現代社会においてなぜ耐磁性が必要なのか?高耐磁時計も紹介

FEATURE本誌記事
2019.12.10

GRAND SEIKO(グランドセイコー)

昨年、グランドセイコーにふたつの超耐磁モデルが加わった。クォーツのSBGX091と、機械式のSBGR077/079である。とりわけ後者は、8万A/mという超耐磁性を持つにもかかわらず、デイト表示を持つ唯一の現行品である。実用時計の雄であるグランドセイコー。果たして、どのようにして、実用性と超耐磁性を両立したのだろうか?

SBGR079

グランドセイコー メカニカル自動巻3DAYS SBGR079
デイト付きで8万A/mという超耐磁性を実現したモデル。厚みはあるものの、装着感は許容範囲にある。文字盤の仕上げにも注目。自動巻き(Cal.9S65)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS(直径41.0mm)。10気圧防水。耐磁性8万A/m。ケースの厚さ15.3mm、重さ152g(実測値)。52万5000円。

 かつて、グランドセイコー(以下GS)にはSBGX039/045という超耐磁モデルがあった。人気はなかったものの、パッケージングと高い実用性を両立したGSのベストモデルだと個人的には思ってきた。2012年、セイコーはGSに超耐磁モデルを復活させた。しかも、クォーツモデルだけでなく、機械式モデルにも加えたのは興味深い。 

 機械式の強化耐磁モデルを開発したのが、セイコーインスツル(以下SII)の平沼春樹氏である。彼はかつてクレドールやラサールの耐磁モデルに携わっていた。

 「クォーツに磁気を与えた場合、モーターだけ着磁します。しかし、機械式は鉄系の部品すべてに磁気が残ります。条件としてはメカのほうが厳しいですね」

 ただし、機械式のGSが載せるヒゲゼンマイのスプロン610は、ニヴァロックス1の倍以上である約1万A/mの耐磁性を持っている。つまり、現行の機械式GSは、そもそも耐磁時計なのだ。このムーブメントを軟磁性体の文字盤、中枠(ミドルケース)、耐磁缶(耐磁板)で覆えば、超耐磁性は実現できるだろう。こうして生まれたのが、SBGR077/079である。8万A/mという耐磁性はミルガウスに同じだが、デイト表示付きでこの数値を実現したのは、現行品ではセイコーだけである。デイト表示を設けると、文字盤に穴を開ける必要がある。磁気がムーブメントに浸入するため、他社はやりたがらない。しかし、平沼氏は「文字盤にデイト窓を開けても耐磁性はあまり変わらなかった」と語る。

 パーマロイと比較の結果、シールドに使う素材には圧延した軟鉄が選ばれた。先述したように、比透磁率(磁気の流しやすさ)の高さ以上に、飽和磁束密度(磁気をたくさん流せること)を優先したのは、磁気帯びしにくいスプロン610を載せていればこそ、だろう。

SBGX091

グランドセイコー クォーツモデル SBGX091
名機9F搭載の超耐磁モデル。磁気帯びしにくいクォーツと考えれば、4万A/mの耐磁性で十分か。どちらのモデルもGSとしては珍しく、ルミブライトが採用される。クォーツ(Cal.9F61)。9石。年差±10秒。SS(直径38.8mm)。10気圧防水。耐磁性4万A/m。ケースの厚さ10.7mm、重さ136g(実測値)。31万5000円。

 GSという時計の性格上、耐磁テストは一般的な基準以上に厳格である。JISの評価基準は、3時側から9時側、そして、6時側から12時側に対して、90度ずつ磁気を加えるというもの。対して、SIIは、30度ごとに磁気を与えた。「磁化しやすい部品は、その方向で磁気を受けるとたちまち磁気帯びしてしまう。それを確認するために角度を細かくしました」という。また、与える磁場も、JISでは±の誤差が許容されているが、SIIではかならずプラス方向で誤差が出るようにした。

