ウォッチコレクションの新しい潮流。“ネオ・ヴィンテージ”

FEATUREその他
2024.02.10

かつてコレクターから高い評価を得られなかった、1980年代から2000年代にかけて製作された腕時計が脚光を浴びつつある。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、コレクターの間に起こりつつある新しい傾向を紹介する。

オークションシーン

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
[2024年2月10日掲載記事]


進みつつある1980年代〜2000年代に発表された腕時計の評価

 腕時計は、20世紀初頭に登場したばかりで、その歴史は決して長くはない。 しかし、コレクターにとっては、いわゆる“ヴィンテージウォッチ”と今の時代の腕時計に大きく分けることができる。“今の時代の腕時計”とは、新作と現行モデルを含む、クォーツ革命以降のスイス製高級時計メーカーの製品全般を指す。 これらの腕時計の大きな特徴は、高度な製造技術、ムーブメントの研究開発、そして多種多様な素材の採用にある。 他方、“ヴィンテージウォッチ”は技術や精度の観点からはやや劣るが、クラシカルなスタイルの古い腕時計をコレクションする方が趣があることは間違いない。

 過去40年の間に、“今の時代の腕時計”のデザインには大きな変化があり、新しいカテゴリーである“ネオ・ヴィンテージ”という概念が最近になってコレクターの間に出現した。 “ネオ・ヴィンテージ”とは、主に1980年代から2000年代初頭までの腕時計を指す。腕時計製造に用いられる技術やツールが大幅に改良され、より高い精度と耐久性を実現したものだ。審美的な観点から、過去100年にわたる伝統的な時計製造技術を踏襲し、“ヴィンテージ腕時計”のエレガントで落ち着いたデザインを継承している。 しかし、この種の腕時計は、20世紀末には新旧を問わず、コレクターの支持を得ることはなかった。

カルティエ タンク アシメトリック クロシュ

2023年11 月 27 日、ボナムズ香港ウォッチオークションにてタンク アシメトリックは25万6000香港ドル(約486万1440円、1香港ドル=18.99円、2024年2月6日現在、バイヤーズプレミアム含む、以下同)で落札され、クロシュは28万1600香港ドル(約534万7584円)で落札された。バイヤーズプレミアムを含む。
(左)カルティエ コレクション プリヴェ カルティエ パリ タンク アシメトリック ジャンボ Ref.2842
手巻き。18KRGケース。限定モデル番号 078/150。2000 年頃。
(右)カルティエ コレクション プリヴェ カルティエ パリ クロシュ Ref.2841
手巻き。18KRGケース。限定モデル番号 077/100。2000 年頃。

 “ネオ・ヴィンテージ”を熱愛するコレクターは、そのほとんどが自分の“ネオ・ヴィンテージ”腕時計をSNS上で共有することに熱心だ。そのため、“ネオ・ヴィンテージ”腕時計の露出や人気、注目度は高まりつつある。このような新しいコレクターは、過度に派手ではない、高い認知度を誇るシンプルで個性的な腕時計を選ぶ傾向にあり、彼らのセンスの良さを反映している。

カルティエ アシメトリック オリジナル

Archives Cartier Ⓒ Cartier
クロシュ リストウォッチ [1920]
資料を見る限りで言うと、カルティエが初めて製作した非対称時計がクロシュである。これは1922年に製造された個体。置き時計として使えるように、ケースの6時位置は平たく成形されている。なお、初期のクロシュは限定版だったと記録にはある。

 例えば、1998年に発表されたカルティエの「コレクション プリヴェ カルティエ パリ」(CPCP)は、過去の名作を現代的に再解釈したものである。 ボナムズ香港の11月の時計オークションでは、CPCPコレクションから「タンク アシメトリック」と「クロシュ」の2点が出品された。タンク アシメトリックは25万6000香港ドル(約486万1440円、1香港ドル=18.99円、2024年2月6日現在、バイヤーズプレミアム含む、以下同)で落札され、クロシュは28万1600香港ドル(約534万7584円)で落札された。オークション前の高額予想に近い価格で落札された。

 “ネオ・ヴィンテージ”の腕時計は、ヴィンテージと呼ばれる腕時計に比べて、コレクションへのハードルは高くない。また、長い時間をかけて研究する必要もなければ、メンテナンスにかかる費用も少ない。そのため自然と幅広い層に支持されている。 新品の腕時計に比べ、“ネオ・ヴィンテージ”は初心者にも経験豊富なコレクターにも “とっつきやすい ”腕時計なのだ。 オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」を例に取ると、新品のモデルはブティックにすら並んでいない。たとえ入手可能だったとしても、二次流通市場価格は高すぎてほとんどの人にとっては手が届かない。一方、“ネオ・ヴィンテージ”の腕時計は、オークションでもっと手ごろな価格で見つけることができる。 その良い例が、最近ボナムズで18万香港ドル(約341万8200円)で落札された2000年の「ロイヤル オーク アニュアルカレンダー」である。

カルティエ タンク アシメトリック 1936

Vincent Wulveryck, Collection Cartier Ⓒ Cartier
タンク ロザンジュ リストウォッチ [1936]
非対称を推し進めたのが、1936年の「タンク ロザンジュ」である。これはストラップを3本のラグで固定する「ロザンジュ ア ブリッド」。おそらく9リーニュの手巻きムーブメントを搭載していた。このケースの他にも、ふたつのラグで固定するモデルが製作された。

 23年の主要ブランドの新製品発表において、“スモールサイズ”や“ドレスウォッチ”というキーワードが徐々に戻ってきていることに気づくのは難しくない。 “ネオ・ヴィンテージ”のユニセックスなサイズ感、エレガントなスタイリング、そして信頼性の高い性能は、このトレンドに完璧にマッチしている。 実際、“ネオ・ヴィンテージ”の影響はすでにあらゆる規模のコレクターに及び始めており、今後数年のうちに、コレクションの対象として重要視されることになるだろう。


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
シャロン・チャンは、ボナムズに入社し、オークションビジネスに復帰する前の、2017年から18年の間に、個人でウォッチディーラーとクライアントコンサルタントを行い、専門家としてのキャリアを築いた。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの間に強力なコネクション持ち、アジアにおける腕時計市場拡大において重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から16年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、13年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、15年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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