モリッツ・グロスマン オーセンティックを貫くジャパンリミテッドの系譜(後編)

FEATURE本誌記事
2023.06.30

卓抜した技能を持つ職人たちによって、ハンドメイドのドイツ高級時計を生み出し続けるモリッツ・グロスマン。日本におけるモリッツ・グロスマンらしさの象徴となったのは、一貫してオーセンティックな印象を貫いてきた、リミテッドエディションだ。スモールメゾンだからこそ実現可能な小ロットの特別モデルの数々を見てゆこう。

Photographs by Takeshi Hoshi(estrellas : Watches), Yu Mitamura(Coverage Photos)
Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]


リテーラーリミテッド
[2017. 10]テフヌート ヒラノ リミテッド

テフヌート ヒラノ リミテッド

テフヌート ヒラノ リミテッド
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径36mm、厚さ8.32mm)。3気圧防水。限定数3本+1本。当時価格360万円(税抜き)。

 名古屋の「時計・宝飾 ヒラノ」別注モデル。当初は2016年発表のジャパンリミテッドと同じ3針仕様のエナメルダイアル版として企画されていたが、17年にテフヌートが第2世代のCal.102.1に刷新されたことを受けて、スモールセコンドの配置が6時位置となった。これは2番カナを用いた変則輪列を、通常のスモールセコンド輪列に改めたため。当初は3本のみの予定だったが、21年3月にリミテッドナンバー「0/3」(当時価格415万円:税抜き)が追加生産された。

テフヌート ヒラノ リミテッド

初の“ショップリミテッド”に搭載されたドンツェ・カドラン製のグランフー・エナメル。12時位置のローマンインデックスは、針色に合わせたブラウンバイオレットカラーとされた。


リテーラーリミテッド
[2019. 12]コーナーストーン アイアイ イスズ スペシャルエディション

コーナーストーン アイアイ イスズ スペシャルエディション

コーナーストーン アイアイ イスズ スペシャルエディション
手巻き(Cal.102.3)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWGケース(縦46.6×横29.5mm、厚さ9.76mm)。3気圧防水。限定数各1本。当時価格390万円(税抜き)。

 時分針と秒針で針色の組み合わせを変え、各1本(合計4本)が生産された「アイアイ イスズ」別注モデル。下地にサンレイ加工を施したシャンパンカラーのダイアルは、レイルウェイのミニッツトラックが収まる外周部分まで別体とした3ピース仕様とされている。目盛りのデカルクはマルーンカラー。写真のモデルは時分針をブラウン、秒針をさらに青味の強いブラウンバイオレット(ブルースティールよりは紫に近い)に焼き上げたバージョンとなる。

コーナーストーン アイアイ イスズ スペシャルエディション

3ピースのダイアル構造がよく分かるエッジ部分。スモールセコンド内の下地はサーキュラー、一段下げられた外周のミニッツトラック部分は、下地にブラスト仕上げを施している。


リテーラーリミテッド
[2021. 07]ベヌー 37 ISHIDA リミテッド

ベヌー 37 ISHIDAリミテッド

ベヌー 37 ISHIDAリミテッド
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径37mm、厚さ9.2mm)。3気圧防水。限定数3本。当時価格260万円(税抜き)。

 ベヌー 37 ジャパンリミテッドと同時に製作された「ISHIDA」別注モデル。日本向けに7個のみが確保できたスティールケースのうち3個が用いられた。マット調のケース仕上げとシルバーフリクションダイアルは共通だが、こちらはオリジナルベヌーと同じローザンジュ針をやや太めにリデザインして、ブラウンバイオレットカラーに仕上げている。手彫りの筆記体ロゴが施されるムーブメントの受けも、グラスヒュッテストライプからマイクロブラスト仕上げに変更された。

ベヌー 37 ISHIDAリミテッド

表面に銀粒子を擦り付けるシルバーフリクションダイアル。独特な“ベヌー書体”もすべて手彫り。彫金を担当するのは、グラスヒュッテでは特に著名なヘルムート・ワーグナー。


カスタマーリミテッド
[2019. 06]ユニークピース トゥールビヨン チタニウム DLC

ユニークピース トゥールビヨン チタニウム DLC

ユニークピース トゥールビヨン チタニウム DLC
手巻き(Cal.103.0)30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti+DLCケース(直径44.5mm、厚さ13.8mm)。3気圧防水。限定数1本。参考商品

