[スペシャル対談]NX ONE × クロノス日本版 時計の価値を維持しオーナーを守る

FEATURE本誌記事
2023.08.13

二次流通市場が盛り上がりを見せる中、他ブランドに先駆けてCPO(正規認定中古)を本格展開したのがリシャール・ミルと、その正規認定中古を取り扱うNX ONEだ。一般的なセカンドハンドとCPOとの決定的な違いは何か? NX ONEを運営するエグゼス代表取締役兼リシャールミルジャパンの代表取締役でもある川﨑圭太氏とモータージャーナリストの野口優氏、本誌編集長・広田雅将が、自動車市場の事例と比較しながら、CPOウォッチの魅力と、その存在意義について語る。

広田雅将、川﨑圭太、野口優

橋本美花:写真 Photographs by Mika Hashimoto
竹石祐三:取材・文 Text by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]


NX ONEが主導するプレミアムなCPOウォッチ

広田雅将:CPOというと真っ先に思い浮かぶのが認定中古車の存在ですが、これを最初に展開し始めたのはどのメーカーだったのですか?

広田雅将

広田雅将
『クロノス日本版』編集長。2004年より時計ジャーナリストとして活動を開始。『クロノス日本版』には創刊2号より主筆として参画し、以後、精力的にスイス取材を敢行。2016年より現職。

野口優:私の記憶が正しければ、認定中古車の元祖はBMWで、始めたのは確か1990年代。それまでは町の中古車販売店が担っていたものを、正規ディーラーが展開するということで話題になりました。その時に謳っていたのが、80項目の点検を行い、保証を付けるという内容。しかも、数年間の定期点検や必要なメンテナンスが無償で受けられるサービスフリーウェイやロードアシスタンスも新車と同様に受けられることからその存在が徐々に広まり、この10年くらいでフェラーリやランボルギーニなどのプレミアムブランドも認定中古車を始めるようになりました。今は国産車も含めて、ほとんどのメーカーが扱っていますね。

野口優

野口優
モータージャーナリスト。1970年代のスーパーカーブームがきっかけとなり、輸入車専門誌の編集者としてキャリアをスタート。2008年に『GENROQ』の編集長に就任。2020年に独立して、現在はフリーランスとして活動する。

広田:そこまで広がった理由は?

野口:安心と安全ーーつまり新車ほどではありませんが、例えばフェラーリでは12カ月間の保証とロードアシスタンスを実施しています。一般的な中古車と比べると価格はやや割高に感じるかもしれませんが、モノは確かですから。だからお客さんも安心して買えるんです。それにプレミアムブランドの場合は、特定の年代の、特定の車種を欲しがる人が多いということもありますよね。新車の時には買えなかったけれど、今ならーーって。一例で言うと、フェラーリではV8のミッドシップが人気で、中でも最後の自然吸気エンジンを搭載しているのが「458」。さらにその中に「458スペチアーレ」というスペシャルモデルがあるのですが、これは自然吸気で最も気持ちのいいクルマなので、特に人気が高いですね。

マクラーレン620R

稀少な限定生産車がまれに認定中古車として扱われるのも魅力。2020年にデビューした「マクラーレン620R」は、わずか350台の限定車。日本への割り当ては少なく、発表時には完売となっていた。

458スペチアーレ

認定中古車では特定の車種に人気が集中することも多く、代表的なのが、V型8気筒エンジンを搭載したフェラーリのミッドシップモデル「458」。中でも2013年に登場した「458スペチアーレ」は、多くのファンが中古車両を狙う1台という。

広田:川﨑さんがCPOの展開を考えたのはいつですか? 始めるにあたってクルマの事例は意識されましたか?

