ブレゲという時計ブランドの魅力。その来歴やコレクションを知ろう

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2021.06.01

名工の手による機構の数々

「トゥールビヨン」「ミニッツリピーター」「パーペチュアルカレンダー」は時計の三大複雑機構として知られるが、これらはすべてブレゲによる開発である。

機械式時計が担う役割と、人の手で作り出せるメカニズムの上限を取り払い、その可能性を大きく進めたのが、アブラアン-ルイ・ブレゲだ。

ここでは、機械式時計に欠かせない技術の「自動巻き機構」と「耐震装置」、メカニズムの芸術的昇華である「トゥールビヨン」、計測装置としての時計の役割を劇的に前進させた「クロノグラフ」について紹介しよう。

自動巻き機構

ペルペチュエル

1780年に開発した初の自動巻き機構「ペルペチュエル」。回転するアームの上でバネ付きのローターが上下に動くことで、ゼンマイを巻き上げる仕組み。現代の自動巻機構は回転式ローターが用いらる。

「自動巻き」とは、ムーブメントに装備されるローターで主ゼンマイを自動的に巻き上げる機構である。時計を身につけている限りはローターが動作するため、リュウズを手で巻くことによりゼンマイを巻き上げる手巻きに対して自動巻きという。

現代、生産されている機械式時計の多くが自動巻きといわれるが、18世紀にはまだ誰もが満足できる自動巻き機構を作ることができなかった。

1780年にブレゲが開発した自動巻き機構は、回転するアームの上でバネ付きのローターが上下して主ゼンマイを巻き上げるというものだ。これは重力制御にも効果的な方法であり、懐中時計の信頼性を飛躍的に向上させた。

この機構を搭載した懐中時計「ペルペチュエル」は、オルレアン公をはじめ王侯貴族を中心として、1823年までに約90本が販売された。

パラシュート

パラシュート

ブレゲの最も有名な発明のひとつが1790年に開発した「パラシュート」。受け皿状の部品をバネを配した台に載せ、テンプの軸を効率的に守る仕組みを持つ。

1790年に開発された「パラシュート」は、ムーブメントの心臓部にあたるテンプの天真が折れないための衝撃吸収装置である。

テンプは極めて細い天真を軸にして振り子のように回転運動をするが、天真が固定されていると衝撃の影響を直に受けてしまう。

これを防ぐためのクッション機能として、天真の先端を円錐状にカットし、バネ付きの台座に乗せた機構がパラシュートである。不測の衝撃を受けやすい懐中時計にとって不可欠な機構であり、後世に開発されるあらゆる衝撃吸収装置の礎となったとされているものだ。

腕時計が一般的となった1940年代になり登場した「インカブロック」をはじめ、パラシュートを基礎としたさまざまな耐震装置が生まれることとなる。現代の数十種類に及ぶ耐震装置の模範となった偉大な機構なのだ。

トゥールビヨン

トゥールビヨン

長い時計の観察の結果、重力こそムーブメントの規則性を損なうものと考えたアブラアン-ルイ・ブレゲは、1801年6月26日に「トゥールビヨン」と呼ばれる新しいタイプの調節機構の10年間の特許権を取得する。

「トゥールビヨン」とは、重力が時計に与える影響を緩和するための機構である。テンプ・ゼンマイ・アンクル・ガンギ車という脱進機全体を、周期的に回転するひとつのキャリッジに格納した構造だ。

重力の影響を受けやすいこれらの部品をひとつのモジュールとしてまとめ、さらに一定の周期での回転運動を加えることで、不具合は規則的な連動により相殺されるという仕組み。

1801年、ブレゲにより特許取得されたこの画期的な複雑機構は「水平になっても傾いた姿勢になっても同じ精度を維持する」として紹介された。

しかし、当時としてはあまりに先進的であったトゥールビヨンは、一部の時計愛好家を除いてそのすばらしさが理解されることはなかった。

原理はすぐれていても製造となるとハードルは高く、1823年のブレゲ死後、採用する時計師は長らく現れなかった。トゥールビヨンが歴史に返り咲いたのは、約160年後の1980年代である。

クロノグラフ

6時位置に時刻表示、長い2本のクロノグラフ針を備える「二重針付き、観測用クロノメーター」。クロノグラフの先駆として1820年にこの機構が誕生し、現在に至るまで発展を続けている。

