薄型化のためのムーブメントとデザイン

FEATURE本誌記事
2020.11.14

JAEGER-LECOULTRE

ケースの内製化が実現した卓越した薄型時計

今年、レベルソ誕生80年を記念して、ジャガー・ルクルトが発表した「グランド・レベルソ・ウルトラスリム・トリビュート・トゥ・1931」。1931年初出のオリジナルモデルのダイアルデザインを踏襲し、現代の技術とデザインの潮流に乗って巧みに再構築された意匠は、近年増えつつある各社の薄型時計の中でも、ひと際高い完成度を備えている。早くから、薄型時計に取り組んできたジャガー・ルクルトが、ここ数年来見せる薄型時計の成熟度。その秘訣を本社工房に探った。

グランド・レベルソ・ ウルトラスリム
ラグの角度が33°に抑えられ、ケースサイドの薄さが強調される。一方、文字盤のギョーシェ彫りの溝を半円状に改良。どの角度から見ても縦のストライプが際立ち、文字盤に立体感が与えられる。手巻き(Cal.822)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KPG(縦46×横27mm、厚さ7.2mm)。30m防水。155万4000円。

 1980年代半ば以降、ジャガー・ルクルトはケースの内製化を推し進め、現在ではレベルソに限っては100%自社生産する。これは、他社には真似のできない技術に特化してノウハウを蓄積するというジャガー・ルクルトの戦略にも合致する取り組みであった。その特化されたノウハウの象徴が、今年誕生80周年を迎えた同社のアイコン、レベルソにほかならない。

 その記念モデル「グランド・レベルソ・ウルトラスリム・トリビュート・トゥ・1931」は、ファーストモデルに忠実な文字盤を備え、発表と同時に一躍注目を集めた。だが、高い評価を受けた理由は、それだけでなく、グランド・レベルソでありながら、厚さ7.2㎜という、近年の潮流に沿った薄型ケースに加え、その意匠のバランスが卓越していたからだろう。

 歴史を振り返れば、これまでジャガー・ルクルトは、懐中時計時代を含め、多くの薄型時計を作り上げてきた。だが、かつては、その前提として、薄いムーブメントの存在自体が欠かせないものであった。一方、近年のジャガー・ルクルトが成し遂げたこと。それは、80年代半ば以降に推し進めてきたケースの内製化によって、ムーブメントの薄さだけに頼らない、薄型化のノウハウを蓄積してきたことである。

3月末の本社工房取材時にはすでに製造が開始されていたグランド・レベルソ・ウルトラスリムのベゼル。左は加工前。約15分の切削によって、表にはゴドロン(右)、裏側にはミドルケースと噛み合うための複雑な溝(中)が刻まれる。ジャガー・ルクルトでは、精度を要する部品は基本的に自社で製造している。

 同社のケース内製化と同時期の87年に入社し、91年発表の「60周年記念モデル」を手掛け、レベルソ復活の狼煙を上げたデザイナーのヤネック・デレスケヴィクス氏は言う。「かつて、レベルソには薄いムーブメントを搭載する必要がありませんでした」。誕生のエピソードにもあるように、スポーツウォッチの要素も併せ持っていたレベルソには、繊細な薄型ムーブメントは向かなかったのだろう。そして、こうも言う。「むしろ、レベルソのケースがムーブメントの厚さを決めていたのです」。これは、数多くのムーブメントを持つ同社だからこそ言えるマニュファクチュールの大きな利点である。「だが、今日、レベルソに求められているのは、従来とは違った薄いケースなのです」。こう判断した彼らデザインチームが手掛けたのが、今年発表のグランド・レベルソ・ウルトラスリムの、黄金比から割り出された腰の低いラグの形状を特徴とするケースサイドのシルエットである。

 あえて薄型の専用ムーブメントを開発するのではなく、レベルソではおなじみの厚さ2.94㎜のキャリバー822を採用。デレスケヴィクス氏も「厚くはないが、決して一番薄いムーブメントではない」と語る。このムーブメントを搭載しつつも、誰が見ても「薄型」と感じる見事な意匠バランスに練り上げたジャガー・ルクルトのデザインチーム。かつて、同社がレベルソの第2世代と規定する85年以降のケースにおいて、防水性を持たせたために厚くなってしまったケースや、レベルソ初のスクエアケースである「レベルソ・スクアドラ」の開発。レベルソの80年の歴史において、これまで取り組んできた一筋縄ではいかないデザインとの格闘と試行錯誤の結果、蓄積されたノウハウ。言うなれば、このソフト面のノウハウと、80年代半ば以降、レベルソに限っては100%の内製化を実現したケース製造というハード面のノウハウの集積。このふたつが相まって、成熟を見せたのが、デレスケヴィクス氏が丸型よりも難しいと明言する角型時計の薄型化なのだ。

 3年前に発表され、同じく玄人筋の高い評価を受けた「マスター・グランド・ウルトラスリム」の完成度に、今年発表の「グランド・レベルソ・ウルトラスリム」の伏線を見るのは穿ちすぎだろうか?

右は、上の加工を5軸のCNCフライスマシンで実際に切削する様子。50以上のパーツで構成されるレベルソのケースは、40台以上のCNCマシンによって、自社工房で製造される。ゴールドのほか、プラチナ、ステンレススティールに加え、セラミックスのケースまで自社で加工できるという。

左は1907年初出のルクルト製薄型ムーブメントCal.145を搭載する懐中時計。ムーブメントの厚さはわずか1.38mm。50年間に約400個製造された。このように薄型ムーブメントの伝統を誇るジャガー・ルクルトだが、現在は、自社基準であるマスター1000時間テストに規定された精度と信頼性を満たすため、腕時計では薄さよりも実用性が優先されている。

マスター・ウルトラスリム・ムーン

マスター・ウルトラスリム・ムーン
ジャガー・ルクルトが今年発表したもうひとつの注目すべき薄型時計。ベゼルの一部をかさ上げして、そこに風防を収めることでベゼルを低く抑え、巧みにケースを薄型化している。このかさ上げ部分を「チムニー」(煙突)と呼ぶ。1980年代のグランド・レベイユなどでも採用された厚さを目立たせない手法である。自動巻き(Cal.925)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約43時間。SS(直径39mm、厚さ9.9mm)。50m防水。91万3000円。