ダイバーズウォッチ保守点検のススメ。酷使されがちなツールの正しいアフターメンテナンス

FEATURE本誌記事
2024.03.15

潜水という過酷な環境で実際に使用するダイバーはもちろん、ダイビングとは縁のないユーザーですらもその高い防水性能への信頼感からか、ついつい酷使しがちなダイバーズウォッチ。実際のところ、ダイバーズウォッチ固有の正しいメンテナンス周期や取り扱い方法は存在するのだろうか?

ダイバーズウォッチ

吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
細田雄人(本誌):取材・文
Text by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年9月号掲載記事]


ダイバーズウォッチを長持ちさせるための各社の取り組み

 ダイバーズウォッチは何回の潜水でオーバーホールが必要になるのか、疑問に思う人は多いだろう。しかし本記事の執筆に際して、いくつかのメーカーに問い合わせてみたが、いずれも「状況により異なるため明言できない」という趣旨の回答しか得られなかった。時計の防水性能はケースの隙間から水の浸入を防ぐ役割を持つパッキンによって保証されるが、これは使用頻度や日頃の保管状態にすら左右される要素だ。各社の反応は当然であろう。では、指針と言えるものがない中で、ダイバーズウォッチはどのように扱うべきなのだろうか。

 実のところ、ダイバーズウォッチでも防水時計でも基本的な扱いは同じだ。いくら防水性能が高いとはいえ、時計に付いた汗の放置や高温多湿の場所での保管は、やはりパッキンを傷める。使用後は乾いたタオルで拭くべきだし、風通しの良い場所で保管するべきだ。ダイバーズウォッチを所有し、実際に潜水をするというのならば、日常からパッキンをいかに摩耗させないか注意を払い、定期的にメンテナンスをするしかない。


摩耗しやすいリュウズのパッキン

ダマスコ「DSUB1」

ダマスコ「DSUB1」
潜水艦が採用するサブマリンスチールをケースに用いる。同素材は高い耐食性と硬度、そして弾性を併せ持つ。また、残留磁気を帯びないため、ダイバーズウォッチのケースとして理想的な素材のひとつだ。自動巻き(Cal.ETA2824-2)。25石。2万8800 振動/時。パワーリザーブ約38時間。サブマリンスチールケース(直径43mm、厚さ12.9mm)。300m防水。29万1500円(税込み)。(問)ブレインズ Tel.03-3510-7711

 時計で使用されるパッキンの中で、摩耗具合が使用方法に影響を受けやすい箇所として挙げられるのがリュウズだ。主ゼンマイの巻き上げや時刻、日付調整など事あるごとに引き出して操作をするためである。摩耗しやすいこのパッキンを保護すべく、独自のアプローチを採るのがドイツのダマスコだ。同社のダイバーズウォッチ「DSUB1」は、リュウズとプッシュボタンに「ガスケットシステム」と呼ばれる防水機構を採用している。

ダマスコの「ガスケットシステム」

ダマスコの「ガスケットシステム」。緑がパッキン、オレンジが「ダマスコ潤滑油セル」。ふたつのパッキンの間にオイルが満たされているため、パッキン収縮時の摩擦が抑えられる。また水中ではオイルと水圧でパッキンが潰されるため、リュウズをねじ込まなくても一定の防水性能を得る。

 これはふたつのパッキンの間に潤滑油で満たされた空間を作ることで、圧入時の摩擦を減らすというもの。摩擦が抑えられるため、当然パッキンの摩耗も最小限に留められる。加えて水圧がかかるシチュエーションでは水と潤滑油、ふたつの圧力がパッキンを潰してくれるため、リュウズをねじ込まなくとも防水性能は担保されるのだ。また、このガスケットシステムはプッシュボタンにも取り入れられている。つまりダマスコは水中でもクロノグラフの操作が可能なのだ。

3ピースケースのねじ込み式裏蓋

3ピースケースのねじ込み式裏蓋。ミドルケースと裏蓋にネジを切り、間にパッキンを噛ませ、潰すことで気密性を高める。このパッキンが経年劣化している場合はスペック通りの防水性能を発揮できなくなるため、潜水前の防水検査を推奨しているブランドもある。


取り外し式チューブにも要注意

 リュウズ回りでメンテナンスが防水性能と直結する場所がもう1カ所ある。取り外し式のチューブだ。かつてのダイバーズウォッチは水の浸入を防ぐため、チューブをロウ付け、もしくは溶接していた。しかしパッキンの質が向上し、品質が安定するようになると、取り外し式のチューブでも防水性能が与えられるようになったのだ。3900m防水のロレックス「オイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー」のチューブが交換可能であることからも、防水性能の点で問題はないだろう。チューブを取り外し式にすることで得られるメリットはなんといってもメンテナンス性の向上だ。岩場に時計をぶつけてしまうなど、チューブが破損してしまった場合、溶接では再溶接や最悪ケース交換の必要が出てくるが、取り外し式の場合はチューブ交換で対応できるのだ。

 では一体型のチューブにメリットがなくなったのかと言えば、決してそんなことはない。パッキンの点数が増えれば、それだけ経年劣化時の浸水リスクが高まる。そのためプロフェッショナルツールであるダイバーズウォッチのリュウズチューブにはロウ付けが必須という認識を持つブランドは珍しくない。ISO 6425の2018年基準にいち早く対応したシチズンが、すべてのダイバーズウォッチでチューブを溶接している理由だ。

