VACHERON CONSTANTIN LE TEMPS DES CONNAISSEURS

FEATURE本誌記事
2020.02.03

FIFTYSIX

メゾンの記号性を巧みに盛り込んだ現代的なオールラウンダー

2018年に発表されたまったく新しいスタンダードウォッチ。スポーツでもドレスでもないという中間的な性格は、“デイリーラグジュアリー”というヴァシュロン・コンスタンタンの新境地を切り拓いた。1本でどんなシーンにもマッチするオールラウンダー的なキャラクターは、現在ウォッチトレンドの主流になりつつある“スポーティウォッチ”と同質。そこに盛り込まれたメゾンの記号性こそが「フィフティーシックス」の強みだ。

in New York
pm8:37 | UTC-0500 |

 ニューヨーク、午後8時37分。ここは日常の続きではないと主張してくる照明と、静かなジャズが流れるそんな空間。まだ酔客もまばらな早めの夜に、カウンターに置かれた時計は「フィフティーシックス」。2018年に発表された同コレクションは、ヴァシュロン・コンスタンタンが〝デイリーラグジュアリー〞と位置付けるスポーティウォッチの新鋭である。1950年代風のニューヨーク・アヴァンギャルドを強く感じさせるデザインに、ブランドを象徴する記号性を巧みに盛り込んだ意欲作である。4つのシェブロンの先端部を重ね合わせて、突き出した8本の角を形作るマルテーゼクロスの紋章は、手巻きムーブメントの精度を安定させる、香箱の巻き止め装置に使われていた従動車に酷似していたため、特にジュネーブの多くのメゾンがこの紋章を好んで用いてきた。ヴァシュロン・コンスタンタンでは50年代の中頃から正式なシグネチャーとして使われ始めるとともに、56年に発表されたRef.6073では、シェブロン形状のファンシーラグを4つ組み合わせて、その全体でマルテーゼクロスとして認識させるようなケース造形まで試みている。対してフィフティーシックスでは、ラグ自体をよりスタンダードなロングホーンとすることで、デイリーユースにも馴染みやすいフォルムを形作りながら、ベゼルに設けた4枚のフラップだけで、マルテーゼクロスを強く印象づけている。70年代に登場した「222」のような薄型ケースのスポーティウォッチを、まるでSUV車のようにあらゆるシーンで身に着けることがウォッチトレンドの主流となりつつある現在、その本命馬となるのは間違いなくフィフティーシックスだ。

フィフティーシックス・オートマティック

フィフティーシックス・オートマティック

2018年初出。フィフティーシックスのベーシックバージョンとなる3針+デイトモデル。同社としてはやや珍しいロングホーンに、フラップを設けたベゼルを重ねることで、マルテーゼクロスの一葉を表現している。搭載ムーブメントは、汎用性を重視した新型自動巻きに、独自の仕上げを加えたもの。SSのフィフティーシックスに装着されるアリゲーターストラップは、すべてフォールディングバックル仕様となる。自動巻き(Cal.1326)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径40.0mm、厚さ9.6mm)。3気圧防水。116万円。

フィフティーシックス・コンプリートカレンダー

フィフティーシックス・コンプリートカレンダー

2018年初出。1940年代頃のヴァシュロン・コンスタンタンが得意とした、実用コンプリケーションの代表格がコンプリートカレンダー。センター同軸配置の全周式ポインターデイトと、月/曜日を示す小窓表示、そしてムーンフェイズのバランスが素晴らしい。写真のダイアルは、19年に追加された新色の「ペトロールブルー」。パトリモニーと同様のPVDだが、こちらは少し黄色味が強く、枯れた色調を再現している。自動巻き(Cal.2460QCL/1)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径40.0mm、厚さ11.6mm)。3気圧防水。228万円。

フィフティーシックス・トゥールビヨン

フィフティーシックス・トゥールビヨン

2018年秋に追加発表されたフィフティーシックス初のハイコンプリケーションモデル。巻き上げ効率に優れたマジッククリック式のペリフェラルローターを持つ自動巻きトゥールビヨンを搭載する。ムーブメント外周にローターを配置するため、ケース厚に関しては同プチコンプリケーション系よりも薄く仕上げられている。これのみ、18KPGケースだがフォールディングバックル付き。自動巻き(Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KPG(直径41.0mm、厚さ10.9mm)。3気圧防水。ブティック限定モデル。時価(取材時の参考価格1248万円)。

フィフティーシックス・デイ/デイト

フィフティーシックス・デイ/デイト

2018年初出。フィフティーシックスのラインナップで、最もスポーティなダイアルレイアウトを持つデイ/デイト。並列配置されたインダイアルに、ポインター式の日付/曜日表示を備える。パワーリザーブ表示針をややオフセットさせたことで、インジケーター全体のバランスを整えている。18KPGケースのフィフティーシックスに組み合わされるアリゲーターストラップは、ピンバックル仕様が基本。自動巻き(Cal.2475 SC/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径40.0mm、厚さ11.6mm)。3気圧防水。322万円。