川﨑圭太:2011年頃だったと思います。リシャール・ミル本人から突然言われたんですよ。「セカンドハンドをオフィシャルでやりなさい」って。その時は「なぜ?」って聞きましたよ。苦労して売った時計を、また買い取って売るわけですからね。でも、これに対してリシャールは「時計の価値をしっかりと維持するためには絶対に必要だ」と力説するんです。先ほど野口さんが〝安心〞とおっしゃっていましたが、リシャールも「価値を維持するためには、我々がしっかりと修理を行ったうえで販売することを定着させたい」と。その時「クルマのように」って言われたんです。でも当時、周りからは「オフィシャルのブランドがなぜ中古をやるんだ?」って散々言われましたね。結果、大々的に展開を始めたのは2012年で日本が最初でした。それが「NX ONE」です。

川﨑圭太

川﨑圭太
エグゼス兼リシャールミルジャパン代表取締役。日本国内でのブランド認知を高め、2012年には世界に先駆けて、リシャール・ミルの正規認定中古第1号店となる「NX ONE 銀座」を東京・銀座にオープンさせた。

野口:それとクルマの場合、ファーストオーナーは1年くらいしか乗らない人が多いのです。本当に大事にするのはセカンドオーナーとサードオーナー。そういった人たちは特定の車種に対する思い入れが強いから、クルマについてものすごく調べてくるんですよ。

川﨑:セカンドオーナーをしっかり掴みたいというのは、リシャールも話していました。「中古で買ったものを大事に扱われることが、ブランドにとっては重要なんだ」って。というのも、リシャール自身が古いクルマのコレクターなんです。つまり、リシャールがクルマに対して抱いていた思いを、自らの時計ブランドに当てはめていたわけなんです。

野口:もうひとつ、CPOで重要なのは、前オーナーがどういう点検記録ーードキュメントを残すかということ。海外ではヴィッラ・デステ(※)など、古いクルマのコンクールがありますが、これはドキュメントがしっかりと残っているものほど価値が上がる仕組みなんです。新しいクルマでも、乱暴に扱われるなどして、年が経つにつれてその数は減っていきますよね。仮に50年後に何台か残ったとして、それらはドキュメントがしっかりと残されているものほど信頼性が高くなる。事故の記録や所有者ーー認定中古車は例外になりますが、例えば有名人が持っていたというだけで価値は上がります。そうした記録も、今後は大切になりますね。

川﨑:それは時計でもやりたかったんです。NX ONEでもできるだけやってはいるのですが、本当はそのレベルまで持っていきたいんですよね。

広田:誰が所有していたかなどの来歴を含めて残すのは大切。でもまずは、しっかりと直して、ユーザーに安心感を与えていくというのが大事ですね。

川﨑:すごく大事なことなのですが、時計業界は自動車業界よりも全然できていないのが正直なところです。

※コンコルソ・デレガンツァ・ヴィッラ・デステ

NX ONEが掲げたCPOウォッチのフェアプライス

リシャール・ミルの時計

広田:昔は時計の入り口って中古が多かったのですが、今は新品から時計の世界に入ってくる人が増えたことで、中古品に求める基準がすごく上がってきたように思うんです。私が時計趣味を始めたのは35年以上前ですが、その頃の中古品はひどい状態のものが大半だった。でも新品から入ってくる人は、先ほど挙がっていた458スペチアーレのような特別なモデルの場合でも程度の良いセカンドハンドを探すので、求めるレベルがシビアになっているんです。つまり、ちゃんと直してあるものに対しては「そこにお金を払ってでも手に入れたい」という感覚に変わってきた。そう考えると、今後は時計の世界でも、CPOは価値が出てくるのではないかと思います。

野口:クルマもそうなのですが、日本人って高いものを安く買おうとする傾向にありますよね。ヨーロッパのオークションを見ていると、その時の価値を決めて、それが認定中古車にも反映されている。海外の競売を見ていると、日本人はなるべく安くて良いものを買おうとする意識が強いのですが、向こうの人は正確に調べて正確な基準で判断するのが文化として根付いている。そこが決定的に違うんですよね。古い話ですが、フェラーリの名作「250GTO」って、最初はまったくと言っていいほど評価されていませんでしたが、当時、ピンク・フロイドのニック・メイスンが所有して「こんなに良いクルマはない!」って言ったら、すぐに価格が跳ね上がった。つまりそれまでは、お金持ちで、しかもちゃんと運転できる人が乗っていなかったようで、そうしたことがきっかけで、価格や価値は変わってしまうんです。

