世界最大となった「香港ウォッチ&クロック・フェア」後編

LIFE編集部ブログ
2020.01.14

中国・香港メーカーは高価格帯を目指す

さらに存在感を高める名門ピーコック

中国のトゥールビヨンメーカーであるピーコックは、It’s my tourbillonというフレーズを掲げて、トゥールビヨンの増産に努めている。同社がトゥールビヨンの製造に乗り出したのは2011年だが、以降現在1万本を製造している。かつて同社の良品率は約50%だったが、11年以降は92~95%以上で推移しているという。この10年で信頼性を向上させたピーコックは、今やシーガルなどに並ぶ、中国製機械式ムーブメントメーカーの雄だ。

当然シーガルもブースを構えている

中国のムーブメントメーカーと言えばシーガル。2019年もブースを構えていたが、資料はもらえなかった。義理で出展していたのか、スタッフもやる気がない。うーん残念。

シーガル製の手巻きクロノグラフST16

とはいえ、ブースには、自社製ムーブメントがずらっと並んでいた。かつて、ETA製ムーブメントのクローンを製造していたシーガルは、今や手巻きクロノグラフだけでなく、リピーターを作るまでに至った。同社は現在、スイスと技術提携などを結んでいるが、それが反映されたと見るべきだろうか。個人的には、1950年代の手巻きクロノをそっくり復刻したモデルなんか、とってもいいと思うのだけど。

香港の雄、メモリジンは2019年もイカしていた

香港の時計産業がラグジュアリーを目指すようになった一因には、メモリジンの成功がある。かつて安価なエボーシュメーカーだったメモリジンは、プロダクトの質を上げるとともに、マーベルなどとのコラボレーションを行い、一躍その名を轟かせることとなる。加えて、近年は翡翠(ジェイド)といった中国ならではの素材を巧みに取り込むようになった。社長のウイリアム・サム氏が知り合いということもあって、筆者はメモリジンに甘いと言えば甘いが、しかし、どこを直せばいいかを真摯に聞いてくるメーカーは、香港と中国に限って言うと、メモリジンしか存在しない。同社が躍進するのは納得だ。

MOPと翡翠をあしらった新作。翡翠はずば抜けていい

2019年の新作で目を惹いたのは、文字盤にMOPと翡翠を用いた「ジェダイド・ピーコック」だ。計3.38ctのダイヤモンドと、14個の翡翠をあしらったこのモデルは、中華圏のメーカーにしか作りえないトゥールビヨンである。ケース素材はSS、かつ5気圧防水のため、普段使いも可能だろう。正直、これはアリだと思った。

これもアリ。アベンチュリン×MOP×ダイヤ

メモリジンの「スターリー・シリーズ」は、アベンチュリンとMOPの文字盤を持つ最新作である。計4.47ctのダイヤモンドがあしらわれている。ジェダイド・ピーコックや本作が示すように、近年のメモリジンはどこかにあったデザインを脱して、ユニークさを持ちつつある。なお、ムーブメントは2万8800振動/時、約72時間のパワーリザーブを持つ。

アンパサに見る香港時計業界の未来

香港ウォッチ&クロックフェア副会長のハロルド・サン氏。めっちゃ切れ者

会場内で、香港ウォッチ&クロックフェア副会長のハロルド・サン氏に会った。頭が良く、話が早く、大変な人格者である。こんな人物を仰ぐ香港の時計業界は恐ろしいと思う。エライ人がちゃんと偉いのである。そんなサン氏が「ちょっと時間あるか」という。もちろんあるので、彼にあるブースに連れて行かれた。「アンパサというメーカーがある。面白いと思うよ」。

サン氏に連れて行かれたアンパサ。学生でぎっしりだ

アンパサのブース前は、若い子でいっぱいだった。聞けば、学生たちが訪問しているらしい。説明を受けて、なぜサン氏がわざわざ連れてきたのか合点がいった。アンパサを創始したギャリー・チン氏は、ちょっとした時計学校の創始者、なのである。彼は長年時計雑誌の編集者を務めていたが、香港に時計文化を根付かせるべく、退社。なんとyoutubeで時計製造を学び、彫金師のフランキー・ラム氏とアンパサを興した。2013年のことである。それから5年で、これだけの人を集めているのだから、時計メーカーとしては大成功だろう。

同社がフォーカスするのは、手作業によるユニークピースの製造と、メイド・イン・香港の価値を上げることだ。ギャリー氏(あえて名前で呼ばせてもらう)は語る「私たちの時計は中国製ではない。香港製なのだ。香港に、時計作りのカルチャーを定着させたいんだ」。

超ど派手な「ハッピー・ウェディング・シリーズ」

時計師のイヴァン氏が、ふたつのトゥールビヨンを持ってきてくれた。ブレスレットとムーブメントに彫金を施した「ハッピー・ウェディング・シリーズ」である。既存のエボーシュにスケルトン加工を施すというアプローチは香港・中国メーカーの多くに見られるもの。しかし、外装を含めて完全に振り切ってしまったのが、アンパサの魅力と言える。正直、荒削りな部分も見られるが、勢いがあるからおかしく見えない。

なんとエナメルも自製している!

アンパサでは、エナメルも焼こうとしている。もともと、アジア圏のエナメルの伝統は、ヨーロッパよりもずいぶん長い。だとすると、今後、香港製のハイエンドな時計を中心に、凝ったエナメル文字盤の時計が増えるかもしれない。


まとめ:私たちは中華圏だけど、中国ではない

完成品メーカーだけでなく、部品メーカーやら、OEMメーカーも参加する、香港ウォッチ&クロックフェアと、サロン・ド・TE。正直、香港の政治的な問題もあって、参加者の数は2018年に比べて少なかったし、ビジネスも同様だったようだ。しかし、参加するメーカーは、かつての模倣を抜け出し、他のメーカーにはできないユニークさを求めつつある。彼らに共通するのは「私たちは中華圏だけど、中国ではない」という明確なプライド。このマインドを持ち続ける限り、香港の時計産業は、今はまだ量でしか語り得ないが、ひょっとして、今後は、質でも語れるものになるかもしれない。「メイド・イン・香港」が、世界のブランドになる日は、決して遠くないのではないか。