カルティエ/パシャ Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2023.12.21

1985年にお披露目された「パシャ ドゥ カルティエ」は、78年の「サントス ドゥ カルティエ」で軌道に乗った同社の時計作りを、もうひとつ上の階層に引き上げるものだった。スポーティーな外観と、大振りなケースを持つ本作は、新しい層に訴求しただけでなく、複雑時計のベースにも向いていた。以降カルティエの成熟と共に、「パシャ」はアイコンとして成長を遂げることとなる。

パシャ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
Special Thanks to Shota Kamata
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]


カルティエ防水時計の始祖、その発展

 1970年代半ば以降、ウォッチビジネスでも成功を収めたカルティエは、現代的でハイエンドなコレクションを追加しようと考えた。アーカイブから見出されたのが、1940年代の防水時計である。丸型で、防水性能が高く、そして大振りなケースは、今までのカルティエらしからぬものだった。こうした経緯を経て1985年に発表されたのが、やがてアイコンのひとつへと成長を遂げるパシャである。

1943年製のカルティエの防水ラウンドウォッチ

防水ラウンドウォッチ
「パシャ ドゥ カルティエ」の明らかな原型となったモデル。リュウズカバーといったディテールも、現行モデルまで引き継がれている。1943年製。手巻き(Cal.437、ジャガー・ルクルト製)。15石。1万8000振動/時。18KYGケース。防水。カルティエ蔵。

 1845年に創業したカルティエは、19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて最盛期を迎えた。しかし、第2次世界大戦後に、創業家の中興の祖たちが亡くなり、経営権が分散すると、徐々に勢いを失っていった。もっとも、そんな中にあっても、カルティエのネームバリューは決して小さくはなかった。

 同社に目を付けたひとりが、ガスライターメーカー「シルバーマッチ」の創業者だったロベール・オックである。彼は1968年にカルティエ・ブランドのライセンスを得て高級ライターを製造し、大きな成功を収めた。オックの右腕となったのは、後にカルティエ・インターナショナルの会長とリシュモン グループの副会長を務めるアラン・ドミニク・ペランである。69年に、オックはペランを、カルティエのライター製造会社であるブリケカルティエに招聘し、同社の経営を委ねるだけでなく、買収を検討しているカルティエ・パリの新しい事業計画を求めた。ペランがまとめあげたのが、後のカルティエの方針を決定づける「赤本」だった。

 ペランの新しさは、ピエール・カルダンやシャネルといったコンペティターに成功をもたらした、ライセンスビジネスの否定にあった。「(私が赤本に書いた)マーケティングプランには多くの揶揄が寄せられ、誰もがリトル “レッド・ブック” と呼んでいました」(『Indestructible Cartier』2018年7月4日の記事より)と彼は述べたものの、ブランドの誕生から流通に至るまで、すべてを自社で管理するというペランの意図は、やがてカルティエに成功をもたらすこととなる。

 72年、オックはカルティエ・パリを買収し、翌73年には安価なラインの「レ マスト ドゥカルティエ」を発表した。ペランはこう語る。

「(76年に)マスト ドゥ カルティエ タンクを含む、シルバーの金メッキを施したマストウォッチを発表しました。(中略)私がカルティエに入社した当時、カルティエは年に3000本の時計を販売していました。それが70年代の終わりには、16万本を超えるまでになったのです」(『Indestructible Cartier』)

「レ マスト」に続いて、カルティエは「サントス ドゥ カルティエ」をリリース(78年)。このモデルはさらなる成功を収め、カルティエは時計メーカーとしての地位を築き上げた。加速させたのが、85年発表の「パシャ」(現パシャ ドゥ カルティエ)である。「パシャ」に対するペランのコメントはないが、何を込めたのかは、それぞれのモデルに明らかだ。

パシャ 38mm

パシャ 38mm
「パシャ」のファーストモデルがゴールド製の38mmと35mmモデルだ。前者にはグリッド付きも存在した。最初期型は裏蓋に製造年が刻印されている。搭載するのはおそらくカルティエ049ことETA2892。自動巻き。18KYGケース(直径38mm)。100m防水。カルティエ蔵。

「パシャ」の原型は、32年にマラケシュの太守であるエル・シャヴィの要望で作られた防水時計とされている。もっともこのモデルは現存していないため、直接のモチーフとなるのは、43年のモデルとなる。

