していることがわかる。

 ダブルタップを的確に検出するため、Apple Watch Series 9とUltra 2に搭載されるS9というシステムパッケージでは、従来よりも処理コアが2倍に増えた新しい機械学習専用回路が搭載されている。この回路はジャイロスコープ、加速度センサー、心拍センサーなどが拾う情報を分析し、ダブルタップがなされたかどうかを自動検出する。

 たったこれだけのことだが、使い勝手はあらゆる面で変化した。

 盤面を表示させダブルタップさせると、機械学習で優先順位が決められた通知情報が表示され、ダブルタップを繰り返すことで次々にスクロールさせられる。着信時もダブルタップで応答し、音声をテキストに変換してダブルタップで返信。典型的なシナリオは、ダブルタップと音声操作だけで完結する。

 しかし今年の発表でもっとも感銘を受けたのは、機能や性能といった面での進化ではなく、進化を続けながらも”変わらない価値”を保とうとしていることだった。

 ハードウェアの進化は小さくない。上記以外にもディスプレイの明るさが2倍となって屋外での視認性が高まるなど、内蔵するS9以外の要素も最新技術に更新されている。ところが、watchOSが最大のアップデートを果たし、ハードウェアも内部的には長足の進歩を果たしたにも関わらず、Series 9の外形は全く変わっていないのだ。


“タイムレスな価値”と電子デバイス

Apple Watch Series 9
Apple Watch Series 9
アイコニックな外装は変わらないが、ケースやバンドを変えることで、気分によっていろいろなスタイルを楽しめる。サイズは41mmまたは45mmがラインナップされている。

 Apple WatchはSeries 4で現在の外形となり、Series 5で常時点灯モードを追加。Series 6でディスプレイの表示範囲が拡大され、心電図を取得する機能を追加。Series 7で血中酸素ウェルネスデータのセンサーを追加し……と前進してきたものの、大多数の機能や価値はそのまま引き継いでおり、OSの更新とともにほぼ同様の体験を提供し続けている。

 すでに6世代にまたがって最新の使いやすさを提供しているのだから、そろそろ次のステップに進んでもおかしくはない。実際、Apple Watchに専用ケースやバンドを提供しているメーカーからは、今年は外形が変化し、それまでの製品ではアクセサリが使えなくなるかもしれないと懸念の声も漏れていた。しかしアップルはApple Watchにタイムレスな価値を提供する、という極めて難しい挑戦を変わらず続けている。ここまで大きく変化した(電子デバイス的には大きなステップだった)Series 9で外形を変えず、Series 4以降の全てのApple Watchで同じOSが使えるというのは、電子デバイスの常識から(良い意味で)大きく逸脱している。

Apple Watch Series 9

Nikeや、別売りでエルメスが手掛けたバンドも購入できる。タイムレスなスタイルの中でも、バンドによってApple Watchにユーザーの個性をアクセントとして加えられるだろう。

 無論、充電池で駆動する製品だけに、いつかは内蔵バッテリの劣化で修理が必要になるだろう。この製品が機械式時計と同じような、真の意味でのタイムレスな価値を持つ製品になっている、とは言わない。しかし、“いつ入手したとしても、十分に満足できるだけの長期的な満足度”を提供しようとはしている。毎年アップデートはされるものの、過去に出荷した製品でも製品そのものの価値は失われず、むしろ新しい時代に追従していく。

 これを電子デバイスの領域で継続することは、実はとても難しい。単純に新しいソフトウェアを提供し続ければ良いという話ではないからだ。

 毎年のように最新技術を搭載した新しいハードウェアを作りつつ、しかし前世代からの差分を”新しい価値を提供する”という部分に集約し、独自のソフトウェアで従来部分にアドオンしていく。従来から使われている機能部分に“新しい負荷”を加えないよう、機能の取捨選択や実現手法を選んでいるからこそ、新しい世代のApple Watchがより魅力的に輝く一方で、古い世代のApple Watchはその価値を減じない。


それでも新しい世代へと突入するApple Watch

Apple Watch Series 9

日常生活はもちろん、フィットネスでも利便性を発揮するApple Watch。今回、ダブルタップ機能をはじめとした各種機能の進化によって、ウェアラブル市場でも腕時計市場でも、いっそう存在感を示して行くことだろう。

 Apple Watchがタイムレスな価値を有しているのは、製品の設計とともに内蔵するチップを設計し、ソフトウェアを開発し続けてきた結果だ。外形デザインを変えなくとも売れ続けてきた背景には、まだウェアラブルデバイスというジャンルが十分に成熟していないこともある。

 今やウェアラブルデバイスだけではなく、腕時計業界全体を捉えても、Apple Watchは大きな勢力だが、実はその年間販売数の2/3が“新規ユーザー”である。腕時計という業界全体を考えた時、それでも1/3が“買い換えユーザー”というのは、製品サイクルの短さを表現しているかもしれないが、筆者はまだまだ勢力を伸ばす余地が大きいことを示した数字であり、アップル自身が意識しているように”買い換えサイクルが長い安心して投資できる電子デバイス”という商品像を表すものだと思う。

Apple Watch Ultra2
Apple Watch Ultra2
前述の通り、Apple Watch Ultraも「Ultra 2」へとアップデートされた。Ultraシリーズはスポーツウォッチで、タフな設計やスポーツに特化した機能を有することが特徴だ。防水性100mと、高速ウォータースポーツにも対応する。なお、Ultra 2にも、ダブルタップ機能が搭載されている。
通常使用時の駆動時間36時間、低電力72時間。Tiケース(縦49mm)。100m防水。12万8800円(税込み)。

 アップルは今後も、Apple Watchをブランドとして“安定した製品基盤”のもとに作り上げていくはずだ。今年、Apple Watchが製品の生産だけではなく、製品が使う電力も含めて“カーボンニュートラル”を実現したと発表したのも、同社が消費者との長期的な契約のもとにブランド価値を守ろうとする意識の高さを表現しているのではないだろうか。

 しかし、そうした普遍的な価値を提供しつつも、新しい技術トレンドはApple Watchを変えていき、いつか振り返るった時に“新しい製品へと切り替えたい”と考えるようになるだろう。アップルの狙いは、その”買い換えよう”と決断する瞬間にもまだ、使い続けてきた旧いApple Watchを手元に残しておきたいと思えるような長寿命の設計とすることで、ずっと顧客との良い関係を続けることだ。

 今回、機械学習を用いた機能が大きく進歩したことで、今後はAI機能を活用してウェアラブルを進化させていく方向が示された。1年ですぐにその成果が現れなかったとしても、いずれは違いを感じるだろう。

 “短期間で買い替えなくてもいい”ではなく、“いつまでも買い換える必要を感じさせない”。Apple Watchは、アップルと顧客の間に長期間にわたる良好な関係をもたらす媒介役にもなっている。

 このように突き詰めてみると、“外形が変わらない”ことを意識しているに違いないApple Watchだが、本質的には外見だけの問題ではないことが分かるはずだ。その中に詰め込まれた技術や製品を構築するコンポーネントの長期的な開発ロードマップに至るまで、綿密に計画されたものであることが透けて見えてくる。

 彼らに挑戦するのであれば、長期的な投資と戦略、市場へのアプローチが必要になってくるだろう。Series 4からの六世代をかけて実証してきたアップルと競合するのであれば、腰を落ち着けて向き合う必要がある。


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