ダマスコのリュウズ

ダマスコのリュウズは巻き真の付け根が可働するような設計がなされている。リュウズに衝撃が加わった際はリュウズが折れることでその力を吸収するのだ。結果、チューブにはダメージが伝わらない。ダマスコのリュウズチューブは溶接ではなく、取り外し可能なタイプだが、とはいえチューブ交換と巻き真交換ならば後者の方が手間もコストもかからないという判断だろう。ドイツメーカーらしい合理的な設計思想が伝わる仕組みだ。

 なお、ダマスコではリュウズに衝撃が加わった際、チューブにダメージが伝わらないよう、巻き真の付け根が可動するようになっている。この部分が折れることで衝撃を吸収するのだ。またパネライの「ルミノール」シリーズが採用するリュウズプロテクターも、衝撃からリュウズそのものを守ってくれる。もともとはねじ込み式リュウズの特許を回避するために開発された仕組みだと思われるが、そのアドバンテージは初出からおよそ80年経った今でも大きい。


逆回転防止ベゼルのメンテナンス

 ダイバーズウォッチに欠かせない逆回転防止ベゼルも定期的なメンテナンスが必要な箇所とされる。一般的な板バネ方式やロレックスが採用するボールベアリングとストッパーを用いた方式のいずれにしてもゴミや汚れ、潜水後の砂などがベゼルにたまってしまうと、ベゼルの回転が悪くなるからだ。

パネライ「ルミノール」シリーズが採用するリュウズプロテクター

パネライ「ルミノール」シリーズが採用するリュウズプロテクター(上)とその特許資料(下)。プロテクターのレバー2を跳ね上げると、7の突起がリュウズ3を押し、パッキンを圧入する。初出は1940年代だが、特許取得は55年。

パネライ「ルミノール」シリーズが採用するリュウズプロテクターの特許資料

パネライ「ルミノール マリーナ eスティール™」

パネライ「ルミノール マリーナ eスティール™」
環境保護に積極的な姿勢を示すパネライ。ケースやリュウズプロテクターに、リサイクル素材で構成された合金、eスティール™を用いる。自動巻き(Cal.P.9010)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。eスティール™ケース(直径44mm、厚さ15.45mm)。300m防水。(問)オフィチーネ パネライ Tel.0120-18-7110

 逆回転防止ベゼルにおいてもダマスコは非常に考えられた構造を持つ。例えばベゼルの装着法。一般的な回転ベゼルは圧入によって取り付けられているが、写真のDSUB1をはじめ、ダマスコの回転ベゼルはモデルを問わずCリングによって固定されている。Cリングを文字盤側の溝にはめ込み、その突起をさらにベゼル側の溝にはめ込む方法だ。圧入よりも衝撃によって外れにくく、またこの方式ならばヘッドの縁にパッキンを入れられるため、ベゼル内にゴミが侵入する心配もない。

ダマスコ「DSUB1」から逆回転防止ベゼルを外した図

ダマスコ「DSUB1」から逆回転防止ベゼルを外した図。ヘッドの縁にゴミや水の侵入を防止するパッキンが付けられているため、使用に伴って回し心地が悪化することは少なそうだ。ベゼルの装着方法は写真手前のCリングをヘッドに噛ませ、さらにそこにベゼルを引っ掛けることで行う。セラミックス製のベゼルリングはなんとねじ込み式だ。

ダマスコの特許図

ダマスコの特許図。11のベゼルリング外周と3のベゼル内周にはネジが切られており、ねじ込みによって固定されている。ベゼルの装着には9のCリングを用いる。4の溝にはめ込まれ、その突起部分を5の溝に引っ掛ける方式だ。6のセラミックボールベアリングと8のストッパーによってベゼルの逆回転が防止される。

 さらに逆回転防止も板バネを用いた古典的な手法ではなく、3カ所に配されたセラミックス製のボールベアリングと斜めに切られたひとつのストッパーを使用する。板バネ方式の場合、板バネの突起部分がベゼルの溝に引っ掛かることで逆回転を防ぐため、長年の使用により板バネ自体が摩耗してしまう。しかしダマスコの方式ならばベゼルを回転させるボールベアリングはセラミックスのため摩耗しない。この方式で磨耗する箇所があるとすれば、ベアリングとストッパーを出し入れするバネ部分のみだ。

回転ベゼルの裏側

回転ベゼルの裏側。60個の穴が彫られており、ここにストッパーが1ノッチごとに引っ掛かることで、クリックを出す。内側に見える細い溝はCリングをはめるためのものだ。回転ベゼルの縁がケース側に付けられたパッキンを圧入するため、回転ベゼルにゴミや汚れが侵入しづらくなっている。回し心地が変化することは少ないだろう。

セラミックス製ボールベアリングとストッパー、特許図

回転ベゼルを送るセラミックス製ボールベアリングとストッパーのアップ(左)と同機構の特許図(右)。特許図の6がボールベアリング、その下の7がボールベアリングを出し入れするバネだ。ストッパーは斜めに切り出されており、ベゼルの正回転時には押されて引っ込むが、逆回転をしようとすると、段差にベゼルの穴が引っ掛かる仕組みだ。


命を預けるダイバーズウォッチにはメンテナンスが必要不可欠

 このようにダイバーズウォッチですら、徐々にメンテナンスの頻度は減りつつある。しかし、海に潜ったあとは必ず真水で洗わなければステンレススティールは間に腐食してしまうし、パッキンも劣化してしまう。そもそも潜水にダイバーズウォッチを使用するということは、時計に命を預けるということだから、〝なにか〞は万が一にも起こってはいけないのだ。だからこそ潜水前の防水点検も、定期的なオーバーホールも欠かせない。長持ちの助けとなる特別な仕組みはあっても、あくまでそれは、潜水中のリスクの発生確率を軽減してくれるもの、くらいに受け止めておいた方がいいだろう。


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