 モリッツ・グロスマンのフラッグシップに相当するストップセコンド付きの3分間トゥールビヨンがベース。個人オーダーで製作されたユニークピースの中でも初期の1本で、特注されたDLC加工のチタンケースにブラックダイアルを組み合わせている。レギュレータースタイルの針位置は、3時位置にアワー、9時位置にスモールセコンド、センターにミニッツ。分針がキャリッジ上を通過する10分間はインダイアル間のアーチをカウンターウェイトが指し示す。

ユニークピース トゥールビヨン チタニウム DLC

個人オーダーによって別注されたDLCのブラックケース。製造はおそらく、他のスティールケースなどと同様のケースサプライヤーだろう。本来の18KWG製ケースも付属した。


カスタマーリミテッド
[2019. 01]ユニークピース テフヌート・ピュア DLC

ユニークピース テフヌート・ピュア DLC

ユニークピース テフヌート・ピュア DLC
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS+DLC(直径39mm、厚さ8.5mm)。3気圧防水。限定数1本。参考商品。

 39mmの「テフヌート・ピュア DLC」(2016年初出)をベースにした個人オーダーモデル。オーナーは「トゥールビヨン チタニウム DLC」と同人物のためか、ブラックケースでイメージを揃えている。DLC加工が施されたスティールケースのみを活かし、いわゆる“ピュア仕上げ”が施されていたCal.202.0を、第2世代テフヌートのCal.102.1に変更(いずれも2針仕様)。ダイアルは色鮮やかなカナリーイエロー。テフヌート(18KWG)用のグレーダイアルも付属した。

ユニークピース テフヌート・ピュア DLC

DLCのスティールケースとダイアルの基本デザインのみを活かしつつ、ムーブメントを丸ごと載せ替えているため、すでに“ピュア”の面影はない。これも個人オーダーの面白さだろう。


カスタマーリミテッド
[2022. 05]ユニークピース コーナーストーン

ユニークピース コーナーストーン

ユニークピース コーナーストーン
手巻き(Cal.102.3)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWG(縦46.6×横29.5mm、厚さ9.76mm)。3気圧防水。限定数1本。参考商品。

 本冊子の企画起ち上げ直前にようやく完成した、最も新しい個人オーダーモデル。18KWGケースのコーナーストーンをベースに、シルバーフリクションのダイアルを特注。ブレゲスタイルのアラビック、テフヌート ジャパンリミテッドに似たオリジナルのローマン、そして菱形のドット(バー?)が混在するクレイジーパターンのインデックスが面白い。ローザンジュスタイルの時分針は、ブラウンバイオレットに焼き上げられた。

ユニークピース コーナーストーン

ドット、ローマン、アラビックが混在するシルバーフリクションのユニークダイアル。担当する職人は高齢のため引退間近との噂もあり、今後こうした作品も少なくなってゆくだろう。


カール・フロイデンベルグ社のボックスカーフを使ったブティック限定ストラップ、製作進行中!

 モリッツ・グロスマンがブティックを構える東京・小石川の播磨坂周辺は、都内でも指折りの文教地区であると同時に、古くからの“印刷城下町”としての面影を残す。東京ブティックの圧倒的な天井高も、かつて用紙倉庫として使われていた当時の名残だ。同様の建物は多く、近年ではクラフトワークを手掛ける“職人の町”としての横顔も強くなってきている。

 ブティック近隣の白山に「永代製作所」を構える宮澤良太氏もそうしたひとりで、大塚製靴で腕を磨いた腕の良い靴職人。2014年に独立して浅草に工房を構えていたが、18年に白山に移転した。モリッツ・グロスマン日本法人の代表である工藤光一氏は、趣味の靴を通して宮澤氏と知り合い、その腕に惚れ込んだ。腕時計用のストラップを製作しようという話がまとまるまでに、そう長い時間はかからなかったようだ。

カール・フロイデンベルグ社のボックスカーフ

モリッツ・グロスマン ブティックと永代製作所のコラボレーションストラップは、表革にカール・フロイデンベルグ社のボックスカーフを使用。同社は1849年にドイツで創業した名門タンナーで、ボックスカーフの製作で著名だったが、ドイツの環境問題との兼ね合いで従来の製法が踏襲できなくなり、2000年に皮革産業から撤退。そのデッドストックは“幻の革”とも呼ばれている。ライニングはRoHS指令に対応したメタルフリーの皮革素材で、本作の他「NAOYA HIDA & Co.」の新作にも使用される。

