急進する文字盤の製造技法 (後編)

FEATURE本誌記事
2019.10.29

差異化の新手法メティエダールの台頭

エスカル ワールドタイム

ルイ・ヴィトン「エスカル ワールドタイム」
文字盤にハンドペイントを使用したのが「エスカル ワールドタイム」だ。その手法は独特で、デカルクで転写した枠の中に、職人が手作業で色を置いていく。使う色は38種類、1枚のリングを完成させるのに約50時間かかるというから、手間のかかり方は往年のパテックフィリップ並みだ。しかし、そこは現在の高級時計。保護用のクリアを浅く吹くという流れをさらに先取りして、一切吹かないという。極めて興味深い試みだ。他社にも追随例は出てくるか。自動巻き。18KWG(直径41mm)。30m防水。670万円(参考価格)。問ルイ・ヴィトン クライアントサービス70120-00-1854

 差別化の手法として、各社が取り組むメティエダール。伝統工芸を文字盤に盛り込むアプローチだ。それぞれの試みについては、本誌でも再三取り上げられているので改めては書かない。では、各社はなぜ文字盤に工夫を凝らすようになったのか。ここで考えたいのは、その理由だ。

 そもそもの前提として、スイスの時計メーカーは繊細な素材や手法に対する抵抗が少ない。大きな理由は、紫外線が文字盤に与える影響に対して楽観的だからだ。対して、日本の時計メーカーは、実用性を第一に考えるため、保守的にならざるを得ない。

 ただ、技術の進化がなければ、メティエダールの台頭は起こらなかった。まず重要だったのは、防水性能の向上である。ケースに湿気が入らなくなった現在、各社はより繊細な手法に取り組めるようになった。メティエダールと見なすかは難しいが、ジーンズ素材を文字盤にあしらったウブロが好例だろう。

メティエ・ダール・メカニカル・グラヴェ・14デイズ・トゥールビヨン

ヴァシュロン・コンスタンタン「メティエ・ダール・メカニカル・グラヴェ・14デイズ・トゥールビヨン」
文字盤を薄く見せようとする最近の超高級時計。そのひとつの帰結が、スケルトンや彫金と言えるだろう。このモデルは、文字盤に見立てた地板のカバーに彫金を施したもの。当然、クリアは吹かないため、繊細なニュアンスを残すことができる。手巻き。Pt(直径41mm)。30m防水。予価3730万円。ブティック限定。問ヴァシュロン・コンスタンタン70120-63-1755

 そこに風防の進化が続いた。かつて、スイス製の風防は、コーティングに弱点があった。強い色味を帯びているため、文字盤の色を正しく見せることは難しかったし、容易に剥がれた。ただ、ここ5年で、コーティングは透明になり、耐久性も大きく向上した。その帰結が、黒文字盤のブームであり、メティエダールの台頭だと言える。

 ただし、直接の引き金を引いたのは、外装の開発競争が行き着いた点にある。2000年以降、各社は自社製ムーブメントの開発を推し進めた。それが一段落すると、ケースやブレスレットの改良に取り組んだ。それらのゴールが見えた現在、時計メーカーにとっての「フロンティア」は、もはや文字盤しかなさそうだ。

 しかも、高度に機械化が進んだムーブメントやケースの製造に比べて、文字盤の製作はまだまだ手作業に依存している。手作業の魅力を謳い上げたいメーカー、量産品と差別化を図りたいメーカーにとって、ほかとは違う文字盤、そして職人技を感じさせるメティエダールが魅力的に映ったのは言うまでもない。

 ここで挙げたのは、そういうメティエダールを用いた時計の代表作である。共通するのは、既存のモデル以上に繊細さを強調した点(ルイ・ヴィトンは保護用のクリアを省いてしまった!)。言い換えると、手作業ならではの魅力を強く打ち出したものばかりだ。

 改めて述べるが、高級時計メーカーにとってのフロンティアは、もはや文字盤にしか残されていない。今後、時計メーカー各社はいっそうメティエダールの技法に注力するはずだし、より興味深い試みが見られることになるだろう。

オルタンシア クリエイティブ コンプリケーション

ショーメ 「オルタンシア クリエイティブ コンプリケーション」
文字盤全面にマザー・オブ・パールを用いたのが、「オルタンシア クリエイティブ コンプリケーション」である。その繊細なニュアンスは、削り出したマザー・オブ・パールをクリアなしで使うため。生肌を好むジュエラーは、今後もこういった手法に傾倒していくだろう。自動巻き。18KWG(直径41mm)。30m防水。予価2100万円。問ショーメ☎03-3613-3188