「クロノグラフ」とは通常の時刻表示に加えて経過時間の計測が同時に行える複雑機構だ。現代のクロノグラフは、プッシュボタンで操作してストップウォッチとして用いられるが、これの原型を開発したのもブレゲである。

1820年、ブレゲは同時に動く2者間の秒差や中間タイム(スプリット・タイム)を正確に測れる「二重秒針付き、観測用クロノメーター」を発表、現代のクロノグラフのパイオニアとなった。

2年後、弟子の一人ファットンと共同で印字式クロノグラフを開発。計測用のクロノグラフ秒針で文字盤上に斑点を打つことができるものだ。このシステムは、ブレゲの孫ルイ-クレマン・ブレゲが完成させ、1850年、科学アカデミーにおいて印字式クロノグラフが祖父の開発であることを証明している。


ブレゲ・スタイルの装飾技術にも注目

ムーブメント機構についてのアブラアン-ルイ・ブレゲの卓越した功績を見てきたが、ブレゲは装飾技巧の面でも時計芸術を実践したマイスターだ。

ギヨシェ文字盤

ギヨシェ彫り

1786年ごろ、ブレゲが発明したのがシルバーやゴールドに規則的なパターンを彫り込む「ギヨシェ彫り」。代表的な文様に鋲打ちのような模様の「クル・ド・パリ」、石畳のような「パヴェ・ド・パリ」、太陽光線のような「ソレイユ」、麦の穂のような「バーリーコーン(グレンドルジュ)」、波模様の「ヴァーグ」、籠のような「ヴュー・パニエ」、市松模様の「ダミエ」、炎のような「フラメ」などがある。

「ギヨシェ」とは、金属のプレートにパターン装飾を施す技法である。古代ローマ、ギリシャにその原型が見られ、16世紀にはフランスをはじめヨーロッパ各地でギヨシェ専用の手動旋盤が用いられていた。

ギヨシェは建築物や調度品に装飾として施されてきた伝統技法のフランス的解釈だが、ブレゲがこれを文字盤装飾に応用したのは1786年のことである。

ブレゲが作る「ギヨシェ文字盤」は、単に装飾という意味だけではなく、光の反射をコントロールすることでインデックスの視認性を高めるという目的も持っていた。ここがブレゲのギヨシェ彫りが革新的と評価されるポイントだ。

現在では、ピラミッド型を連ねる「クル・ド・パリ」や石畳のような「パヴェ・ド・パリ」、放射状に広がる「ソレイユ」や波紋を描く「ヴァーグ」など多様なモチーフが用いられている。

ブレゲ数字とブレゲ針

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現在のブレゲを特徴付ける装飾として、ギヨシェ文字盤のほかに「ブレゲ数字」や「ブレゲ針」も挙げられる。

ブレゲ数字は、ブレゲが1790年頃に考案した字体だ。無駄のないフォルムは視認性が高く、機能性とともにエレガンスの融合が見られる。

ブレゲ針は、スリムな針の先端近くに「中空のりんご」あるいは月を思わせる独特な円形を持つ。1783年頃に誕生したこの上品な針はたちまち人気を博し、ブレゲ針という呼称が自然発生することとなり、現在も広く使われている。

ケースサイドやラグへの繊細な手仕事

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ブレゲの時計の装飾として「コインエッジ」もアイコニックだ。これは、コインの縁のような細かい溝を連続して施すデザインである。

ベゼルにこの装飾を施す例はほかのブランドにも見られるが、表面からは見えないケースサイドにコインエッジを施すのはブレゲ特有だ。

また、丸みを帯びた直線的なラグも独特である。ストラップのセッティングには一般的なバネ棒を用いず、両端をネジで固定するバーを用いる。これにより、美観と安定性が高まるのだ。

これらの装飾が、熟練職人の手仕事で行われるということも特筆すべき点だろう。ムーブメントだけでなく、デザインの細部に至るまで完璧な時計を追求するのがブレゲである。

個別の識別番号とシークレットサイン

ブレゲのすべての時計には、個別の識別番号が刻字される。この数字はブレゲによって厳格に管理され、ときには数世紀に渡って時計を追跡する手がかりにもなっている。

識別番号を入れるのは、ひとつひとつが特別なブレゲの時計であることの証にするためであるが、さらに1795年から続く「シークレットサイン」の伝統もある。

ブレゲが成功を収めた結果、模造品が作られるようになる。この対策として採用されたのがシークレットサインだ。現在も、この容易に視認できないサインはすべて手作業で彫り込まれており、ブレゲの本物の証ともなっているのだ。