TRADITIONNELLE

平面形はシンプルに、立体としては妖艶に。ふたつの表情を併せ持つ“伝統美”の体現者

古典の現代的な再解釈から生まれた「パトリモニー」に対して、伝統的なディテールをそのまま盛り込んだ「トラディショナル」。視認性の高いドーフィンハンドとレイルウェイトラックの組み合わせは、正面から見る限り端正な佇まいを崩さないが、側面から見ると一気に表情を変える。分厚い複雑系ムーブメントを搭載してなお、プロポーションが破綻しないという懐の深さも魅力だ。

in Casablanca
am2:37 | UTC+0100 |

 カサブランカ、午前2時37分。マラケシュからサハラ砂漠を巡った最後の夜。ミントティーの爽やかさと共に、旅の記憶を喚起させるのは「トラディショナル」。それも超複雑機構の頂点に君臨するグランド・コンプリケーションだ。ロングホーンとシリンダーケースを持つこのコレクションは、古典美に彩られた風情を持つ一方で、相当の厚みを持つ超複雑機構を搭載してなおプロポーションが破綻しないという、懐の深いデザイン性を併せ持っている。21世紀に入ってから新たにデザインされたパトリモニーが〝現代性の象徴〞ならば、逆にトラディショナルは〝伝統美の体現〞だろう。しかし両者の根は同じで、2007年に登場した「パトリモニー・トラディショナル」がこのラウンドモデルの直接的な源流。両者が別々のコレクションに整理されたのは、実に14年のことだ。ヴァシュロン・コンスタンタンがトラディショナルに与えた〝伝統的なデザインコード〞は、ダイアル外周部に設けられたレイルウェイトラックとドーフィンハンド。正面から見る限り、やや単調な古典機の趣だが、トラディショナルは正面と側面で大きく表情を変える。側面にわずかなステップを設け、さらにバックケースの縁にのみ、コインエッジ状の装飾を加えているのだ。サイドステップはそのままラグ側面にまで延長されており、やはり立体としての抑揚は側面から見る方が大きい。自分で時間を確認するための平面的な造形は、ひたすらシンプルで確実に。しかし他人から見られる側面の造形には、より強弱をつけて表情豊かに。こうした〝身に着ける機械〞としての造りの実直さは、ビジネスシーンにおいても良きパートナー役を果たしてくれる。

トラディショナル・グランド・コンプリケーション

トラディショナル・グランド・コンプリケーション

2007年初出。トラディショナルの最高峰に位置する“伝統的なグランド・コンプリケーション”。ロービートの手巻きトゥールビヨンとミニッツリピーター、インダイアル式の永久カレンダー(閏年は小窓表示)、ケースバック側にパワーリザーブ表示を備える。ムーブメントの厚みだけで7.9mmにも達するが、それを搭載してなおプロポーションが破綻しないのは、古典に則った意匠の懐の深さだ。手巻き(Cal.2755 QP)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KPG(直径44.0mm、厚さ13.54mm)。非防水。時価(取材時の参考価格7280万円)。

トラディショナル・トゥールビヨン

トラディショナル・トゥールビヨン

2018年初出。マジッククリック式の両方向巻き上げを用いたペリフェラルロータートゥールビヨンを初搭載したモデル。同社ペリフェラルローターの初作はハーモニーに搭載された超薄型グランド・コンプリケーションのCal.3500だが、不動作角がどうしても大きくなってしまうリバーサー式を、シンプルなマジッククリック式に改めたことで、巻き上げ効率と堅牢さが大幅にアップしている。自動巻き(Cal.2160)。30 石。1万8000 振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KPG(直径41.0mm、厚さ10.44mm)。3気圧防水。時価(取材時の参考価格1328万円)。

トラディショナル・コンプリートカレンダー

トラディショナル・コンプリートカレンダー

2018年初出。シンプルなシリンダーケースを基本とするトラディショナルは、やや厚みのあるプチコンプリケーションまで、プロポーションに破綻を来すことなく収納してしまう。センターローター自動巻きのCal.2460系にトリプルカレンダームーンフェイズのモジュールを重ねたこのモデルも、そうした秀作のひとつ。基本的にはフィフティーシックス用と同設計だが、小窓の配置が変えられている。自動巻き(Cal.2460 QCL)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径41.0mm、厚さ10.72mm)。3気圧防水。398万円。

トラディショナル・マニュアルワインディング

2009年初出。その前年に発表されたばかりの大径手巻きムーブメントを搭載。腕時計用に用いられるスモールセコンドの基本となる、サボネットスタイルの輪列配置を採用。しっとりとしたシルバーオパーリンのダイアル外周に描かれたレイルウェイトラックと、古典的なドーフィンハンドの組み合わせ。背の部分に稜線を設けず、センターから2分割することでポリッシュとマットに仕上げを分けた針は、非常に読みやすい。手巻き(Cal.4400AS)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KPG(直径38.0mm、厚さ7.7mm)。3気圧防水。204万円。