「ブティック限定」の表革に選ばれたのは、なんとカール・フロイデンベルグ社のデッドストック。腕時計用ストラップの経験を持たなかった宮澤氏は、工藤氏から預かったオールドのストラップを分解してつぶさに製法を研究したという。出来上がった手縫いの試作品は、一見すると1960年代製の機械縫いのような雰囲気を持つが、実はその点こそが驚異的なのだ。

 例えば、下穴を開ける菱目打ちは最小幅が3mmだが、このストラップでは1.5mm。そのためミシンを用いるのだが、手回しではなく動力縫いだという。剣先のアール部分までピッチが揃っているのは、送りのスピードを微調整しているからに他ならない。また表側と裏側でステッチの向きが直線状に揃う点も技術力の証明だ。手縫いのサドルステッチならば、どちらかの面は縫い目が斜めになる。そうならないように、ステッチを締める力加減がコントロールされているのだ。

宮澤良太

モリッツ・グロスマン ブティックとの共同製作として初の腕時計用ストラップ製作に挑む、永代製作所の宮澤良太氏。本業はセミオーダーメイドの靴職人で、工房内にはワンストップでの製作に対応するための専用工具がずらりと並ぶ。独自の永代式グッドイヤーウェルトにも対応する出し縫い機のひとつは、フランクフルトのMOENUS社製で、昭和27年(1952年)納入のプレートが付いた非常に古い機械だが、今でも現役で稼働中だ。カール・フロイデンベルグ社のボックスカーフを用いるモリッツ・グロスマン用のストラップは、普通にオーダーした場合には1本10万円とも15万円とも言われているが、一般販売の予定はなく、16ページで紹介している「テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド」のブティック購入者のみに、サプライズ特典として配布されるという。なお永代製作所との腕時計用ストラップ企画には、その発案当初から「NAOYA HIDA & Co.」の飛田直哉氏も携わっており、自社新作向けのストラップも製作進行中とのこと。その仕様はモリッツ・グロスマン用とはまったく違ったものとなるようだ。

EVERLASTING/永代製作所

住所:東京都文京区白山4-35-12
営業時間:12:00~19:00(金曜~日曜、予約優先)
https://eidaiseisakujyo.tokyo/

永代製作所

白山通り沿いに工房を構える永代製作所。自社ブランドである「EVERLASTING」銘でパターンオーダーシューズの製作も手掛ける。ベースデザインは7種類で、製作期間は約2カ月。工房の1階にはショールームが併設されるが、来店時は要予約。


[2023 New Product Notice]
テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド

テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド

テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径36mm、厚さ8.32mm)。3気圧防水。限定数12本。予価550万円。
テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド

テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径36mm、厚さ8.32mm)。3気圧防水。限定数30本。予価396万円。

「テフヌート 36」にローマ数字のシルバーフリクションダイアルを搭載した新しいジャパンリミテッド。極めて細身なヴィンテージ針と19世紀のオールドロゴを組み合わせ、さらにムーブメント上のエングレービングを筆記体仕様とした日本人好みのディテールが、柔らかな雰囲気のテフヌートケースにマッチする。テフヌート 36では初となるSSケースもラインナップされ、針とムーブメントのネジ色は18KRGケースがブラウンバイオレット、SSがブルースティールとなる。

テフヌート 36 シルバーフリクション ジャパンリミテッド



[モリッツ・グロスマン ブティック]
東京都文京区小石川4-15-9 Tel.03-5615-8185
www.grossmann-uhren.com

[正規取扱店]
日本橋三越本店 Tel.03-3241-3311
伊勢丹新宿店 本館5階 Tel.03-3352-1111(大代表)
ISHIDA表参道 Tel.03-5785-3600
HANDA Watch World 銀座ギンザGINZA店 Tel.03-3563-3358
時計・宝飾ヒラノ Tel.052-935-5278
アイアイ イスズ Tel.087-864-5225
WING金沢店 Tel.076-223-5582


少量生産時計はここを見ろ!ポイント別マイクロメゾン指南書

https://www.webchronos.net/features/83374/
ドイツ時計産業の祖、時計師カール・モリッツ・グロスマンの生涯

https://www.webchronos.net/features/90941/
モリッツ・グロスマン ハンドメイドウォッチを生み出すマイスターたちの手仕事

https://www.webchronos.net/features/39102/