いま、カルティエのヴィンテージウォッチが熱い理由

FEATUREオークション
2023.12.23

2021年以降、スイス時計輸出ランキングで2位を占めるカルティエ。現行モデルのみならず、ヴィンテージモデルがコレクターや時計愛好家から注目を集めている。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、近年開催されたオークションの結果とともに、カルティエのヴィンテージウォッチの市場動向を分析する。

カルティエ ヴィンテージウォッチ

© Cartier
シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2023年12月23日掲載記事)


時計コレクターがカルティエに注目する理由

 アメリカの金融機関、モルガン・スタンレーが毎年発表しているスイス時計輸出ランキングによると、2021年以降、長年2位だったオメガの座をカルティエが占有し続けている。この結果は驚くべきことではない。なぜならカルティエは、「タンク」や「ベニュワール」、「バロン ブルー」など、いずれのコレクションにおいてもひと目で「カルティエであること」が分かる認知度の高さを備えているためだ。ほとんどすべての腕時計時計コレクションで高い認知度を有しているのは、ロレックス以外では、高級時計業界全体を見渡した時、カルティエが筆頭のブランドである。

 こういった製品特徴は、近年、カルティエのウォッチメイキングが注力し、核としている価値観である。複雑機構を搭載したムーブメント開発に加え、カルティエは腕時計デザインのノウハウと卓越性を維持し、数々のプロモーション活動や展示会を行っている。この活動を通じて、時計コレクターはカルティエがそのスタイルや美学において、いかに卓越した存在であるかを認識するようになっているのだ。

 また、このカルティエの動向から影響を受けているのは、一次流通市場だけではない。カルティエは中古時計市場でも、大きな反響を呼んでいる。


中古市場で人気を博す、過去の名作

カルティエ クラッシュ

© Cartier
カルティエ「クラッシュ」
150個のダイヤモンドをセッティングした、クラッシュの限定モデルの一例。かつてケースの加工を手作業で行っていたクラッシュだが、現在では工作機械により精密な造形を実現している。手巻き(Cal.8970 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KWGケース×ダイヤモンド(縦38.45×横25.5mm)。非防水。完売。

 カルティエの数ある名作の中でも、近年の中古市場で高い人気を博しているのが「クラッシュ」だ。交通事故の熱によって変形した時計から着想を得たというクラッシュは、カルティエが時計製造の拠点をスイスに移したことで、現行モデルにはなくなった「London」や「Paris」表記を文字盤に備えており、熱狂的な需要によって22年のオークションでは、70万スイスフラン(約1億1661万3000円、1スイスフラン=166.59円、2023年12月20日現在)を超える落札価格を記録した。

カルティエ ペブル

カルティエ「ペブル」
2022年12月14日ロンドンで開催されたボナムズオークションに出品されたペブル。小石を模した丸みのあるケースやスクエア型ダイアルなど、シンプルながら独創的な意匠を特徴とするモデルだ。

 さらに、1972年に発表され、わずか6本しか生産されなかった「ペブル」も、近年の中古市場で人気を高める過去の名作だ。カルティエは2022年、ペブル誕生から50年の節目に、150本限定で復刻モデル「ペブル シェイプ」を発表した。この復刻モデルは需要が供給を上回り、釣られてオリジナルのペブルの相場もまた著しく上昇した。復刻モデルによって、あまり知られてこなかったペブルの存在が認知されたためである。同年12月に開催されたボナムズ ロンドンオークションでは、当初3万~6万スイスフランの落札予想価格だったペブルの落札価格が、24万ポンド(約4362万円、1ポンド=181.79円、23年12月20日現在)に迫る落札価格となった。

カルティエ ペブル

© Cartier
カルティエ「ぺブル シェイプ」ウォッチ
誕生から50年、2022年に復刻した150本限定のペブル。独特のケース形状を再現したこの腕時計は、発表から間もなく愛好家の手に渡った。手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYGケース(直径36mm、厚さ6.29mm)。非防水。世界限定150本。640万2000円。完売。

 しかし、コレクターの注目を集めているのは、クラッシュとペブルだけではない。とりわけ「タンク」は要注目だ。一見シンプルなコレクションのタンクは、誰もが好む黄金比で成り立つ美しいプロポーションを有しており、誰が身に着けても違和感がない。タンクをベースにさまざまなバリエーション展開できるということもあり、“万人受け”する、つまり多くのコレクターの心をつかむというのは、なおさらだ。

 ボナムズは23年11月末に秋のオークションを開催した。その中に、左右対称の伝統を打ち破り、ケースの両側のラインをずらすことで、タンク本来の直立した意匠を変貌させた「タンク アシメトリック」が出品されていた。同じくアシンメトリーなデザインを持ち、鐘から着想を得た「クロシュ」も出品された。クロシュはケース9時側が特別に厚くなっており、デスクトップに横向きに置くとミニチュアの時計台のように見え、カルティエのデザインにおける創造性が発揮されている。

 タンク アシメトリックとクロシュは、2年前に「カルティエ プリヴェ」コレクションの一部として生まれ変わった。しかしこの復刻モデルは限られた数しか生産されなかったため、時計愛好家やコレクターは本物のヴィンテージモデルを求めるようになった。ボナムズに登場したふたつのタイムピースは、バイヤーズプレミアム(落札者が支払う手数料)を含み、タンク アシメトリックが25万6000香港ドル(約470万5280円、1香港ドル=18.38円、2023年12月20日現在、以下同)、クロシュが28万1600香港ドル(約517万5800円)で落札された。現行の復刻モデルよりも低価格で評価されたことは落札の敷居を下げ、結果として競り合いが集中したことは間違いない。


「トゥッティフルッティ」が約1874万円で落札

 カルティエは王の宝石商として知られており、その宝飾時計も市場で高い人気を博す。

 1901 年、ピエール・カルティエはイギリスのアレクサンドラ女王のためにジュエリーをカスタマイズし、宝石に果実、葉、花の輪郭を彫り込み、明るく豊かな色を作り出した。

 それは「トゥッティフルッティ」と名付けられ、ほとんどのジュエリー関連書籍に掲載されているこのスタイルは、紛れもなくアイコニックなものであり、世界中のコレクターが長い間探し求めてきたアートジュエリーだ。「トゥッティフルッティ」は、主にブレスレットやネックレスのほか、ブローチやイヤリングに施されるが、腕時計に加工された例は稀である。

カルティエ トゥッティフルッティ

カルティエ「トゥッティフルッティ」ハイジュエリーコレクションRef.CFP709
2000年頃に限定1本が制作された、非常に稀少でユニークなレディースブレスレットウォッチ。サファイアとダイヤモンドがセッティングされている。2023年11月27日、ボナムズ香港ウォッチ&クロック・オークションにて102万香港ドル(約1874万7600円)で落札。バイヤーズプレミアムを含む。

 2023年11月のボナムズ香港ウォッチ&クロック・オークションでは、サファイアとダイヤモンドがセッティングされたトゥッティフルッティの時計が出品された。出品当時の落札予想価格はわずか50万~80万香港ドル。しかし、唯一無二の逸品として注目を集めた。

 カルティエ初期のタイムピースは生産数が少なく、同ブランドが注目されるにつれて、いっそう稀少性を高めている。あなたは幸運にも次のオーナーになれるだろうか?


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から2016年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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