松山猛の台湾発見「茶論(サロン)」

LIFE松山猛の台湾発見
2018.12.08

台湾で茶を売る店では、これから試飲する茶葉を、このように見せてくれる場合もある。「どうです? いい茶葉の仕上がりでしょう」といった具合だ。

春茶上市

 春茶上市の文字が茶葉を売る店に貼り出されるのを、こころ待ちにする中国人は多い。春茶上市は「春の新茶が出ましたよ」という意味で、茶を商う店に赤い紙に墨で黒々と書かれた札が貼られる。
 台湾の春茶は4月に摘まれて製茶される。各産地で品評会が開かれたり、問屋さんの動きも活発となるのがこのころ。
 品評会で賞を取ると、1斤あたりの値がぐんと出世して、名実共に特級茶として、引く手あまたとなるわけだ。最近はますますその傾向が加熱してきて、とても「ちょっと手に入れて飲んでみようかな」と考えられる金額ではなくなった。
 1斤=600gで数十万円という値段も、このところ好景気が続いた、台湾らしい話ではある。普段人々が飲む上級品は、1斤が1万円程度のもの、もちろん充分においしさを味わえる。
 有名になった凍頂烏龍茶のほかにも、木柵(ムーツオ)の包種茶、新しい産地として注目される梅山地方の高山烏龍茶など、それぞれに特徴的な名茶が台湾には多い。
 同じ地方でも、畑の陽当たり具合や水はけ、茶の木の樹齢などによって、味が変わるのは、どこかワインに似ている。もちろんその季節の天候によっても、品質は左右される。お天気次第といった要素もそこに加わる。
 二十四節気のうちの「清明」の前から春の一番茶が作られ「明前茶」として珍重されるが、このころに長雨が続くと作柄に影響してくる。
「良いお茶の第一は、まず味や香りが整っていること、ひと言で言うなら、清らかにしてコクがあるということかな」と筆者の親しい、台湾の老茶商が教えてくれたことがあった。
 年間を通じて気候が良い台湾中・南部の山地は、茶作りに向いた風土だが、やはり夏は暑すぎる。春夏秋冬の4回も茶が採れるが、やはり冬をこえて春に出だした葉こそがベスト・クォリティなのだ。
 冬の茶はまた、特別なおいしさを持っている。しかし味と香りのハーモニーからいうと、やはり春の茶に尽きるわけだ。「春茶上市」の赤い札のある店を見つけたら、遠慮はいらない、店先で1杯飲ませてもらうことだ。あちこちで飲むうちに、その良し悪しを舌がおぼえる。
 もっとも台北や台中などの大きな町には、数十メートルおきに茶の店があるから、全部のぞいていたら、あっという間に茶腹になってしまうけれど。
 もしも春茶の気分を味わいたいなら、ストックしてある茶葉を、数回分程度取り出し、鍋で炒ってみよう。香りがすぐに甦るから。ただし妙りすぎは絶対禁物ではあるけれど。

松山猛プロフィール

1946年8月13日、京都市生まれ。
1964年、京都市立日吉が丘高等学校、美術工芸課程洋画科卒業。
1968年、ザ・フォーク・クルセダーズの友人、加藤和彦や北山修と共に作った『帰ってきたヨッパライ』がミリオンセラー・レコードとなる。
1970年代、平凡出版(現マガジンハウス)の『ポパイ』『ブルータス』などの創刊に関わる。
70年代から機械式時計の世界に魅せられ、スイスへの取材を通じ、時計の魅力を伝える。
著書に『智の粥と思惟の茶』『大日本道楽紀行』、遊びシリーズ『ちゃあい』『おろろじ』など。