英国を代表する独立時計師、ロジャー・W・スミスに聞く“魔法の時計作り”

FEATUREWatchTime
2021.06.21

コーアクシャル脱進機を独自に改良

 現在、ロジャー・W・スミスの時計にはダニエルズのコーアクシャル脱進機をシングルホイール化したものを搭載している。スミス式のコーアクシャル脱進機では2層のホイールがひとつにまとめられたのだ。1枚の歯車の上に、これまで上に置かれていた歯車の代わりに「歯」を追加しているのだ。

コーアクシャル脱進機

ロジャー・W・スミスの公式Youtubeアカウント動画より抜粋(https://www.youtube.com/watch?v=cAbJLCfVKJc&t=2647s)。左上が従来型コアークシャル脱進機。右上が2010年に発表されたシングルホイールの最初期モデル。その後左下の2012年モデル、右下の2015年モデルと、だんだんに小型化されているのが分かる。オリジナルのコーアクシャル脱進機ではガンギ車の上にもうひとつ小型の歯車を載せていたが、シングルホイールでは1枚のガンギ車の表面上に歯を直接生やすことで一層化している。

 これによりテンプはひとつの動きとなり、エラーが起こりにくくなる。スミスは自身が師匠とシングルホイールのエスケープメントについて話し合ったことを思い出していた。「ジョージはその利点と時間計測への改善点を見出していました。その結果として、ジョージのために作ったダニエルズ・アニバーサリーウォッチにシングルホイールを搭載しました」

小型化による長寿命化と高効率化という恩恵

「現在私たちが採用しているコーアクシャル脱進機はシングルホイールのMk2バージョンで、これまでよりも小型化されています。私にとってコーアクシャル脱進機は、この小型化によって初めて真価を発揮できたと考えています。従来機と小型化された現行機の効率における差は目覚ましいです。サイズダウンしても同じテンプを採用し、主ゼンマイの力を大きく抑えることができました」とスミスは語る。

 結果として、巻き上げ時の摩擦が軽減され、オーバーホールに出す間隔は前より長くなった。スミスによるとシングルホイール化がされたコーアクシャル脱進機を搭載したモデルを最初にウェブサイトで販売してから10年経つが、15〜20年はメンテナンスサービスを受けなくとも問題ないということである。

コーアクシャル脱進機

オープンダイアルを採用した「シリーズ5」のムーブメント。赤い丸で囲った部分が本文中で触れられた「シングル化されたコーアクシャル脱進機」だ。ガンギ車の表面から別の「歯が」生えていることが分かる。

「これは時計業界では珍しいことで、素晴らしいエスケープメントと堅牢性のある時計との組み合わせから生まれた結果です。私の作る時計は丈夫で、長く使えるようにできています。それは英国製懐中時計と同じプロポーションでつくられているからです。例えば現在英国製懐中時計で300年、400年経ったものを入手できますが、動かしてみると作られた当時のように正確に時を刻みます。それはひとえに堅牢なつくり故です。その同じ考え方を、私は自身の時計作りに生かしています」

 スミスによる脱進機の開発には時間がかかっている。初めて1998年にダニエルズと共に着手し、最初にコーアクシャルエスケープメントを搭載したのはシリーズ2だった。コーアクシャル脱進機を搭載するよう設計された最初のプロダクションタイプである。「この脱進機は長い時間をかけてゆっくりと開発されました。その間につくった1本1本の時計から多くのことを学びました。僅かな調整でも加えてみると、それが改良につながることが分かりました」とスミスは語る。

 マン島はイングランドとアイルランドの間に横たわるアイリッシュ海に浮かぶ小さな島である。地理的にも到達しやすい場所ではないが、スミスとそのチームがスイスのジュウ渓谷の時計師たちと分かつものがあるとすれば、それは隔絶感である。近年、インスタグラムなどのソーシャルメディアによって、スミスは以前よりも多くの人々とコンタクトをとることが可能となってきた。「インスタグラムやYoutubeを使って大きな効果を得ることができました。より幅広い顧客層に訴求できるのです。そして時計作りをしようという人々の気持ちに火を点けてきました。インスタグラムを訪ねてみると、時計を作ろうという人たちが多くいるのが分かります。その事実はとにかく良いことです」とスミスは言う。

ロジャー・W・スミス""

マン島にある自身の工房にて。置かれている機材を見れば、スミスの時計が昔からの伝統的様式にのっとって製作されていることが分かる。


伝統的な素材を使用し続けることの利点

 大手ブランドではオメガが99年に最初にコーアクシャル脱進機を自社のCal.2500に搭載し、量産。それ以降、オメガはマスター クロノメーターを取得するCal.8800のように同脱進機にシリコン製ヒゲゼンマイを組み合わせてきた。しかしスミスはエスケープメントへのシリコンの採用について、全く納得していない。

「300年、400年経った機械式時計を買うと、わずかにメンテナンスを施しただけで非常に良い精度で時を刻みます。そこで使われている素材を現在も使うことになんの抵抗がありますか? これらの素材は試され、検査されてきています。伝統的素材や手法を使うことで、数百年持つ時計を作ることができ、必要な部品を交換することもできます。新しい素材を使用することの利点が何なのか、全く分かりません」

「私たちの顧客は非常に技術を尊重する方々で、コーアクシャル脱進機に興味を持ってくれています」とスミスは続けた。「フローシャムの時計を買う方は、ダブルインパルスのデテント式脱進機が好きだからだと思います。私たちの典型的なお客様も同じような気持ちを何年も持ち続ける方々で、それは非常に喜ばしい点です。なぜなら私たちの作る時計は非常に技術的にすぐれた時計だからです」


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