 85年モデルのデザインを手がけたデザイナー名は不明。ジェラルド・ジェンタという記述を見かけるが、これはおそらく誤解だろう。多くの関係者が認めるように、92年以前、カルティエは時計の製造と組み立てをすべて外部に依頼していた。コンプリケーションの製造を担ったひとつが、ほぼ唯一の複雑時計工房だった、ジェラルド・ジェンタ社だった。

歴代「パシャ」のスケッチ

歴代「パシャ」を描いたスケッチ。中心に見えるのは、1943年製の防水ラウンドウォッチである。1985年の「パシャ」(右上)は、回転ベゼルを加えることで、「パシャ」をモダンなスポーツウォッチに変容させた。幅の広いベゼルと、一目で分かるブルーストーンをあしらったリュウズカバーが、「パシャ」をアイコンにした一因だった。

 事実、ジェンタのパートナーであり、ジェラルド・ジェンタ社の経営に携わっていたエヴァリン・ジェンタはこう述べている。「ジェンタは永久カレンダーが大好きでした。また、永久カレンダーに描かれている空と月を、ラピスラズリやゴールドなどの貴金属で作ることにこだわっていました。同じようなものとしては、カルティエの「パシャ」しかありません。理由は、私たちが「パシャ」を製造していたため、です」(『WRISTCHECK』2022年3月15日の記事より)。確かにジェンタは「パシャ」に関わったが、それはデザイナーとしてではなく、メーカーとしてだったのだ。

 ジェラルド・ジェンタ製の豪華な永久カレンダーやゴルフカウンター付きのモデルが象徴するように、当初の「パシャ ドゥ カルティエ」は、明らかにハイエンドなコレクションに位置づけられていた。もっとも、カルティエの成長に伴い、パシャは徐々に性格を変えていった。

パシャ C

パシャ C
95年に加わった廉価版のパシャが、直径35mmで、ステンレスケースを持つ「パシャ C」だった。リュウズキャップのブルーストーンが省かれたほか、ブレスレットの仕上げも簡素だ。自動巻き(Cal.049)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース。参考商品。

 それを象徴するのがケース素材である。発表以来、18Kゴールド製のケースのみだった「パシャ」は、1990年にはステンレスケースを加えるようになった。そして95年には、35mmサイズのSSモデルが、より手の届きやすい価格の「パシャ C」となった。理由のひとつは、70年代以降カルティエを支えてきた、廉価版の「レ マスト ドゥ カルティエ」を置き換えるため、と言われている。

 以降も「パシャ」は変化し続けた。2005年の「パシャ42mm」は、ジャガー・ルクルト製のCal.8000(このムーブメントの設計はカルティエによるもの)を載せたハイエンドなモデルとなった。それを促したのは、カルティエの内製化だ。1992年にようやく時計工房を設立したカルティエは、2000年に、スイスのラ・ショード・フォンに延べ3万2000㎡の新工房を完成させた。42mmの「パシャ」は、カルティエの進化がもたらしたものだったのである。

パシャ 42mm

パシャ 42mm
2005年に発表されたのが、オリジナルを思わせる「パシャ 42mm」である。ジャガー・ルクルト製のCal.8000を搭載するほか、ギヨシェ模様をあしらった文字盤を持つ。自動巻き。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KYGケース(直径42mm)。30m防水。参考商品。
パシャ シータイマー

パシャ シータイマー
「パシャ」の高級化に伴い、ベーシックな「パシャ C」はよりスポーティーな方向に向かった。スポーティーさを強調したのが本作だ。自動巻き(Cal.049)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径40.5mm)。100m防水。参考商品。

 2006年の「パシャ シータイマー」も同様である。40.5mmという大きなケースに、高い気密性と逆回転防止ベゼルを備えた本作は、外装の内製化に取り組んできた、カルティエの帰結だった。

 ハイエンドなコレクションとして生まれ、時代に応じて姿を変えてきた「パシャ ドゥカルティエ」。2020年の最新作で打ち出されたのが、シチュエーションを選ばず使える高級時計という、「パシャ」本来の姿である。

2022年モデルの「パシャ」のスケッチ

2022年に加わったのが、グリッド付きの「パシャ」である。デザインは既存のモデルに近いが、切り欠きで固定するグリッドは、圧力で押し込む形に変更された。また、1985年のファーストモデルに比べて、ベゼルも細身になった。



Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


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