広田雅将、川﨑圭太、野口優

NX ONEに並んでいるリシャール・ミルの正規認定中古時計を手に、それぞれのモデルの特徴や思い出を話す川﨑圭太氏(中央)。「過去のモデルを手にしていただき“これがいい”と感じていただけたなら、ブランドとしては最高ですよね」と話す川﨑氏。

川﨑:今の話とは逆になるのですが、一昨年から昨年にかけて中古時計市場が暴騰して、一気に暴落しましたよね。その時、私たちとしてはこれ以上煽ってほしくなかったので、リシャール・ミルの正規認定中古を取り扱うNX ONEとしては、中古市場に左右されることなく時計の価値を見極め、価格を設定しました。「我々は利益を追求するつもりでやっていない」っていうメッセージを込めたんです。例えば「RM 35-03」は3倍近い値段が付いていたのですが、これはどう考えてもおかしい。そのためにも、私たちが価値をしっかりと把握し、守っていかなければいけないわけです。発売から1年程度のモデルであれば、売却するうえでは相応の価格を設定すればいい。その代わり、リシャール・ミルにとっての初期モデルなどであれば価値が上がってもいいというフェアプライスを打ち出して展開し続けました。実際、お客様からも「NX ONEの価格が一番信じられる」とおっしゃっていただきましたが、やはりプライスをしっかりと把握し、価格を正しく評価することがNX ONEの存在意義だと謳うようにしています。

広田:価値を上げていくという点では、現在、リシュモン グループ時計部門の責任者であるジェローム・ランベールさんがジャガー・ルクルトのCEOに就任した時、まず行ったのが、中古価格のテコ入れなんですよね。ただ、ものすごく昔のレアピースであれば極端な値段を付けられますが、近年のモデルになると価格のコントロールは難しい。そう考えると、NX ONEはうまく管理できているし、実はそれって多くのメーカーが本当はやりたいことじゃないかと思うんです。

メーカーの正規メンテナンスによるCPOウォッチの安心と信頼

RM 014 トゥールビヨン ジャパン・レッド

「RM 014 トゥールビヨン ジャパン・レッド」。3本のマストを備えたヨット「マルタの鷹」に着想を得てデザインされた「RM 014」をベースとして、2018年にわずか8本のみが生産された日本限定モデル。ベゼルとケースバックは、日本の国旗をイメージした赤と白のコンビネーションカラーで彩られる。

川﨑:一方で、リシャール・ミルはオークションにも結構出てくるのですが、そうしたオークションを支えるためにも認定中古のシステムをしっかりしないとダメですし、だからこそ補修や修理が大切になると考えています。

広田:ちゃんと直すというのは、時計もクルマも共通ですよね。

野口:どちらも機械モノですからね。

川﨑:だからこそ、ブランドの正規ディーラーが運営する認定中古車センターで買うことの安心感があるのだと思います。安心と信頼、そしてブランドにとって重要なのが顧客が安心して時計を手放す場所です。リシャール・ミルにとってもこれはすごく重要です。

川﨑圭太

広田:今、いろんな時計メーカーがCPOをやりたがっている理由は、トレードインだと思うんです。

川﨑:ただ、トレードインで戻った時計をどこで売るのかという……。場所がないとできないわけですから。

広田:こればかりは本当に難しい問題ですよね。しかも価値をコントロールしていかなければいけない。でも、時計に関しては、明らかにプレミアムなーークルマで言うところのフェラーリやランボルギーニクラスのCPOを実行したという点で、NX ONEは世界的に見ても明らかに先駆けですね。

川﨑:CPOをスタートした当初は、周囲からいろいろと言われましたが、お客様からはネガティブな話が一切ありませんでした。むしろ評価していただきました。ということは、顧客のことを考えたら絶対にやるべきビジネスでーーそれは〝ビジネス〞と表現するからいけないのであって、メーカーの〝義務〞かもしれないですよね。

広田:確かにそうですね。価値をつないでいくという。

川﨑:価値をつないでいくためには、仮に並行輸入品であっても修理対応するのがメーカーの義務。その次の段階として、CPOをしっかりと守ることもメーカーの義務だと思います。