 ただし、この時計で見るべきは、耐磁性能以上に、〝普通に見せる〟努力だろう。「少しでも裏蓋の厚さを減らすために1.2㎜まで追い込みました。文字盤も0.15㎜は薄くしました」。そもそも機械式のGSは薄い時計ではない。だが、そこに2.5㎜の耐磁缶を加えて、厚さを15.3㎜に留めた努力は評価されていい。シャツの袖に収めるのは難しいものの、装着感は許容範囲にあり、耐磁缶で重心が低くなったためか、むしろ標準モデルよりも改善された印象を受ける。

 加えて、このモデルは文字盤にも工夫を凝らしている。時計業界では難しいとされてきた軟鉄製文字盤への筋目仕上げに成功したのだ。軟鉄製の文字盤は、真鍮製の文字盤のような繊細な仕上げを施すのが非常に難しい。それにもかかわらず、SIIは真鍮文字盤と比べてもほぼ遜色ない仕上げを軟鉄製文字盤に施した。一方、セイコーエプソン製のクォーツモデルは軟鉄製の文字盤は採用していないが、このモデルは機械式モデルに比べてかなり薄く、より軽い。耐磁時計を軽快に使いたいユーザーには、良い選択肢となるはずである。

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PANERAI(パネライ)

2004年、パネライは軟鉄製の耐磁ケースを持つ限定モデル「アークトス」を発表した。それから9年後の2013年、パネライは超耐磁モデルを再びリリースした。探検家向けの時計であったアークトスに対し、新作は日常生活における実用性を強調した点が大きく異なる。現物は未見だが、プレスリリースと写真からこの新作を推測してみたい。

LUMINOR SUBMERSIBLE 1950 AMAGNETIC 3 DAYS AUTOMATIC TITANIO - 47MM
(ルミノール サブマーシブル 1950 アマグネティック スリーデイズ オートマティック チタニオ -47MM)

パネライ ルミノール サブマーシブル 1950

パネライ ルミノール サブマーシブル 1950
アマグネティック スリーデイズ オートマティック チタニオ -47MM

4万A/mの超耐磁性を持つダイバーズウォッチ。直径は47mmもあるが、チタン合金のケースは耐磁時計らしからぬ装着感をもたらすだろう。PAM00389。自動巻き(Cal.P.9000)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti×セラミックベゼル(直径47mm)。30気圧防水。耐磁性4万A/m。108万1500円。

 正式にダイバーズウォッチを名乗るには、耐磁時計の基準であるISO 764を満たさねばならない。これは4800A/mの磁気にさらされても、日差が30秒以内に収まるというものである。

 現在、ほとんどのスイス製機械式時計が4800A/mの耐磁性を持つと思われている。しかし、これは誤解で、ベリリウム合金(=グリュシデュール)製のテンワと、ニヴァロックス1かアナクロンヒゲゼンマイ(あるいは同等のヒゲゼンマイ)との組み合わせでなければ、4800A/mの耐磁性は持てない。ETAのエボーシュでいうと、クロノメーターとトップは問題ないが、安価なスタンダードとエラボレートはクリアできない、となる。世間にダイバーズウォッチ風の時計が存在する理由だろう。もちろん、グリュシデュール製のテンワとニヴァロックス1を持つパネライの歴代「サブマーシブル」は、〝本物の〟ダイバーズウォッチに含まれる。

 今年、パネライは、その耐磁性を4万A/mにまで高めた新型ダイバーズウォッチをリリースした。軟鉄製のインナーケースと文字盤で超耐磁性を与えるという手法は、2004年のアークトスと同じである。しかし、かつての探検家用の時計とこのモデルは、その目的が異なっているようだ。本作のプレスリリースを読むと「このようなケース構造は過酷な環境下のみならず、日常生活においても有用です」と強調されている。そう考えると、このモデルがステンレススティールではなく、軽いチタン合金製のケースを持つ理由も理解できる。

 筆者は重さ故にアークトスをさほど評価していないが、このモデルなら実用に堪えるかもしれない。もちろん、現行品であるから、かつてのアークトスより、外装の質感も大きく向上しているはずである。

パネライ 「ルミノール サブマーシブル 1950 アマグネティック スリーデイズ オートマティック チタニオ -47MM」 のスペックテスト記事
https://www.webchronos.net/specification/22892/

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