広田:特に日本の場合は、時計にとってもクルマにとっても環境が酷なのが特徴です。だからこそ、ちゃんと直していないと本当のパフォーマンスが出ない。扱いがひどい中古品ってパッキンが劣化して湿気が入ってしまうので、機械がダメになるんです。そこへいくと、リシャール・ミルは本当にしっかりと修理されていると感じます。

広田雅将

川﨑:本音を言うと大変なんです(笑)。モデルによってはスイスに送らなければいけないから、どうしても時間がかかってしまうんですよ。中古品店によっては、買い取ったものをそのまま売るなんていう話も聞きますが、NX ONEは正規のメンテナンスを行ってから販売するというのがコンセプト。利益を考えると辛い部分もありますが、やり続けますよ。それがCPOですから。だからこそ安心して購入していただけますし、実際、CPOでバックオーダーも入っていますからね。

広田:特にリシャール・ミルの場合は、部品の加工精度が高いから、町の中古品店ではとても修理できない。そう考えるとやはりーー。

川﨑:正規認定中古を買うという選択になりますよね。

広田:日本はまだ良いのですが、海外の中古品店は本当にひどいですから。とりあえず修理して、動いているからOKみたいな。もちろん、日本も認定中古のようなレベルではないし、川﨑さんの基準からしたらダメかもしれません。今後、長い目で見た時に、世界の中古市場は新品よりもさらに大きくなるだろうと言われているのですが、その成功事例として見られているマーケットが、実は日本なんです。セカンドハンドの市場を見渡した時に、日本の中古品の品質がひとつのクライテリアになっているようですから。

川﨑:確か、クルマもそうですよね。リシャール・ミル本人も言っていました。「日本人オーナーのクルマは高い」って。

野口:日本人は大事に乗りますからね。ただ、日本は道路環境が良くないんです。特に都市部はゴーストップが多すぎるので、エンジンのコンディションにバラつきが出てきますし。

野口優

広田:時計の場合、日本の中古品は割と程度が良いので、そう考えるとプレミアムなブランドを扱うNX ONEがこの日本にできたことは腑に落ちますし、実際、その成功をいろんなメーカーが見てもいるので、CPOは明らかに広がっていくと思うんです。

川﨑:結局はメーカーの考え方次第なんです。日本はまだ、メーカーが直接運営しているわけではなく、代理店が運営しているような環境なので、やはりメーカー本体がマーケットをしっかりと作る必要があるし、それはやるべきだと思うんですよね。

野口:市場を育てていかないといけませんよね。根付いていくように、みんなが安心できる環境を作らないと。

RM 11-03 オートマティック フライバック クロノグラフ

「RM 11-03 オートマティック フライバック クロノグラフ」。2007年発表の「RM 011」シリーズの後継機として、今なお高い支持を得る2016年発表のモデル。搭載されるCal.RMAC3はムーブメントの複雑な構造を立体的に見せるだけでなく、フライバッククロノグラフの動作性能も向上させている。

広田:今は過渡期ですが、今後はクルマのようにCPOが成熟していけばいいですね。少なくともタッチポイントが広がっていくという点でもいいと思います。だって今、リシャール・ミルはお店に行っても買えないですよね?

川﨑:買えないですね。ですから、どうしてもというお客様に「お待ちいただく間、認定中古が何モデルかありますけれど、いかがですか?」とご案内するケースもございます。お待ちいただく間に、認定中古でリシャール・ミルの良さを感じていただく。実際に着けているうちに「新品もいいけれど、認定中古もいいね」と思っていただけるのがありがたい話です。そこで満足いただければ、また次の喜びがあるわけですから。

RM 028 オートマティック ダイバー

「RM 028 オートマティック ダイバー」。3層構造を取り入れたケースにより、300mの防水性能を確保したダイバーズモデル。直径47mm、厚さ14.6mmというマッシブなフォルムでありながら、ケース素材にはチタンを採用し、リシャール・ミルらしい軽快な着用感を実現している。



Contact info: NX ONE 銀座 Tel.03-3573-7277


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